一騎討ち
ヘーゼンは第8小隊から離れ、別の茂みから姿を現した。
数秒後に、クミン族の一人が気づく。上手く挟み撃ちを行うため、あえて敵に追わせて距離を作った。
その時、背後から氷の円輪が飛んできた。ヘーゼンは馬を手綱で操って避けるが、第二、第三の円輪が次々と襲いかかってくる。
「なるほど、それが魔杖の能力か」
クミン族の魔法使いは、魔杖の先端から、斧のような氷を具現化し、放ってくる。それが高速で回転し円輪を形成しているのだ。
ヘーゼンは避けるのをやめ、自身の魔杖である
牙影は、影と風を操る能力がある。学院時代に安値で製作した魔杖なので、出力は高くないが、汎用性が気に入っている。
次に、牙影を左右に揺らし、自身の影から薄い紙のような影を無数に発生させた。影紙は、クミン族の魔法使いに向かって襲いかかる。
風に乗った影紙の不規則な動きに、クミン族の魔法使いは翻弄されて雁字搦めにされる。
ヘーゼンはそのまま、牙影を天空にかざす。
その合図で、第8小隊が突撃を開始する。前方には、魔法使いであるヘーゼン。後方には第8小隊。数は倍以上いるが、読み通りの挟撃になった。
クミン族の部隊は、ヘーゼンの方へと突撃してきた。人数で押し切ろう、また魔法使いを解放しようという意図からだろう。ヘーゼンは即座に馬を翻し、適宜距離を取りながら牙影をクルクルと回す。影の渦が無数に発生した。ヘーゼンが前方を指すと、影渦が次々とクミン族へと襲いかかる。
「ぐあああっ」
影渦が通り過ぎると、クミン族の戦士が次々と吹き飛んでいく。影で風の道を形造ることで、周囲に渦状の風圧を与える。直接的な攻撃ではないが、隊列が崩すのに効果的な魔法である。
隊列を崩したクミン族の部隊に、第8小隊の戦士たちが襲いかかる。日頃の訓練に合わせた形で作戦を立案したので、全員の動きに淀みがない。クミン族の戦士を次々と討ち取っていく。
勝敗は決した。クミン族は逃亡を開始する。ヘーゼンが高々と手を挙げると、第8小隊から一斉に歓声があがる。
「各曹長は、被害を確認しろ」
「はい!」
淡々とした指示に、曹長たちは勢いよく返事をする。
「軽症者5名、重症者0名、死亡者0名です」
「そうか」
クミン族の半数は死に、半数は逃亡した。実質的には大勝利と言える。ヘーゼンは紙影で捕縛しているクミン族の魔法使いに近づく。
「言葉を話せるか?」
「ウル! ナリアガ! コラ!」
クミン族の言葉だろう。ヘーゼンは地面に落ちていた魔杖を拾いながら、バズ曹長の方を向く。
「捕縛しろ」
「えっ? 殺さないんですか?」
「捕虜は丁重に扱え。交渉の道具に使えるかもしれない」
「わかりました」
「暴行行為に及んだ場合は、軍規に基づき厳罰に処す。誇り高き戦士としての配慮は欠くな」
「は、はい!」
それから30分後、モスピッツァ中尉率いる中隊が到着した。
「遅かったですね。すでに部隊は壊滅しました」
「……っ、独断で行動したと言うのか?」
「はい」
「なぜ、指示を仰がなかった!?」
モスピッツァ中尉が、顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「待っていれば、クミン族の部隊は、最寄りの村に襲撃していました。よって、単独での戦闘に踏み切りました」
「そ、それは、結果論だろう! なんのための先遣隊だ!? こちらに情報を渡すのが、貴様らの仕事だろう?」
「指示を仰いでいたら間に合わないと判断しました」
「判断するのは貴様ではない!」
「……先遣隊として任命、派遣された時点で、判断の裁量権は持っていると言う認識です。これは、帝国の中央政庁と我々、北カレナ国境警備の関係と同じです。中尉の発言は、それを否定されるものですが、いいのですか?」
「くっ……そんなことは言ってないだろう!」
