第4話 宝物の想い出
今日の仕事を終え、布団の上でゴロゴロしながら携帯を眺めては目を閉じる。
ううむ、やはり電話は気が引ける。やっぱり電話は怖いから、メールにしようかな。しかしなんて送ればいいんだ。今日TVで見たぞ、凄いことだよ、やったじゃん!
とかでいいのかな。こんな時に奥手の自分が顔を出す。
あー、うー、と言葉にならない声をあげながら、どうにも踏ん切りのつかない自分の根性のなさに嫌気がさしてきた。昔の彼女に連絡するって、こんなにも悩むものか。正直、変な別れ方をしたわけではない。彼女の夢を応援するためのことだった。
―ピロリン。
あわわわっ、急に鳴ったメールの着信音に驚き、携帯を放ってしまった。
こんな時間に一体誰だ?まさか…ケイ?恐る恐る、メール画面を開く。
「はぁ。なんだよ、ただの迷惑メールかよ」
人生、そんなドラマみたいにはいかないよな。ちょっと期待していた自分が滑稽で、笑えて来た。
気が付けば時刻は日が変わる20分前。
うし、このまま悩んでてもしょうがない。もうこんな時間だし、メールにしよう。
『夢、叶ったんだな。おめでとう。遠くからだけど、いつも応援しているよ』
簡素だけれども、飾った言葉より、なんだかこれが自分らしいと思った。
「よし、送信っと」
さっきまで握りしめていた携帯を、ぽんっと布団の上に投げる。
あー、落ち着いたらお腹空いてきたな。なんかあったっけなぁ。
歩いて数歩のキッチンの周りに置いてある、レトルト食品を物色する。
あれ、もう殆ど食べてしまったかな。お、激辛カレーが残ってた。
実家を離れてから毎月、母から食品の仕送りがある。
あまり自分が料理をしないのを知ってか、冷凍された母の手作りのおかずや、好きな銘柄のカップラーメンや、カレー、お菓子などを段ボールいっぱいに送ってくれる。これが非常に助かる。いつも感謝してます、お母様。
その場にいるはずのない母親に合掌してから、鍋に火をかける。
ぐつぐつと煮えてきた湯を眺めながら、今日の昼に見た、ケイの顔を思い出す。
「ホント、叶えたんだな夢」
ボソッと心からあふれ出た気持ちを言葉にしたら、目頭が少し熱くなっていた。
誰かが見ている訳でもないのに恥ずかしくなったのか、
「あ、今日のお昼もカレー食べたっけ」
などと自虐気味に笑って言いながら、自分の気持ちを少しそらした。
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「私ね、卒業したら絵の修行をしにフランスに行くことにしたの」
学校からの帰り道。防波堤の上に乗って少し前を歩く彼女が、こちらを見ず、
まっすぐ前を見ながら言った。
「え、どうしたの急に?嘘だよね、ちょっとした冗談だよね?」
あまりにも急なことすぎて、頭での理解が全く追い付かなかった。
「ううん、冗談なんかじゃないよ。大真面目」
くるっと振り返って彼女は言う。
「俺は嫌だよ。ケイに会えなくなるなんて、絶対に嫌だ!!」
彼女が決めた決断よりも、彼女と離れたくない、その気持ちが勝ってしまっての言葉だったのだが。今思えばなぜそんな言葉を言ってしまったのか。
とても幼稚で、恥ずかしくなる。
彼女は自分の夢を叶えるための道を、自分で選んでいたのだろうに。
「もう、本当にコウちゃんは我が儘なんだから。私だって会えなくなるのは嫌だよ、だけれどもね、自分のやりたい道が見えているのに進まないのはもっと嫌なの」
強い意志を感じられる言葉と、目線を向けながら彼女は言った。
「いつ帰ってくるかも、決めてないんだ。だから、コウちゃん―」
急な現実をうまく受け止めきれなくて、気が付けば俺の目から涙が溢れていた。
「泣かないで。ホント、泣き虫なんだから」
後ろを歩いていた自分に寄り添う様に近づいて、流れ出る涙を、指でそっと拭ってくれるケイ。
「だから、日本を発つ前にコウちゃんを絵にさせて欲しいな。私が夢を追って、もし潰れそうになっても、素直なコウちゃんの顔を見て、元気をもらいたいから。ねっ」
笑顔で話す彼女の顔を、今でも鮮明に思い出す。とても輝いていて、まるでそこには夢という太陽を見つめる、強く咲き誇る向日葵があったように思えた。
「うん、うん、わかった」
止まらない涙を無理やりに拭い、彼女を安心させるが為にニッと笑顔を見せた。
「よーし、卒業までもう時間がないからすぐに取り掛かるよー!」
くるりと回り、スカートを翻しながら彼女は拳を空に突き上げた。
「ははっ、ケイはいっつも元気だよね。よーし、じゃあケイの家まで競争だ!」
「あ、ズルいよ!待ってー!」
無邪気に笑いあいながら、二人で駆けていた時間は、間違いなく俺の宝物だ。
あの、彼女の決断を聞いてから3か月。あっという間だった。
彼女と共に迎えた、新年。生憎の雪で初日の出は見れなかったな。
彼女の真剣な顔をずっと見ていた、デッサン室。あの本気を間近で見れたから俺は心から彼女の夢を応援できた。
彼女と過ごした時間、そのひとつひとつが、愛おしかった。
「コウちゃん、元気でいてね」
「ケイこそ、夢、必ず掴んでくれよ」
空港の搭乗口前で、漫画みたいな台詞を吐いてから、いつも二人でお決まりの拳を突き合わせるポーズをして、別れた。
広く大きな窓から見える、彼女を乗せた飛行機はどんどんと小さくなっていく。
「泣かないって決めてたのにな。ハハッ、止まらないや」
目の前が涙でぐしゃぐしゃになった。
その場で俺は、人目もはばからず泣き続けた。
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今になって思い返せば、それはとても綺麗で、青く恥ずかしい、想い出。
「ふぃー。ご馳走様でした」
彼女のことで頭がいっぱいで、激辛だったのに、辛さもよくわからないくらい上の空でカレーを食べ終えた。
チラっと、布団の上に放り投げた携帯を見つめる。
だが、彼女からの返信はない。こんな時間だし、多分寝てしまったのだろう。
自分にそう言い聞かせ、明日に備え布団にもぐりこんだ。
「おやすみ、ケイ」
聞こえるはずもない、そこにいるわけでもないのに。言わずにはいれなかった。
ケイとの想い出を振り返りながら、俺はいつの間にか眠りについていた。
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