戦
軍令室を後にすると、カク・ズが立っていた。
「だいぶ、怒鳴り声が聞こえたけど」
「ああ。上官のモスピッツァ中尉だ。だいぶ神経質みたいだから気をつけないとな」
「……気をつけていた様子には聞こえなかったけど」
「そうか?」
こちらとしては、かなり気を遣ったし、遠慮して話したつもりだったが。
「まあ、ヘーゼンにそんなこと言っても無駄だと思うけどさ」
「そんなことない。上官とも意思疎通をしっかりして、足並みを合わせるのも軍人の務めだ」
「……わかってないところが、まったくもって、無駄なんだよなぁ」
とカク・ズは嘆くが、全然意味がわからないので、ヘーゼンは他の思考を開始した。
訓練所に戻る途中、第5小隊のガビィ准尉から声をかけられた。
「少尉、准尉の緊急招集だ。クミン族が現れたってよ。大会議室に集合」
「わかった」
ヘーゼンはすぐさま身を翻して、ガビィ准尉と共に向かう。
大会議室に入ると、すでに大半の少尉、准尉が集まっていた。
「遅い! なにをしていた!?」
モスピッツァ中尉が明らかに、こちらに向かって叫ぶ。
「遅くありません。最短でここまで来ました」
「黙れ!」
そう怒鳴って、ヘーゼンの頬を殴ろうとした時、カク・ズが彼の手首を捻じ上げる。
「き、貴様。離せ」
「……カク・ズ。手首を潰すなよ」
そう指示した瞬間、モスピッツァ中尉の顔色がひきつる。
「ひっ、は、離せ。離せ」
何度もそう言いながらもがくが、カク・ズは離さない。ただ、黙って手首掴み続ける。やがて、ヘーゼンが「離せ」と命令すると、カク・ズはすぐに離した。
「申し訳ないですね。護衛官は軍に所属しているわけではないので、中尉の命令は聞きません。私の護衛、命令のみを遂行するよう指示してます」
「な、なんだと?」
「もちろん、私が誤った行為をした時には罰は受けます。その場合はカク・ズにも邪魔しないように指示します。ですが、今のような曖昧な判断基準での理不尽な叱責を受ける気はありません。また、無意味かつ道理に合っていないような暴力行為については、カク・ズの護衛は適当だったと判断して止めません」
「……」
モスピッツァ中尉の唇がプルプルと震わせながら黙っている。
「気をつけてください。カク・ズは常人の手のひらだったら粉砕に1秒かかりませんから」
「……」
先ほどから、モスピッツァ中尉の額と背中から滝のような汗が流れる。至極、丁寧に注意しているのだが、わかりにくいのだろうか。
「それよりも、早く会議をしましょう。無駄な問答で時間を取ってしまいました」
「……わ、わかっている。クミン族の出現位置は?」
「国境南から3キロほどの地点です」
第4小隊のアサラック准尉が答える。
「我が国境内だな。人数は?」
「100人ほどかと」
「……第8小隊。先遣隊として近隣の村々の防衛に当たれ。我々の隊は状況を確認して適宜応援する」
「わかりました」
ヘーゼンは答え、走って大会議室を後にする。
「詳細の作戦を聞かないでいいの?」
カク・ズが後からついてくる。
「必要ない。それよりも、一刻も早く戦場に到着する方が重要だ」
馬房まで到着し、馬で駆けて訓練所まで到着した。
「地点。南55西37に集合。エダル二等兵。地点を確認して歩兵隊を先導しろ。バズ曹長、指揮をして待機」
「はい!」
ヘーゼンが馬を翻して駆けると、弾かれたように全員が走り出す。当然、馬の速度なので兵たちはどんどん離されていく。しかし、ヘーゼンは気にせず走る。先陣をきる指揮官は、フラッグシップ的な立場でいいのだ。
5分ほどが経過して、敵のクミン族を視認する。反射的に茂みへと隠れて馬を止めた。それから、さらに4分後、歩兵隊がヘーゼンを目印に到着した。
「いい時間だ」
「はぁ……はぁ……ありがとうございます」
バズ曹長は息をきらしながらお礼を述べた。ヘーゼンは振り返らずにクミン族を観察する。彼らは行軍中だった。近隣の村々に被害が出ているかは微妙なところだ。
クミン族は、この一帯の山岳で暮らしている部族だ。足腰が強く、手斧を得意とする。毛皮をまとい、半身にペイントを施している。古くからこの土地に暮らしていたので、ここでは先住民の立場だ。
「クミン族に魔法使いはいるか?」
「見た中には、恐らく一人。大きな冠をつけたあの男かと思います」
エダル二等兵が指を指す。
「根拠は?」
「冠はクミン族にとって勇者の証なんです。ただ、どのような魔杖を持つかまでは」
「わかった。では、僕がそいつを誘き出す。あちらも指揮官とわかれば一人で来るだろう。クミン族の魔法使いを仕留め次第、挟撃する」
「はい」
魔法使い同士の戦いは、一騎討ちになる場合も多い。魔法を使えない者が戦うには、相当な手練れ、もしくは人数を必要とするからだ。ここにいるクミン族の部隊は、こちらで言うところの中隊規模の軍隊だ。あちらの指揮官は中尉クラスと言ったところだろうか。
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