第2話 俺の目に狂いは無い。そうだろ。
「あら、おかえりなさい」
この時代、なかなか付けている人も見ないようなエプロン姿で手を拭きながら、台所から母が出迎えてくれた。
玄関先にある靴を一瞥し
「なんだ、俺がもしかして一番最後?」
「そうよ、でもお父さんもさっき帰ってきたところだから。丁度良かったわ」
靴を慣れた様子で並べながら、母は言う。
開けなれたリビングへの扉を開ける、そこにはテレビを見ながらだらける2人の男。
そう、親父と弟。遠くからみても、親子なんだなーってわかるくらい、同じ格好でテレビを観ている。
「おーっす、ただいま」
「おー。帰ったか光聖」
「兄貴おかえりー」
なんとも気の抜けた返事で、軽くこちらを見てすぐにテレビへと視線を戻す。
久しぶりに帰ってきたというのに、クイズ番組を夢中にみる、この2人。
昔からそうだったが、テレビが好きすぎるんだよな。うちの男衆は。
かく言う自分も、テレビっ子のその一人だからなんとも言えないんだが。
「ほらほら、テーブルの上をあけて」
母が料理を両手いっぱいに持ちながら、だらけた男衆に言い放つ。
「おー。唐揚げうまそうじゃんか」
置かれた料理をすぐにつまみ食いする親父。
「こら、全部出揃ってからにしてくださいな。光聖。ちょっと手伝って」
親父を軽く叱りつつ、座ろうとしていた俺に手伝いまで頼む母。
なかなか俺らの扱いが慣れている。座っていたら立ちたくなかった。
「はいはい、はいよー」
久々の実家で気の抜けた声を出しながらも、お約束の形で母を手伝う。
弟は、そんなことには目もくれず。俺は今日の主役だよ?と言わんばかりに
だらけながら親父とテレビを眺めている。
こいつめ、昔っからいつも要領がいい。末っ子ってそんなもんなんだろうか。
母と二人で弟の誕生日会の支度をしながら、少し話す。まぁ、話題は決まってる。
「光聖、どう?いい彼女さんは見つかったの?」
「いや、彼女とか全然。影すらないよ」
お手上げポーズを決めながら、少し肩をすくめる。
「もー、いつになったらうちっちの息子たちは彼女を見せてくれるのかしら」
「まー、そのうちじゃない。まだ焦る歳でもないっしょ」
「次帰ってくるときは、ケイちゃんみたいな彼女さんも連れてきてよね」
前の彼女を引き合いに出し、こちらも見ずに少し呆れた顔で母は言う。
はぁー。毎回のやりとり過ぎて、もううんざりなのだが。
どうやら、早いとこ彼女作って結婚してくれとのこと。わかるけどさ。
しかし、母曰く。結婚する前に一度会わせてね、約束よ。だそうだ。
実際、こんな仕事をしている俺に出会いなど微塵もなく。ましてやあったところで、この生活や仕事を理解してくれるとは到底思えない。
だが、母親は親父の仕事を理解して結婚したんだよなぁ。本気で理解しがたい。
台所から覗く居間を見ると、テレビを見ながら横になっている親父が見える。だらしないよなぁ。とってもだらしない。けれども、ここまで女を惚れさせる。
どんだけ凄いんだよ、アンタは。
母と二人で準備したかいもあってか、支度もスムーズに終わり、誕生日会が始まる。
弟は俺と年子なので、俺の1つ下。今日で24歳になる。
「えー。光介、誕生日おめでとう!今年こそ、就職できるといいな!乾杯!」
相手の気持ちや空気の読めない親父の音頭で乾杯をし、脇家の団らんが始まる。
「ほら、光介。俺からのプレゼントだ」
乾杯のビールを飲み干し、行きがけに買ったフィギュアを弟に渡す。
「お、サンキュー兄貴!なにこれ、あけていい?」
少しウキウキ顔の弟が、なんとも可愛い。いいよいいよと弟を促す。
ビリっビリビリ―。
相変わらず、雑な開け方でラッピングを剥いていく。
「ぬおお!ぬち子じゃん!兄貴わかってんなー!」
お、どうやら弟が珍しく所持・保管・普及していなかったフィギュアだったようだ。
「お前そのシリーズ好きって聞いてたからさ、選んでみたんだ」
少し得意顔になっていただろう。プレゼントで喜ばれるとやはり嬉しいものだ。
「光ちゃん、お父さんとお母さんからのプレゼント」
はい、と母親が弟に包みを渡す。
「お、ありがとうー!」
「お父さんが選んだから、間違いはないと思うんだけどね」
微笑ながら、弟が包紙をはがすのを待つ母。
「え…、親父が選んだの?」
弟の手が、包みを開けている途中で止まる。
「なぁ、親父。去年と同じ流れってことはないよね?」
恐るおそる聞く弟の顔も見ず、親父はビールをあおりながら、ないないと顔の前で横に手を振った。
「ん?去年のはなんだったっけ?」
ぽっかりと記憶から抜けていたので弟に聞いてみた。
「あれだよ、糞の役にも立たない自己啓発本の詰め合わせ」
「あー、思い出した。お前あれ、その場で親父につき返してたもんな」
どういう訳だか、親父は小難しい本が好きだ。雑学も人一倍持ち合わせている。
暇さえあれば、テレビか本で新しい情報をあの固い頭の中に詰め込んでいるらしい。
「えっ!!!親父!マジか!」
驚嘆した声をあげながら、弟が親父の顔を見る。
それに対し親父は、親指を突き出してグーポーズを弟に向ける。
スッと覗いてみると、おお、マジか。
俺もそのプレゼントを見て驚いた。まさかのフィギュア。しかも凄いクオリティ。
