女王バーシア


 1週間後、ヘーゼンはクミン族の集落に出発した。同行するのは、カク・ズとヤン、そしてクミン族の捕虜、コサクである。


 馬で山を越えて川を渡る。さすがは山岳民族。かなりの奥地で攻めるのが難しそうだ。それから、2時間ほどで目的の集落に到着した。


「……ナッ シロ(殺せ!)」


 クミン族の戦士がヘーゼンたちに気づくと、奇声をあげて襲いかかってきた。しかし、捕虜のコサクを見ると、ギョッとした表情を浮かべて立ち止まる。コサクは彼らに経緯を説明し、族長の元へ案内するように指示をした。


「……なんか、めちゃくちゃ睨まれてんですけど」


 ヤンがキョロキョロしながら口を開く。この少女にとってはクミン族は交易相手だ。普段接している態度とは真逆の反応に戸惑っている様子だ。


「まあ、帝国とクミン族は長年戦闘状態だったからな。家族を殺された者も多いだろうし、仕方がない」

「そんな人たちと停戦協定なんて結べるんですか?」

「族長の考え方次第だ。少なくとも、族長の元に案内されてるってことは、交渉の意思があるってことだろう」


 ヘーゼンたちは、集落の中心にある、巨大なテントに入った。そこには、10人以上の屈強な男たちがいた。頑強な身体を持ち、至る所に戦傷が見られる。魔法も使えるのだと見て間違いがないだろう。


 そんな中、一番奥に若い女がいた。一際目を引く美人で、豪奢な装飾が施されている青の冠を被っていた。ヘーゼンは彼女にひざまずき、腕を水平にした。


「驚いたな。帝国軍人がクミン族の礼を心得ているとは」

「帝国軍少尉ヘーゼンと言います」

「……言葉まで話せるのか。族長のバーシアだ。用件は聞いている。停戦協定をしに来たそうだな」

「はい」


 バーシアは他近隣の弱小部族をとりまとめている存在だ。なので、クミン族の族長でありながら他部族から『青の女王』と讃えられている。


「成功の目算があって来たんだろうが、アテが外れたな。お前たちはここで殺されることになる」


 彼女が手を挙げると、一斉にクミン族の男たちが剣をヘーゼンとカク・ズに向け取り囲む。


 しかし、黒髪の魔法使いは、不敵に笑い。


 クミン族の女王も、不敵に笑った。


「いきなりのご挨拶、恐れ入ります」

「串刺し、晒し首、引廻し、どれがお好みだ?」


 二人の鋭い視線が交差する中、ヤンがあたりを見渡していた。どうやら、いざと言う時の退路を確認しているようだ。


 それに気づいたのか、一人の戦士はヤンにも刃を向けた。その時、女王バーシアの表情が豹変し、立ち上がる。


「……おい? お前は子どもに向かって剣を向けるのか?」

「し、しかし、この帝国の子どもは退路を……」


 最後まで言い終わることなく。青の冠を被った若き女王は、一閃を振い、その首を刎ねる。


「子どもまでに剣を向けるとは。恥を知れ」


 バーシアは首のない死体に向かって吐き捨てる。物々しい雰囲気が、さらに殺伐とした色をなす。しかし、ヘーゼンは顔色を変えることなく口を開く。


「別に剣を向けて構いませんよ」

「私はめちゃくちゃ構うんですけど!?」


 ヤンが驚愕な表情を浮かべてヘーゼンを睨むが、無視。そんな様子を、バーシアは不快そうに吐き捨てる。


「見下げ果てたヤツだ。しかし、お前が構おうが構わまいが、関係ない。こちらはこちらの好きなようにする」

「だから、クミン族は衰退した」

「……なに?」

「民族の繁栄を願うなら、敵国の子どもを根絶やしにすべきだったんです。あなたたちクミン族が他国の民と同化することなどないのだから。それができなければ、敵国の子はクミン族を恨み、育ち、報復することになる。彼らはクミン族の子どもなど関係なく惨殺する」

「……」

「他国、他民族の子どもは殺さない。ご立派な掟だ。しかし、立派過ぎてなんでもありな帝国や他国に領土を取られた」

「……それで? 大層なご高説は結構だが、貴様の喉元にある刃がそれで引くとでも?」


 軽く一押しすれば貫かれそうなほど、刃の切先がヘーゼンの皮膚に当たる。しかし、黒髪の青年は動じることもなく、青の冠を被った若き女王を見つめる。


「後悔しますよ。その選択があなたたち自身を滅ぼす」

「……命乞いにしては、お粗末だな。まあ、いい。どうせ死ぬ身だ。話してみろ」

「帝国国民は3千万人。調べましたが、クミン族は数十万人ほどの小部族です。本格的に敵対をすれば、どちらかが勝つのかは目に見えている」

「ならば、同じことが言える。この場においては、300対2だ」

「はい。ここは、私たち2人とクミン族300人の状況であり、帝国とクミン族の縮図です。この圧倒的な戦力差。誰もが絶望に感じるでしょう」

「……」

「クミン族が滅ぼされない理由は一つ。この辺の山岳地帯は帝国にとって価値が少ない土地。我々にそう思われてるんです……


 そう言った瞬間、クミン族の男たちから怒号がテント中に木霊する。


「……わめくな」


 バーシアがつぶやくと、ピタッと声が止まる。どうやら、女王には相当なカリスマがあるらしい。男たちを完全に掌握している。


「現時点で、とは?」

「ここの山岳地帯には、帝国が喉から手が出るほど欲している物がある。そうでしょう?」

「……それは?」

「宝珠です」



 ヘーゼンは笑顔で答えた。


 

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