上官(2)


 モスピッツァ中尉の沈黙が続き、場に嫌な空気が流れ始めた。そんな中、ジルバ大佐が2人に視線を合わせながら提案する。


「まあ、ヘーゼン少尉。君に隠蔽する気がないのは、よくわかった。しかし、モスピッツァ中尉も重要性ありと判断したのだから、今ここで口頭で説明してもいいのではないか?」

「では、説明します。彼らは上官の毒殺を画策したため、軍規に則って処罰しました」

「証拠は?」


 モスピッツァ中尉が追求する。


「現行犯です」

「ならば、拘束して尋問すべきだったのでは?」

「その場でしました。チュモ曹長は抵抗して襲いかかってきました。それは自白と同等の行為に値します。ディケット曹長も自白しました」

「それで部下を処刑したという訳か」

「状況証拠としては十分だと考えました」

「それは君の言い分だろう。客観的な証拠は?」


 モスパッツァ中尉が舌打ちをする。


「チュモ曹長の部屋に毒物を検出しました」

「当事者の君が調査したのか?」

「第6小隊のトマス准尉に立会って頂きました」

「ディケット曹長の部屋は?」

「毒物は検出されませんでした。主犯がチュモ曹長だったためでしょう」

「では、君は主犯でない者まで処刑したと言う訳か?」

「はい。主犯であろうとなかろうと軍規では極刑に値しますので」

「しかし、あまりにも非情だとは思わないか? 部下を自分の都合のいい物とでも考えているのか?」

「思いません。軍規に則った行動です」


 ヘーゼンはその時、不安に思った。もしかすると、このモスピッツァ中尉は軍規が頭に入っていないのではないかと。


「……しかし、結果的には2名の損失を我が隊に与えたことになる。その責任は、どう取るつもりかね?」

「隊としての質で言えば、上がっています」

「それをどう証明する?」

「選択肢は3つあります。監査。模擬訓練。戦場での働き。実に即したものですと、最後の戦場での働きで示すのがよいと思います」

「大した自信だな。しかし、それは時間がかかる。すぐに証明しようとした場合は? もちろん、君の主体的な感想ではなく、客観的な評価が聞きたいな」


 モスピッツァ中尉が勝ち誇ったように言う。


「ジルバ大佐」

「ん?」

「先ほど第8小隊を評価頂いたのは、どなたですか?」

「……ユェラ少佐だが。ちょうど、訓練をしているところを見かけたのだが、他のどの隊の訓練よりも気合が入り、連携も取れていたと」

「ありがとうございます。モスピッツァ中尉、ユェラ少佐はランバル少佐の下で組織されている我が隊とは、まったく異なる所属の部隊を率いてます。こちら、客観的な評価としては十分だと思いますが、どうでしょうか?」

「……」


  モスピッツァ中尉が顔面を蒼白にしながら黙っている。なぜだろうかとヘーゼンは考える。こんなにも、即答しているのに。完全に納得できる説明をしているのに。


 ヘーゼン自身が軍に所属した経験は浅い。しかも以前は小国であり、割と唯我独尊で振る舞っていたので、上意下達の風土を持たなかった。だからこそ、軍規に基づいた行動を規範として振る舞っているのだが、いったい、なにがマズいのだろうか。