「なら、なにがおっしゃりたいのでしょうか?」
ヘーゼンは怪訝な表情を浮かべて尋ねるが、モスピッツァ中尉は黙ってしまう。戦果としては、死亡者が出ない状態の圧勝である。てっきり、ヘーゼンを先遣隊として派遣したのは、『歩兵隊の特性を活かして茂みに潜伏して奇襲を行え』と言う意図があったと解釈した。
もちろん、時間ギリギリまで後続隊を待ったが、結果として30分後に到着するほどの遅い行軍だった。
「そもそも、なぜこれほどの時間がかかったのですか?」
「き、貴様らが情報をよこさなかったから、こちらも出るに出れなかったのだ」
「どんな情報ですか?」
「い、いろいろあるだろう。クミン族の部隊規模とか」
「その情報が入ったからこそ、先遣隊を派遣したのでは?」
「い、いろいろだと言っているだろう! 他にも魔法使いが何人いるかとか」
「仮に魔法使いが何人いても、村の襲撃を阻止すると言う行動は変わらないのではないですか? それならば、合流してからの把握で問題があるのですか? 行軍を遅らせる理由になりますか?」
「……」
「……」
「……貴様! クミン族の魔法使いと一騎討ちしたそうだな!?」
突如として、話を変えるモスピッツァ中尉。もう、先ほどの問題は解決したと見ていいのだろうか。
「はい、しました」
「功績を独り占めにしたかったのか? だから、先遣隊単独の奇襲に踏み切ったのではないか?」
「最善の策だったから実行しました」
「だ・か・ら! それは結果論だろう?」
「では、教えて頂けますか? 私がとった奇襲以外に、中尉が想定していた策を」
「……っ」
また、モスピッツァ中尉が黙ってしまった。それから、現場に盛り下がった沈黙が流れた。
なんなんだろう、とヘーゼンは思った。
「だ、だいたい一騎討ちに負けていたらどうするつもりだったんだ?」
「私は負けません。実力をお疑いなら、中尉と一騎討ちして披露して差し上げてもいいですが?」
「な、なんだと?」
モスピッツァ中尉が数歩、後ずさる。
「中尉は、さぞ、お強いと思いますので一手ご教授願えると」
「……なぜ、私が強いと思った?」
チラッと満更でもなさそうな表情を浮かべる。
「これまでの中尉の言動、行動から推察すると、無能でした。なので、魔法使いとしての実力でその地位まで上がったのかと思いまして」
「し、し、失礼だろう!」
モスピッツァ中尉は、顔を紫色にして絶叫する。
「っと、申し訳ありません。無能は言い過ぎましたか。知能が著しく低く、性格が陰険で、倫理性に乏しく、度量が皆無でしたので、魔法使いとしては、さぞやお強いのだろうと判断しました」
「……」
ヘーゼンがキッパリと答えると、モスピッツァ中尉が三度黙り込んだ。なぜか、周囲の小隊長も息を呑んで、こちらを見つめている。そんな中、第5小隊のガビィ准尉が言いにくそうに切り出す。
「あの、それは流石に、少し失礼では?」
「事実を指摘することは失礼には該当しません。私は、あくまで客観的な分析に基づき、事実を報告してます」
「……っ、そ、そうですか」
「中尉。これ以上、質問等ないようでしたら、失礼します。村々の被害を確認しなければいけないので」
ヘーゼンが身を翻して第8小隊に戻ると、全員が驚愕した表情を浮かべていた。
「どうした? なにか不測の事態か?」
「いえ。あの……その。ヘーゼン少尉は、どの立場の人でも、ヘーゼン少尉なのだなと」
バズ曹長が声を震わせながら答える。
「なにを言っている? 当たり前だろう、そんなことは」
「……普通は、当たり前じゃないんです」
「そうなのか? まあ、他人との違いなど誰でもあるから、そうなのだろうな。それより、近隣の村々を回って被害確認だ」
ヘーゼンはそう叫び、馬を走らせた。
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