第5話


「ちょっと、待って、待ってよ茜!」



追いかけてきた沓子を振り切れるはずもなく

廊下の途中で捕まる



「どうしたの?」



沓子と向かい合わせる形になり、優しく問われる。



「…何でも、ないよ…」



ようやく絞り出した声は、とっても、とっても小さくて、桜の小さな花弁のようで



「何でもない顔してないじゃない。」



沓子のあったかい手で両頬を挟まれ、緩く押し潰されて



「可愛い顔が台無しですね〜うりうり。」



そういう沓子の顔が面白くて、少し笑いがこぼれる



「練習までまだ時間あるから、ちょっと落ち着いて話さない?」



そう言われて、頷いた。





空き教室に入り、窓際に座る。



「で、どうして逃げたのよ」


「なんか、ショックで、よくわかんなくて。もし、リナちゃんと山下が同じ気持ちだったらって」



私と沓子は向かい合わせに座って、沓子は肘を机について話を聞いてくれた



「私、こんな気持ち初めてで、」


「うん。」


「好きなの、多分、山下のこと。でもライバルがリナちゃんで、絶対勝てないって思って」


「そっか、」


「頭の中ぐちゃぐちゃで、少し、ほんの少しだけリナちゃんのこと嫌だなって」


「それは、ちょっとわかるかも。リナがライバルなんて考えただけで私泣きそうよ」


真剣な顔で自分の肩を抱いて怖がり出した沓子が面白くってクスッと笑う



「やだ、なんで笑うのよ!」


「だって、沓子が面白いんだもん」


「やだ〜、乙女の沓子ちゃんのこと笑うなんて」


ぷんぷん、と口に出して怒る沓子にまた笑いがこみ上げて、笑っている私につられて沓子も笑って。結局二人で大笑い。



私は沓子のこういう所が好きで、毎度友達でよかったって思うんだ。



「よし、すっきりした?」


「うん、話聞いてくれてありがとう」


二人で立ち上がって、並んで教室へ戻る。

教室につくとまだアッキーがいて



「大丈夫、か?」


心配そうに声を掛けてくれて



「ごめんね、いきなり逃げて。心配してくれてありがとう。もう大丈夫。」



そう言うと



「そっか、よかった。俺は茜のこと応援するから、頑張れよ。じゃあ、先に行ってる。」



そう言って私の肩をぽん、と叩いてくれた。



「じゃあ、着替えて私達も行こっか」


「うん、そうだね!」


二人で笑いあって、着替えをする。

今日は課題曲発表だね、とかそろそろ新入生歓迎会の曲決めなきゃ、とかいろいろ話をした。


「明日さ、山下にちゃんと挨拶しなよ、おはようって」



「うん、」



「挨拶ってほら、好印象じゃない?いい印象持ってもらえるように!ね?」


「うん、頑張るよ」



とは言ったものの、目を合わせられるかなとか、声うわずったらどうしようなんて。まだ会っても居ないのに、緊張してしまう。



そして、私は何も知らなかった。

この後に困難が待ち受けているなんて、ね。

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アオイハルトキミトソラ 秋柚子《あきゆずこ》 @_reload_

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