「ユェラ少佐の証言では足りませんか? 信憑性の問題ですか? 資質の問題ですか?」

「そ、そんなことは言ってない!」

「では、どうなんですか?」

「……認めよう。確かに質は落ちていない」

「そうですか。であれば、問題はありませんね」

「し、しかし、2人を死に追いやったことには変わりない。彼らには家族だっているだろう?」

「そうかもしれません」

「罪悪感はないのか?」

「ありません」

「家族に対しての後ろめたさは?」

「ありません」

「なぜだ。戦死者に対して貴様は家族に申し訳ないとは思わないのか? その責任は?」

「彼らは戦死ではありません。軍規違反での処刑は、造反と同罪です。したがって、彼らの家族に対して補償する義務も責任もありません」

「……」


 モスピッツァ中尉がまた、ダンマリを決め込む。この中尉は、いったいなにがしたいのだろうと、ヘーゼンは心の底から悩む。


「……軍規違反者と戦死者を同列に扱えと言うことですか?」

「そんなことは言っていないだろう!」

「では、なにがおっしゃりたいのですか?」

「ぐっ……」


 またしても黙り込んだところで、さすがにヘーゼンも辟易し始めた。もしかして、このモスピッツァ中尉の資質に問題があるのではないのかとも思い始めた。


 これ以上、立ち話も時間の無駄なので少し反論してみることにした。


「記録を確認しましたが、派遣された第8小隊の少尉、准尉6人はいずれも不審な死を遂げています」

「……なにが言いたい? それが、チュモ曹長の仕業だったのだから大目に見ろ、と?」

「違います。モスピッツァ中尉は、少尉、准尉格6人もの損失を隊に与えた責任をどう考えてもおられますか?」

「……不審死で原因がわからなかった」

「6人もの不審死で明らかにならなかったのですか? それは、問題では?」

「も、問題だと? おい、貴様! なにを言っている!?」


 モスピッツァ中尉は明らかに狼狽する。


「1人目の犠牲者が出た時点で、なんらかの対処を施せば2人目の犠牲者が出る前に、原因の選択肢を減らすことができたはずです。3人目以降も同様に行なっていけば6人目まで犠牲者を出すことはなかったでしょう。それを行わなかったと言うことは、よほどの無能か……もしくは、あえて見過ごしていたか。どちらかしか思い浮かびません」


 ハッキリとヘーゼンが宣言したことで、周囲が少しザワつく。


「ふざけるな! これは、上官に対する侮辱だぞ?」

「では、他に明確な理由があるのですか?」

「……わ、私は第8小隊だけを見ているのではない。他の隊もまとめ、管理していく中で、そこまで時間をかけられなかっただけだ」

「原因の調査は行わせたんですか?」

「……」


 モスピッツァ中尉の顔色がみるみるうちに青ざめていく。


「もしかして、それすらしてないんですか? 6人死んだのに?」

「も、もちろん、させた」

「では、調査結果をまとめた資料を拝見させてください」

「な、なんで貴様に見せる必要がある!?」

「中尉が私に確認した客観的な証拠を確認するためです」

「そ、そんなものはすぐには出せない」

「保管場所はどこですか? 教えていただければ、こちらで探します」

「……忘れた」

「忘れた? 6人もの不審死を遂げた事件の資料の保管場所を、中尉は忘れたんですか?」

「……」


 モスピッツァはあたりを見渡すと、全員が我関せずの苦笑いを浮かべていた。どうやら、旗色が悪いと見て、ダンマリを決め込むようだ。


 もちろん、この件の責任を問えば黙認していたモスピッツァ中尉のさらに上官にもある。しかし、彼らも忙しかった。つまりは、重要だとは思っていなかったのだ。実際、ヘーゼンも重要なことだとは毛ほどにも思わない。


 にも関わらず、目の前の神経質な男は、それを持ち出して騒ぎ始めたのだ。それならば、重要視している証拠を出してもらわなければいけない。


「中尉。あなたは、6人もの損失をだした。そして、人員をわざわざ派遣し、わざわざ調査させた資料の保管場所をあなたは、忘れたんですか?」

「今、すぐに思い出せないだけだ! 貴様と違って中隊運用はより多くの任務を抱えているからな!」

「より多くの任務を抱えていたら、6人もの人的損失を見過ごしてもいいと言うお考えですか?」

「そ、そうだ! 俺は300人以上の部下をまとめている。そのうちの6人など、1割にも満たない! 日々の戦死者が何人いると思っている? そんなものにいちいち構ってなどいられない!」

「なら、黙ってもらえますか?」

「……なに?」

「中尉の理屈ですと、戦死者の数と比較して不審死の6人がとるに足らない人数だったから、部下の人数と比較して1割以下であれば問題ないと言う認識なのでしょう? だったら、我が第8小隊も40人に対して2人の人的損失を出しただけだ。これは、あなたがだした損失と同程度の割合で、もちろん1割以下だ。であれば、その責任を追求される筋合いがない」

「はっ……くっ……」


 もはや、モスピッツァ中尉は二の句がつけないほど取り乱し、今にも倒れそうになっていた。見かねたジルバ大佐が、大きな苦笑いを浮かべて間に入る。


「もう、わかった。今回の件は、ヘーゼン少尉の言う通り問題はない。モスピッツァ中尉も、少し感情的になっているようだ。これで、終わり。後腐れなし。お互いに上官と部下の関係だから、中尉、いいね?」

「……ぁい」


 モスピッツァ中尉は返事とも取れないような呻き声をあげる。


「ヘーゼン少尉も、いいね」

「もちろんです。モスピッツァ中尉。あらためて、よろしくお願いします」


 ヘーゼンは爽やかに微笑んで手を差し出した。

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