それでも生きてりゃ腹が減る

いささか まこと

第1話 脳汁から産まれた男

「んっ、、、あぁ~あ、、」

ぐしゃぐしゃになった布団の中で大きく伸びをしながら、目覚めの声を上げる。

ふぅ、今何時だ。もう一度布団の中で小さく伸びをして、壁に掛けてある時計へと目を配せる。時刻は午前9時を少し回ったところ。


狭い部屋の中、定位置として決まったように敷かれている、薄くなった布団から

ゆっくりと体を起こす。蝉が殻から抜けていくように、ただただゆっくりと。

昔から、どうも朝は苦手。というか、太陽の光がしんどい。

この光を浴びて、ん~いい朝ね。な~んて言える人間としての生き方をしていないのだから、仕方がないか。


気持ちの悪い口の中と、目やにでうまく全開にならない目をリフレッシュすべく、

洗面台でボケた面におはようをしながら洗顔、うがい、歯磨きを済ませる。

実際、自分は自分がどんな面構えをしていようが、とんでもない髪型をしていようが

はたまた突拍子もないセンスの服を着ようが、全く気にはしないのだが。この、朝起きてからの必要最低限の流れ(自分はおはようの儀式と呼んでいる)を苦なく出来るのは、子育てに厳しかった母親のおかげなんだろうと今でも思う。


今日のおはようの儀式を無事済ませ、だらしのないパンイチの恰好から一転。仕事着へと袖を通す。まぁ、お気に入りのTシャツに履きなれたジーンズなんだが。


時刻は午前9時25分を過ぎたところ、か。まだ少し余裕があるな。途中で朝飯買っていこう。


玄関先で靴を履きながらいつもの確認事項。

「携帯は、持った。財布は、持った。タバコは、ライター共に持った。んあ、お守りがない。」

半分履いた靴をポイポイっと脱ぎ捨てて、少し小走りで部屋に戻り、無造作に物が置かれているテーブルの上を探す。

「あったあった。これがないとどうも落ち着かないんだよな。」

針の動かなくなった、古びた銀色の腕時計。時刻は12時16分を指している。

皆の云うお守りと言うには少し語弊があるのだろうが、自分がお守りと決めたら

多分それはお守りに違いないと思う。違うかな。

時計を腕に嵌め、履き潰して少し穴の開いている靴を蹴とばすように履きながら、勢いよく玄関を出た。

「うっわ、あっつ。このまま溶けちゃいそうだ。」

気の滅入る夏の暑さに少し、気持ちが負けそうになりながらも、歩を進め

愛車のある駐車場へ向かう。徒歩5分と、あっという間の距離とはとても言い難いが今日も変わらず愛くるしい顔をして俺を待っていた。


自分の成人祝いに親父から買ってもらった、中古だけど、お気に入りの白い軽。

もうこいつに乗り始めて早5年、月日が経つのは早いもんだ。

そして、こんな仕事を始めるきっかけとなってから5年か。よく生きてるよな。

それもこれも、自由人すぎた親父の遺伝子なんだと間違いなく思うが。

どうしてあんなのと、堅物な母親は結婚したのだろうと毎度毎度不思議に思う。


一度どうしても気になって母親に聞いてみたのだが、

「お母さんにはお父さんしかいなかったのよ。あんなに尊敬出来る人はいないわ。」

だなんて言うし。我が親ながらわからないものもあるんだよな、脇家七不思議のひとつだな、うん。


くだらないことを考えながらも、愛車を今日の仕事場へと走らせる。途中コンビニでお気に入りの紀州梅おにぎりとお茶を購入。こちらも変わらず276円。

毎回変わらないレジの店員に軽く挨拶をして、また愛車を走らせる。


時刻は午前10時ちょっと前。思いのほかギリギリだったな。

おにぎりを頬張りながら、愛車を停め仕事場へと速足で歩く。


「おはようございま~す!いらっしゃいませ~!」

遠くからでもわかる、この通る声。この人がいるからこの店を数あるうちのマイホの1つにしたようなもんだ。

親父曰く、店員の目が死んでる店、店員同士が仲が良すぎる店はアウト。

いい店は店員が仕事に情熱を持っている店。そんな場所を探すといいぞ。だそうだ。

確かに優良店は店員の質がいい。店員がこうして仕事に熱を入れていると、勝負していても気持ちがいいし、なにより性質の悪い連中がいる割合が減る。これはかなりポイントが高い。

「おはようございま~す!今日も頑張ってくださいね!」

満面の笑みで自分に声をかけてくる江本さん。歳は若干自分よりは上だと思うのだが

身長は小さめ、体系は細身、笑顔の時にチラっと見える八重歯がまた可愛らしい。

だからなんだという感じですが。この人のおかげで朝から元気貰えている気はする。

「おはよう、ありがとう。」

小さな声で返答し、今日も頑張りますかと、お目当ての台を確保に回る。


昨日目を付けていた3台のうち1台は他の人に確保されてしまっていたが、残りの2台から1台をピックアップし、いざ回転。あとは台の挙動の記録と、周りの客の観察に力を入れる。観察をしていると見えてくる、たまに拾えるお宝台もそうだが、驚きや怒りで感情を露わにしている人間模様を見るのは、パチンコをしているからこそ見える景色のようで、当たりを引き当てるより数倍面白いと感じる。


回転させながら便利になった携帯でデータのメモの準備をしていたところ、今日一の失態に気づく。母親からメールがきていた。

夕方6時に実家に集合。プレゼント、なんでもいいから準備してあげなさいよ。

今日は4月13日――弟の誕生日だった。脇家七不思議のひとつ、家族の誕生日はみんな揃って実家でパーティー。


自分の仲間にそんな話をしたら、どんだけ仲いいんだよ!と言われたのには驚いた。

かなりの自由人である親父ですら、この時間は大切にしていたから。一般の人の当たり前のことのように感じていた。むしろ一般人より自由にしている分、こうした外せない日は絶対に守りたいのかもしれないのかな。


あちゃー、完璧に忘れてた。メールを見ながら失態に頭に手を当てる。

プレゼントも買って、実家に行くとなると夕方4時にはあがらないといけない。

となると、稼働時間は…6時間か。

ホールに来てしまった以上、データと稼働は目で見て拾っておきたいしなぁ。

ううむ。間に合わなかったら許せ弟よ、このカスな兄貴を!


