訓練2日目(2)
午前7時。訓練所へと着くと、すでに全員が整列していた。誰もが緊張した表情を浮かべている。昨日の件で、もはや、反抗する気も起きないようだ。
「さて、訓練開始だ」
ヘーゼンは淡々と号令し、指示をする。
まずは昨日と同様、彼らをひたすら走らせた。
「戦いにおいて最も重要なものは移動速度だ。余分な贅肉。まずは、これを削ぎ落とす」
「……っ、はい」
ギュッと脇腹の肉を掴まれたゼレガ曹長は、痛みを我慢しながら返事をした。
昨日とは違い、全員が一時間を切ることができた。
「よし。もう一度だ」
「……っはい!」
彼らは文句も言わずに、言われたことを繰り返す。一時間後、数人が脱落した。彼らに関しては追加で走らせる。
「他の者たちはスクワット、腹筋、背筋だ。二人一組で、相手の身体を苛め抜け。より、身体を早く動かすためだ。一瞬の動きが、命の明暗をわける」
「はい!」
返事が淀みなくなってきた。もともとは戦闘の最前線にいる者たちだ。強き者に従えば生き残れると言う本能的な思考も持っているのだろう。
午前の訓練が終わり、昼食になった。メニューは、アビトと言う魚の蒸し料理だった。全員、目の色が変わったようにガッツく。その中で数人、食事の進まない者がいた。恐らく、訓練のキツさで食欲が出ないのだろう。彼らに対して、ヘーゼンは長めの休憩を取らせ、食欲が出るまで待たせた。
「食事は身体造りの基礎だ。緊急事態が発生し、数日食えない場合もある。必ず食べるんだ」
「はい!」
「サボれるとは思わないことだ。休憩を前倒しにする分、君たちの訓練は後ろ倒しになる。他の隊員たちと量は変わらない」
「わかりました」
午後。ここから、剣を使った訓練を始める。軽鎧を着こませ、二人一組での実戦形式だ。相手を5分おきに交代して、実施させる。そんな中、一際目立って、柔らかく剣をいなす者がいた。
「バズ曹長」
「はい!」
「君は剣術は得意か?」
「はい!」
「なら、教える側に回ってくれ。他にも2人。腕がいい者を君が選んで教えさせろ」
「はい!」
バズ曹長は嬉しそうに声を張り上げる。
それが終わった後は、一人に重鎧を着こませて、三人で攻撃する連携訓練を実施した。ここでも、バズ曹長。そして、彼が選んだサリマ一等兵、アバンダ一等兵が指導側に回った。
「バズ曹長。剣のレベルは悪くないね」
隣のカク・ズがつぶやく。
「ああ。それに、実践経験も豊富だな。多彩な攻撃パターンがある」
今までの訓練の土台は、まあできていると言うところか。ヘーゼンは、サミュア曹長と、ゼレガ曹長を見た。こちらも筋自体は悪くないが、今までサボっていたからか、思うように身体を動かせていないようだ。
日が暮れ、訓練終了の合図をした時には、全員が倒れ込んで寝転がった。どうやら、限界ギリギリだったらしい。
「お疲れ様。これから、30分後に食事だ。15分休憩を取って、すぐさま食堂へ向かえ。お代わりは2杯、酒は3杯までなら飲んでいい」
「えっ? あの、誰でもですか?」
新人の兵が驚いた表情で聞き返す。
「現状、第8小隊は警備担当ではないからな。当番の時はそうはいかない。だが、飲み過ぎは自己責任だ。体調不良による訓練の軽減は認めない。みんな、必ず同じ強度の訓練を実施してもらう」
「……はい!」
新人の兵は、明るい声で返事をする。曹長たちは、どこか複雑そうな表情でこちらを見つめている。おおかた、チョモ曹長あたりが中心となって、職位を傘に酒を独占してきたのだろう。
ヘーゼンは訓練所を去り、自身の部屋へと戻った。空いた時間で読書をしていると、食事が運ばれてきた。手早く1人分だけ食べて、お代わりを2回運ばせる。そして、それをカク・ズに支給した。この巨漢には、人の倍以上のエネルギーを必要とする。それでも足りない分は、干し肉でも食わせておけばいい。
食後、カク・ズにエダル二等兵を連れて来させた。まとめさせたディオルド公国との交戦時刻。地点。クミン族襲撃の時刻。地点。こちらが記された日報をザッと確認して閉じる。
「いい資料だ。問題ない。明日からも頼む」
「えっ、もう読まれたんですか?」
「だいたいな。速読は得意なんだ。君も鍛えてみるといい。1ページ1秒で書物を読めれば人生において、かなりの時短だ」
「……ははっ」
エダル二等兵は、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。なにか、変なことを言ったのだろうかとヘーゼンは首を傾げる。
「ついでに、分析も頼めるか? 日報を地理のデータにまとめてくれ」
「わかりました」
「その分の対価が支払われてないと感じれば、僕に言ってくれ。検討して対処する」
「そんな……これも任務ですから」
「任務には、対価が発生する。恒常的に全員が行う訓練、警備、戦闘行為は賃金分の働きで、これは余分な仕事だ。だから、君は対価を受け取るべきだ」
遠慮するエダル二等兵を諭す。目に見える賃金体系。漠然と出世をチラつかせ、我が意のままに人を動かすようなやり方をヘーゼンは好まない。能力と成果。あくまで、その2点を考えて部下の運用をすれば不満を抱える部下も少なくなるはずだ。
エダル二等兵は驚きと戸惑いの表情を浮かべていたが、やがて、笑顔になって頷いた。
「わかりました。ありがたく頂きます」
「別に感謝は必要ない。君の仕事に対しての褒賞だ。自身の能力と努力を誇りに思えばそれでいい」
「いえ。それでも私は少尉に感謝いたします。今までは……褒められたことなんてありませんでしたから」
「……君が抱いた感情を、僕が打ち消す権利はない。勝手にするといい」
「はい。勝手にします」
そう言い残し、エダル二等兵は去って行った。
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