「これ有名原型師の限定版じゃん!」
弟は未だ興奮が醒めていないようだ。クソッ、ここでも一枚上を行かれたか。
「やべー、やべーよ兄貴!親父がここまで目利きできる人間だったとは」
弟よ、お前は今まで親父をなんだと思っていたのだ。
お前はまだ気づいてないかもしれないが、俺らの父親は、実はかなりのやり手の男なのだよ。
「カカカ、喜んでくれてよかったわ。ちなみに、その原型師な、俺の友達」
その言葉に、さらに驚きを隠せない弟。
「あー、そうそう。光介。お前、そいつのとこに就職すっか?」
「え、そいつって…これ、作った人?」
驚きを通り越して、頭での理解が追い付いていない弟の顔。
「そうだ。アイツももう歳だから、弟子を取ろうかって話してたからな」
急に鋭い目つきに変わり、親父が言い放つ言葉に、弟は一瞬にして飲まれた。
「ほ、本当に?谷山さん弟子取ってくれるの?!」
「お、乗り気か!おーし、今電話してやる。自分で話せるか?」
「うん!あ、はい!!お願いします!」
んもう、悔しいかな。これ完璧に親父のペースだ。しかし親父のことだ、もしかしたらここまで計算していたのかもしれない。
「母さん、俺の携帯取ってきてくれないかなー?いつもの棚の上にあるわ」
はいはい、と腰をあげ、親父の携帯を取りに行く母。
「なぁ、兄貴!俺、できるかな!?」
まだ興奮の醒めていない状態で、問いかけてくる弟。あらまぁ、可愛い。
「やる気があれば大丈夫だよ。出来る出来ないは後からついてくるもんさ」
ちょっと先輩面をしながら弟の問いに答える。
「カカカ、そうだな。お前も最初はてーんでダメだったからな」
語尾に草が何本も生えているんじゃないかってくらい、爆笑する親父。
この人はホント誰に対しても裏表がないから、本気で言っていることには間違いないんだが。時と場合によっちゃ、結構傷つくこともあったりで。
まぁ、悩みまくっていた自分から脱している今は、俺にとっても笑い話ではあった。
「あーもう、過去のことはいいだろ親父」
そんな話をしている間に、母が親父の携帯を持ってきた。
少し老眼が始まっているのか、画面を遠くにしつつ連絡先を探し電話をかける親父。
「あー、谷山君かい?今電話大丈夫かな、脇だけど。うん、あー。例の話だよ。うちの息子がやる気あるっていうから、一度見てやってくれないか?うん、あー。細かい話は当人同士で話してくれや。」
ぶっきら棒に電話を弟に渡す。ホレ、あとはお前がやれ、と言わんばかりの目つきと態度で。
「もしもし、お電話代わりました。はじめまして、脇光介です!先生の作品はいつも感動させてもらってます!はい、はい…!」
親父からの電話を受け取り、話しながらその場を立ってうろうろとしている。
抑え切れない興奮からなのか、弟の笑顔が止まってない。
うまくいくといいなと思いながら、弟の電話が終わるまで両親とだべりながら
ビールをあおる。グラスのビールが空くと、即座に親父か母から次を注がれる。
まるで終わりのないわんこそばのように。
いい感じで酔いが回ってきたところで、親父が口を開いた。
「光聖、仕事は順調か?」
「あぁ、おかげさまで。今日も稼働してきたよ」
「時代の波で出玉だけは渋られてしまったが、まだ暮らしていけそうか?」
「あぁ、今のところは問題ないよ」
「そうか、しかし本当にダメだと思ったら俺に言って来いよ。約束だからな」
「お、おう。わかったよ」
酔っているせいか、いつになく優しい親父の一言が、胸にささった。
いや、むしろ昔からこの親父はこうだったんだろう。
ダメなものはダメ、良いものはよい。ただ、自分の人生だから、好きに生きればいい。そんなことを身をもって教えてくれていた人だ。
そんな親父の話に感動してる俺の脇でウロウロと、かれこれ30分は話している弟。
時折、電話口から漏れて聞こえる話声は、これからの仕事の話であったり、昔の作品の話であったり、なんだか2人に通づるものがあったんだろう。
「はい、父さんありがとう!どうしよう、就職決まっちゃったよ!」
喜びを全身で表しながら、弟が親父に携帯を返す。
「カカカ、そうか!これでお前も立派な社会人だな!」
その言葉を放った親父の目には、うっすら涙が見えていた様に見えた。
「さー今日は光介の誕生日に就職祝いだ!母さん、もっとビール持ってきてくれ!」
はいはい、にこやかに腰をあげ、台所へと向かう母。
「しかし、なんで親父はその谷山さん?と知り合いなの?」
「あ?谷山は俺の後輩よ。こう見えて俺は顔と腹の面積だけは広いからな」
と、中年太りしているお腹をポンっと叩きながら言った。
「いやー、兄貴!親父!今日は俺ホント嬉しいよ!!」
笑顔が止まらない弟。
「そうだな!これでお前も俺らと同じ社会人だ」
弟のグラスに自分のグラスをぶつけ、お互いに飲み干しあう。
少し変わった家庭だとは思うが、なんにせよ素晴らしい家庭の在り方だよな。
どんな形であれ、親父は俺らのことを見ていてくれたんだなって実感した。
「はいはい、みんなあんまり飲みすぎないでくださいね」
その言葉をくれながら、俺らにビールを注ぐ母の目は少し、赤く腫れていた。
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