内心焦りながらも、冷静に回転を続けデータを取る。ただただ黙々と。冷静に。

実際、昔からよく言うように、勝負は熱くなった時点で決まってしまう。いくら台の特性や特徴を掴んでいて、狙い台と定めていたとしても、胴元が必ず勝つ仕組みになっている以上、投資を抑えつつ期待値の高い台を打つのが定石。そして潮を読み切ることが勝利へとつながる。言葉で言うのは本当に簡単なんだが。


この言葉が実践して出来るようになるまで、凡そ1年。苦悩の毎日だった。


勝ったり負けたりを繰り返し、一喜一憂。あの頃はなぜ勝てたのか、なぜ負けたのか考えることすらなかった、ただのガキだった。自分の良いようにしか展開を考えず、狸の皮算用ばかり。当たり前のように、総収支はマイナスを重ね続け、貯めていた資金も底をつき、気が付けば消費者金融にまで手をだしてしまっていた。


親父の背中を追い、いろんなことを教えて貰い学んだつもりでいた。だが、なかなかそれが実を結ばないことに焦りを感じ、できない自分を棚に上げ、言うのは簡単なんだよ!わかんねーよ!!とか親父に八つ当たりしたなぁ。

百聞は一見にしかず。しかし、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。聞いといてよかった、聞かなければ気づかないことだらけだった。


親父は今でも現役のギャンブラー。年々、規制の波もあってか収入は減っているようだが、負けない。勝ちを確実にする。

さすが往年のギャンブラーであり、自分の師匠だ。

昔いくつかの攻略誌に人気ライターとしてお呼ばれもしていたようだが、稼働時間の減少、客引きパンダになることに耐えられなかった親父は、こんなことしてる暇あったら現場で稼ぎますわ。と、とにかく自分勝手な理由で辞めたと聞いてはいる。

そんなライター時代の話を聞いてみると、いいこともそれなりにあったらしいのだが。攻略情報も早く入りやすいし、新しい台の試打も出来たり。営業で地方の店舗に遊びに行けたり、有名になればCSではあったが番組も持たせて貰えた。そしてなにより有名になってからはお金の苦労もなかったという。


しかしそれはただの仕事としてのギャンブルであり、伝えるための情報を仕入れた

だけであって、こんなの熱もなければ、脳汁すらでない。

仕事をするために、皆に見せる為に脳汁だしてたらそれはギャンブルではないよな。

とまで言い切っていた。とんでもないギャンブル狂で脳汁信者だ。


親父の話を聞いていて、今でももの凄く共感できて考え続けている言葉は、

「情報を活用できるかどうかは自分次第。攻略誌や出回っている情報を鵜呑みにした時点で、負けてるよお前。」

この言葉。なかなかに奥が深い。


確かに親父に当てはめて考えてみれば、現場に足繁く通い、出来る限り店舗を回り

店舗の情報を肌で感じ集めながら、攻略情報の正誤を判断。稼働している台の後ろに張り付きつつ、どの部分で勝ちに繋がったかを確認。

足りない情報はライター時代の仲間と連絡を取り確認して貰う。

むしろ攻略誌を鵜呑みにしすぎないためにも、現場から情報を仕入れ活用していた。


攻略誌に掲載されていることは、稼働している皆全員が知っていると思って行動するしかないが、その情報の正誤や判断は確認を取らなければ誰にも分からない。

典型的な打ち方が攻略誌に書かれているとしたら、それ以外の部分は誰も打たない。打つ必要がないと感じてしまう。それが本当に正解なのかもわからず。

そしてなにより、攻略誌に載っている典型的な打ち方では必ず勝つことはできない。ここがかなりのポイントだった。


このポイントを自分なりの立ち回りに附与してみたところ、結果は出てきた。

それも面白いくらいに出た。


確かにまだまだ100%に近い勝率にはならないが、80%を超えてくればかなり収支は

安定してきた。こんな単純なことだったのになぁ。分かるまでがしんどかった。


――ジャラ、ジャラ。ドル箱に今日の成果を詰める。

ふー、よし。今日もなんとかお目当ての台でなんとか収支をあげることができたか。

もう少し粘れたのだが、大事な弟の誕生日、キリもいいしここでやめておこう。

稼働終了予定時刻より少し早めに上がることができたので、帰りがけにもう1店舗のマイホデータも拾い、明日の仕事に備えた。


その後、弟の誕生日プレゼントを購入しに大きな玩具屋へ。

弟は生粋のアニオタなので、好きなアニメのキャラクターのフィギュアをプレゼントに買ってみた。もしダブって持っていても問題ないだろうと思ってのこと。

自分には理解できないが、あいつは1つの商品を何個も買う。

観賞用に、保存用、普及用、贈呈用とかなんとか…自分の元居た部屋は今や弟の保管庫になっている始末。ある意味弟はコレで脳汁を出しているんだろうな。


うちの家系にまともな人間は母親だけ、、なんだろうか。いや、まさか。

そう考えるとなんだか、ぞっとする。


「ただいまー。」

開けなれた玄関を開けると、そこはいつもの懐かしい匂いがした。

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