第3話 フラグが立った
ふぁ、参った。昨日はいい加減飲み過ぎた。
まさかの就職が決まって浮かれ切った弟と、それを自分のお陰だろと、得意げに喜ぶ親父に釣られて、飲んでのんでで気が付けば夜中の3時。
宴もたけなわなところで、流石にバカ騒ぎしてる二人を置いて先に床に就いた。
そりゃあ、普通の仕事として考えれば朝のスタートが遅い俺でも、あそこまで飲んで騒げば、あたりまえに朝は眠いし、如何せん、酒が抜けないのが一番の問題だ。
お酒の弱い母も、場に流されて途中から飲みだしてしまったのが、事をここまでにしてしまった要因でもあるだろうが。昨日はいい日だったから、仕方ない。
まぁ、そんな頭でもしっかりと気を持ち直し、仕事は仕事だと自分に言い聞かす。
前日自分で回収したデータを眺めながら、閉店まで居れなかったため足りないデータを回収しつつ、今日の狙い台を定め始める。
ハッキリとしない頭をなんとか震わせ、集中する。
こんな日は駄目ならダメで、稼働はしないで帰ろうと思っていたのだが、狙えそうな台がこういう時に限ってポツポツとあがってくる。
とりあえず、1台キープ。あとはこのキープ台を超える要素の台が無いかの確認。
俺の仲間は、パチンコで食えてていいなあ。なんて言うが。これはこれで大変。
結局は全てが自分の責任となるし、時間いれば決まった給料が入るわけでもない。
下手をすれば自転車操業にもならない自営業ってところだ。
その日その日で変わる店舗情勢の中、どのように狩りをするか。
果たしてその狩猟しようとしている獲物を射止めることが出来るのか、出来なければ今日のご飯はない。そんな昔の狩猟にも似ている過酷な仕事。
思った通りにいくまでの確定要素に出会えるまでにも、なかなか骨が折れる。
簡単に見えてそうですけど、大変なんですよ?
1か月の収支だって、良くて30~40万。土日は基本お店が回収日だから稼働できないし、平日の稼働時間だって軽く8時間は超える。
時給換算なんてしたら、そりゃあもう、なかなかひどいもんだ。ボーナスもないし。
こんな仕事をしているから、途中で情報を整理するために休憩は必ず挟むけれども、稼働が12時間あるときなんて結構ザラだ。みんなの言う残業みたいなもんがほぼ。
こんなにも時間を使っているのに、下手をすれば、回収しきれず終わってしまうことも多々ある。昔は出玉保証という良いものがあったらしいが、今の時代そんなパチンコに対する甘いものはない。時間内で全てが決まる。
「よし、今日はこれで行こう」
いろいろ思考を巡らせながらも狙い台を定め、開店から10分。ようやく開始。
回転させ、データを取りながら、昨日のことをふっと思い出す。
弟は本当に好きなものを仕事にできそうで、兄弟ながら羨ましい限りだ。
俺の本当に好きなものを仕事に、それは俺にはできなかったことだから、余計に。
昔から、電車とか車とか、乗りものが好きな典型的な男の子だった幼少期。
よく愚図ってまで、親に乗り物の動画が見たいだの玩具が欲しいだのって、ねだったっけな。
今や親父に買ってもらった中古の軽を乗るぐらいで、乗り物には無縁の仕事をしている。それも一般的な観点からみたら、かなり異端な部類に入る仕事を。
まぁ、異端な親父の背中を見て生きてきた分、その変わった仕事という壁は、俺にとってはかなり薄いものだったが。
しかし、この仕事も嫌いなわけではない。
自分の思考と情報の読みと、潮の見極めと時の運で結果が出していくのだから、さながら陸の漁師みたいなもんじゃないかと自分は思っている。
そんなこんなを考えながら、当たり、飲ませを繰り返し。データを睨む。このまま粘れそうだな、というデータを見たところで店員を呼ぶ。お昼休憩の札を預かり、この店名物の店内食堂へと俺は足を運んだ。
パチンコ店ではよくありそうな名前の食堂「かちどき」でいつものAセットを注文。
カツカレーとサラダのセット。880円。
セルフサービスで置いてある水を汲んで、席につく。
ふっとみたテレビのニュース画面には、政治がうんぬん、汚職がどうこう、浮気した芸能人の釈明など、俺には到底無縁な話が流れていた。
「はい、お待ちどう様でした」
ボケっとテレビを眺めていたところに、熱々の食事が運ばれてくる。
う~ん、いい匂い。
ここはらっきょうに、福神漬けまでちゃんと付け合わせがついてくる珍しいお店なので、特に気に入っている。
「いただきます」
軽く手を合わせ、いつもの味をハフハフと食べ勧める。
その間に短いニュースも終わり、いつものお決まりなお昼のバラエティが始まった。
そこでなぜか、聞きなれた名前を紹介する声が聞こえる。
は?と思わず画面をみて、声がでてしまった。どうしてそこにいるんだ。
画面には俺の元カノ、ケイの姿が映っている。全くもって情報の整理がつかない。
状況を飲み込もうと、食べる手をとめ、テレビに食い入る。
なるほど、どうやら昔から好きでやっていた絵が世間の評価を受けたらしい。
頑張ってたもんな。そんな一途なところにも惹かれてはいたんだが。
「フランスで賞をいただけた、これが私の代表作です」
と、ケイが紹介した絵を見た俺はポカンと開いた口が塞がらなかった。
いや、待て待て。それ俺の顔じゃね?
