村人
第8小隊は、カナハルの村に到着した。ここがクミン族の出没地点から最も近い場所だったが、どうやら被害はないようである。
ついでにどのような村かと視察していると、村人たちが何事かと集まってきた。彼らはクミン族の捕虜を見ると目の色を変える。
「ざまぁみろ」「火炙りにでもされるがいい」「軍人さん、こいつら痛ぶってやってくれよ」「私の兄が奴らに殺されたんです」「私のところの祖父もです」「当然の報いだ」
村人たちは不快げな表情を浮かべ、次々と罵倒を始めた。ヘーゼンは彼らの様子を見つめながら歩いていると、
「エレレル アルソル!」
クミン族の魔法使いが、周囲を見渡して叫んだ。言葉は通じないが、どうやら村人たちを罵倒し返しているのだろう。
「なにを言ってやがる野蛮人め!」
村人の一人が叫び、クミン族の魔法使いに向かって石を投げつける。しかし、ヘーゼンは瞬時にその石を掴んで止めた。
「な、なんで止めるんだよ!?」
「捕虜の虐待は禁止されている。次、彼に危害を加えようとした場合は、軍規に沿って処罰の対象とする」
「こいつら、俺の親父を殺しやがったんだ! なんで、石の一つや二つ投げるのが許されないんだ!?」
「軍規に基づいた処置だ」
「俺たちは軍人じゃねぇ! そんな規則に従う言われはねぇ!」
そうだそうだ、と至る所から声が響く。ヘーゼンは、村人たちを見渡しながら、やがて大きくため息をつく。
「ならば、この戦士を解放しよう。軍の関与が必要ないと言うのであれば、我々は引き上げる。この男は魔法使いだ。君たち村人たちを皆殺しにするのに、一晩掛からんだろうな」
「……っ」
静寂が周囲を支配した。村人たちの誰もが驚愕の眼差しでヘーゼンを見つめる。やがて、先ほど石を投げつけた村人が、怒りで唇を震わせながら口を開く。
「あんた、いくら帝国の軍人だからって、勘違いしてるぞ。そんなことをして許されると思っているのか?」
「君こそ、勘違いしないことだ。我々の保護対象は、あくまで善良な帝国国民のみ。これは、君たちにとって権利であり、我々にとっては義務なのだ。しかし、逆も言える。軍人の指示に従わない、権利を放棄した帝国国民を守る義務などはない」
「はっ……くっ……」
「今回、我が帝国軍はいち早く駆けつけ、クミン族の襲撃からこの村を守った。しかし、君たちが『軍人の関与が必要ない』、『こちらの指示を守らない』と言うことであれば、次回からは『防衛の必要なし』と上官に報告するので、いつでも連絡してくれ」
ヘーゼンは満面の笑みをもって答える。
「そ、そんな訳ないだろう!?」
「ならば、我慢するのだな。戦争というものはそういうものだ。守られる者の権利を得るためには、資格が必要なのだ」
平然と言い捨て、歩き出す。その場にいた村人たちが、人でなしを見るかのような表情でヘーゼンを見るが、気にしない。そんな様子を、バズ曹長は、やはり、驚愕の眼差しで見つめる。
「どうした? 僕の顔になにかついているか?」
「い、いえ。ヘーゼン少尉は、村の状況をいち早く確認しようとしておられたので、てっきり民衆に尽くす方なのかと」
「被害状況の確認は、軍人としての義務だ。それに、民衆かどうかなど僕にとっては意味がないことだ」
もちろん、若い頃はそんなヒロイックな考えに酔った時もあった。ただ、民衆のために。それが、どれほど傲慢で欺瞞に満ちていたのか、嫌と言うほど思い知った。
「世の中には悪人の民衆もいるし、善良な貴族もいる。逆もまたあり得る」
「……その通りです」
「要するに、出自などで人は判断できない。そこから、なにをするか、どう生きるか。それこそが、その人の価値であると僕は思う」
ヘーゼンが答えると、バズ曹長は納得した表情で頷いた。彼には不在時の第8小隊を率いる立場を任せようとしている。なので、可能な限り自分の考えを伝えておく必要がある。
歩みを再開しようとした時、少しだけ思考にノイズが走った。
「……?」
なぜなのだろうかとその理由を考え、やがて、ため息をついた。
「……一つだけ訂正する」
「えっ?」
「少しだけ。少しだけ、私情は入っていたな。僕は無抵抗の者にだけ傲慢に振る舞う輩が、吐き気がするほど嫌いでね」
「……」
「父親を殺された恨みを晴らしたいと言うのなら、彼は即座に行動すればよかったんだ。相手が力を失った瞬間に非難しようとするのは、卑怯だと思う」
上官に報告するなどと言ったが、実際にそんな事は通るはずもないし、する気もなかった。単なる脅しだ。
口に出すことは決してないだろうが、ヘーゼンは軍規に沿って行動している訳ではない。自身の行動に軍規を照らし合わせているに過ぎない。帝国憲法だろうが、大将だろうが、たとえ皇帝だろうが、どんな規律、法律、命令だろうが、縛られる気はさらさらない。
軍人という地位を利用して、帝国という巨大な
そこまで思考を巡らせて、ヘーゼンは小さくため息をついた。
「しかし、気疲れするな」
「……えっ? 今、なんておっしゃいました?」
バズ曹長が聞き直す。
「僕だって、愚痴くらい言う。人間だからな。やはり、軍人ともなると、かなり周囲に気を遣わなければいけないから疲れるんだよ」
「気を……遣う?」
彼は、なぜか幻聴を聞いたような表情を浮かべる。
「ああ。部下の君たちにはもちろん、上官、同僚、そして帝国国民たち。もちろん、覚悟はしていた。しかし、将官という立場は、かなり肩が凝るよ」
「……そうですか」
バズ曹長はなんとも言えないような苦笑いを浮かべていた。なぜだろう、とヘーゼンは首を傾げる。やはり、上官たる者、部下に愚痴をこぼすなど軍人として失格なのだろうか。
ヘーゼンはあらためて気を引き締めた。
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