ヤン=リン
それから、第8小隊はもういくつか近隣の村を回り、最後にディナステルドという小さな村へと到着した。
ここの村人たちもクミン族に対する敵意を向けていたがカナハルの村ほど強いものではなかった。恐らく、地理的に若干奥地だったので、大きな被害がないのだろうと推察する。
「ハンラ ノル クラ」
その時、クミン族の魔法使いが再びつぶやいた。やがて、バズ曹長がヘーゼンの下に戻ってきた。
「いたか?」
「いえ。やはり、敵対する異民族ですし」
「……そうか」
視察しながらクミン族と意思疎通が取れる人材を探していたが、ここでもいなかった。半ばあきらめながら歩いている時、黒髪の少女が杯に水を入れてクミン族の口へと運ぼうとする。
「なにをしている?」
ヘーゼンが少女に向かって尋ねる。
「あの、『水が飲みたい』って言ってるので。いいですか?」
物怖じする様子はない。6歳ほどだろうか。この年齢にしては、驚くほど淀みなく流暢に話す少女だ。
「ああ。だが、『言ってる』とは? 君はクミン族の言葉がわかるのか?」
「少しだけですけど」
「なぜだ?」
「クミン族がしている勾玉が、市場で高く売れるんです」
ヘーゼンは驚いた表情で少女を見つめる。
「君はクミン族と交易をしていると言うのか?」
「そんな大袈裟なものじゃないです。高く売れた分、利益の差分は折半してます」
「危険ではないか?」
「基本的に、彼らは子どもには手を出しません」
「そんなのわからないじゃないか。クミン族にだって、いろいろな者がいるだろう」
「彼らは掟が絶対です。子どもに手を出したクミン族は村八分にされるので、帝国国民より安全です」
「……ますます、驚いたな。その歳で」
ヘーゼンは思わず口にした。クミン族との意思疎通だけでなく、その文明を理解し、商売までしているなんて。
興味深い様子で見つめていると、黒髪の少女は少しバツが悪そうに口を開く。
「あの、実は私は13歳なんですけど」
「……発育系の病気か?」
どう見積もっても、6歳ほどにしか見えない。もともとが幼い顔立ちをしているので、もっと下にも見えるくらいだ。
「わからないです。私、孤児院にいるので医者に行ったことないんです」
「では、少し診察させてくれ」
「えっ? 魔医なんですか?」
「違う。軍人だが、医には詳しい」
そう答え、ヘーゼンは馬を降りて少女を見つめる。そのクリッとした瞳をジッと見つめる。
「……」
「あの、目がなにかおかしいんですか?」
「いや」
以前、この少女のような瞳がもつ光のようなものを、ヘーゼンは感じ取っていた。ある者は、誰もが尊敬する稀代の魔法使いと謳われた。ある者は天才と呼ばれつつも、その類い稀な才能に溺れ、闇へと堕ちた。そして……ある者はその業深きゆえに、ヘーゼンをも超える化け物となった。
「……君、名前は?」
「ヤン=リンです」
「そうか。ヤン、君は魔法が使えるか?」
「魔法? 使えないですよ。平民ですし」
「平民出身でも、使える者はいるだろう?」
「私は使えないです」
「……」
ヘーゼンは少女の後頭部に触れた。すると、彼女の内部から、止めどないマグマのような魔力の芽吹きを感じた。しばらく、その手をかざし続けているうちに、額から大量の汗が噴き出ていた。
「……なるほど」
「なにかわかったんですか?」
「ヤン。君のとてつもない魔力が成長を阻害している。数年経たないうちに、爆発的に発育が始まるだろう」
「魔力……でも、私は魔法使えないんですけど」
「今はね。しかし、いずれ使えるようになる。ただ、条件がある」
「条件?」
ヤンが首を傾げる。
「僕のそばにいることだ」
「ええっ!? なんでですか?」
「魔力が発現した時に、その小さな身体では抑え切れないだろう。やがて、魔力が暴走を始めて君の存在そのものが消滅する可能性が高い」
「し、死んじゃうってことですか!?」
「ああ。しかし、君は運がいい」
「……それ、本当ですか?」
「僕は嘘は言わない」
「そう言う人は、大抵、息を吐くように嘘をつきますけど」
ヤンの返答に、ヘーゼンは思わず苦笑いを浮かべる。
当たっている。
「信用できないか?」
「……信用はできそうですが、信頼はできそうにないです」
「なるほど。いい洞察だ。まあ、しかしどちらでもいい」
「えっ?」
「ヤン。僕が君を連れて行くのは決定事項だ」
!?
「な、なんでですか? そんな勝手なこと言う人には、ついていきたくありません」
「君の意思は、この際どうだっていい」
「……っ」
キッパリとした、迷いのない発言にヤンは戸惑う。
「そ、それって誘拐ですよね?」
「もちろん、正式な手続きは踏むよ。君は未成年だから、所有権は孤児院にあるだろう?」
「わ、私は案内しませんよ!?」
「こんな小さな村にはひとつくらいしかないだろう。バズ曹長」
「は、はいっ!」
「聞き込みをして孤児院の場所へ案内してくれ」
「了解です!」
「……っ」
ヤンが驚きのあまり固まっていると、ヘーゼンが抱っこをして馬に乗せる。
「な、なにするんですか?」
「一緒に連れて行く。帰りは馬で駆けるので、ゆっくり歩いているうちに慣れておきなさい」
「い、嫌です! 私の帰る場所はあなたと一緒じゃない!」
「……仕方ないな」
「ちょ……なにするんですか……い、いやああああっ!」
断固として抵抗するヤンに対し、ヘーゼンはクミン族と同じくヤンを牙影で拘束した。
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