世間にこんな形で俺の顔が出るのは本意ではないのだが、確かによく描かれている。
進行役のタレントに、この男性にはモデルがいるんですか?な~んて聞かれてる。
こりゃあ性格上、素直に答えるのかなと思ってみていたら、やはり予想通り。
「このモデルの人は、私の尊敬する憧れの存在であり、私の大事な人です」
おいおい、尊敬だなんてなんだかこっちが恥ずかしくなるような、深いいセリフ。
出演しているタレントもその言葉に半分共感しながら、進行を進めていく。
いくつになっても変わらないな。帰って来たんだな、ようやく。
止まっていた手を動かしながら、少し冷め始めたカツカレーを頬張る。
ケイはしっかりと自分の道を突き進めていたんだなと、なんだか妙に嬉しくなった。
「ごちそうさま」
そう言い、俺は食べ終わった食器とトレイを返却口へ返す。
よし、今日の仕事終わったら、久々にケイに連絡とってみようかな。
なんで俺の人物画で賞をもらってるんだよって、自虐を含めて話をしてみようか。
気が付けば、昨日飲みすぎた酒は消え、俺の胸には少しアツい熱が残っていた。
あの青春時代に追っていた、夢。
もしも、あのまま追えていたのなら、俺は今とは違う人生を歩んでいたんだろうか。
高校卒業後、俺はオートレーサーを夢見て進んでいた。初めて受けた、選手養成所入所試験に見事合格を果たし、着実に自分の夢へと近づいてきているのが肌でも感じられた。入所後は同期と共に目標に向かい、一流のレーサーの元、所内での練習に明け暮れ、バイクのメンテナンスを学ぶなど、とても充実した時間を過ごしていた。
9か月間の長くて短い入所期間を終え、デビュー戦が決まった俺はバイクに跨り、実家へ報告をするために高速道路を走っていた。高鳴る胸と期待感から、少し浮かれていたのかもしてない。順風満帆に見えた、俺の夢への道に突如訪れた黒い影。
――前方で車両の追突事故。
普段の練習の時のような緊張感があれば、もしかしたら避けられたのかもしれない。停まれたのかもしれない。けど、気が付いた時には自分も巻き込まれていた。二次事故の後続車両からの追突により、自分は車と車に挟まれた形になってしまったのだ。
不慮の事故により、全身打撲と左足の粉砕骨折。
診断をしてくれた医師からは左足に障害が残るかもしれない。バイクに乗るのは諦めた方がいいと告げられた。あの時の悔しさは、今でも忘れられない。
こうして俺の念願のデビュー戦は白紙となった。
それから凡そ1年間、オートレーサーとして同期が活躍している姿をテレビで見ながら、俺はリハビリに明け暮れた。かなりの苦痛と労力を使うリハビリではあったが、夢のために俺は諦めなかった。諦められなかった。一日でも一秒でも早く、あの舞台に立ちたかった。
しかし、懸命のリハビリにもかかわらず、左足首に残ってしまった障害。
これにより、俺の夢は泡沫へと消えた。
そこからの俺は、まるで生気が抜かれたかのように実家で引きこもりのような生活を送っていた。あと少しで手の届くところまで来ていた夢が消え、努力が実を結ばず、事故による悪夢に、これから何をしたらいいかもわからなくなっていた。
それを見かねた父親が、気分転換にパチンコでもどうだ?
その言葉から始まった、俺の新しい人生。
何故か今、その頃の自分を思い出していた。
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