第4話 Turn
タイシャクとの戦いの後、俺がゲフィと会えたのは一週間後のことだった。
体力が無くなった奴はパーティーが全滅するか、倒れてから五分放置していると自動的に最寄の町へと飛ばされる。
当然、神槍なんてトンデモ武器を持っていても滅茶苦茶強いボス相手にそんな短時間で決着が付く訳も無く、すべてが終わった頃にはゲフィの姿はどこにも無かった。
だから俺は傷の手当もそこそこに、ヨモツの外に出て探し回った…のだが、ゲフィはどこにもいない。
「あいつ…どこ行きやがったんだ一体」
最初はタイシャクの攻撃の中に飛び込んだことや女であることを隠していたこと、ゲイングニュルを持っていたことなど色々話したいことがあった。
しかし、翌日になってもいつもの待ち合わせ場所に来ないことから、俺の心中にはむくむくと嫌な想像が沸き立ち始めていた。
死んだところですぐに復活できるこの世界で、一切連絡がつかないなどということはよほどのことが無い限り存在しない。
「まさか…あいつまで、停滞者になっちまったんじゃねぇだろうな…」
あの時ゲイングニュルを手にしたということは、タイシャクではなく俺があいつを斃したことを示している。
であるなら、タイシャクによる状態異常で動けなくなっているという可能性は除外して良い。
となると…停滞しか思いつかなかった。
三日目が経ったところで、俺はゲフィを探しに行くことにした…が。
「…よく考えりゃ、あいつどこを根城にしてやがるんだ?」
思い返せば、俺はあいつがどこで寝泊りしているか知らない。
普段、約束の時間になればふらりと現れるし、何より契約が済めば用は終わりだと思っていたので特に確認しなかったのだ。
「契約、かぁ…」
そこまで考えたとき、ふと気付いた。
…もう、十分すぎるほど付き合ってきたじゃないか。
多少気に入っているとはいえ、俺は何でそこまでゲフィのことを気にかけてるんだ?
真っ先に報酬という単語が思いついたが、そんなもん、ゲイングニュル一本で数千、数万倍の価値がある。このままばっくれる方が賢いに決まっている…
「俺にもプライドってもんがあらぁな」
一瞬とはいえ、魔が差した自分をとがめるように頭を振った。
そうだ、契約を完了させてもいねぇのに報酬だけ貰うだなんてそれこそ乞食と同じじゃねぇか。
……ん? 契約?
思わず俺はぴしゃりと額を叩いた。
「そうだ、契約だ。何で今までそれに気付かなかったんだ俺は!」
俺たちは契約ずくで動いていたのだから、連絡がつかないってんなら仲介役の酒場に話を通している可能性に気づいてしかるべきだった!
今更ながらそのことに気付いた俺は、早速酒場へ向かった。
「ああ、依頼主から連絡着てるよ」
息せき切って飛び込んできた俺をちらりと見やり、グマのババァはタバコの煙をぷかあと吐き出してから事も無げにそう言った。
「いつから?!」
「ん? あー…確か一昨日くらいからだったかな?」
てこたぁ、ほぼ即日に連絡してんじゃねーかあいつ。
思わず頭を抱えてしまう。どんだけテンパってたんだ俺。
「惜しかったねぇ、五日間待つが連絡ないようなら依頼は終了扱いにしてくれと報酬を預かってたんだが」
「んなこたぁどうでもいい! どこだ! どこに行きゃあの馬鹿に会える!!」
胸倉を掴むような勢いで尋ねると、グマはわずかに目を見開いた。
「…ふぅん。どうやら今回の依頼はあんたに随分といい影響を与えてくれたようだね。今までの、ドブ川で浮いている死んだ魚のような目が大分マシになってるじゃあないか」
…大きなお世話だ。
「そんな、大きなお世話だとでも言いたげにするんじゃないよ。墓地だよ墓地。大聖堂があるだろ? そこの裏手で待ってるってさ…って、おい! まだ話は終わってないよ!」
大聖堂のだ、まで聞こえたところで俺は駆け出していた。
だから、俺はグマの独り言を聞けなかった。
「ちぇっ、あんたの居所をかぎまわってる奴がいるから気をつけなって言いそびれちまったじゃないかい」
……………………
………………
…………
数分と掛からず大聖堂の裏にある墓地に息せき切って到着した俺は、辺りをすばやく眺め渡す。
「ゲフィ!」
尋ね人は――いた!
墓地の真ん中にある井戸の傍のベンチで所在投げに足をぶらぶらさせていたゲフィは、俺の声にはっと顔を上げる。そして、俺たちは互いに駆け寄ると思いの丈をぶちまけた。
「今までどこほっつき歩いてたんだゲフィ!」
「今まで何シテタのベガー!」
ほぼ同時に、俺たちは同じ意図の質問を相手に投げかけていた。
「…ん?」
「…エ?」
一拍、沈黙が墓地を支配する。
それから小一時間もの間、俺たちは互いの誤解に基づいた討論を行った。
その間の俺たちの無為なやり取りを、改めてくだくだしく書くこともあるまい。
端的にまとめてしまうと、死亡後の選択について言及しておかなかったため、ゲフィは死亡後うっかり選択を誤って首都まで戻ってしまったのだとか。
つまりは、これまでにそういう経験が無く順調に育成してきたことで失念していた(そして取り乱してすぐに酒場に連絡をつくことに思い至らなかった)俺が悪いということで一応の決着をみたのであった。
「トいうワケで、ゴメンナサイは?」
ゲフィの分別くさい口調に内心癪に障りながらも、反論する余地の無い俺は不承不承頭を下げた。
「へいへい、悪うござんしたよ」
そのおざなり極まりない謝罪に、ゲフィは
「オーケー。ソレじゃ許スネ」
にこにこ笑いながら意外とあっさり許しを出した。
「…なんだぁ、おめぇ? 何か妙に機嫌いいじゃねぇか」
こっちはずっと心配してたってのに…
「ベガー、チャンと来テクレタからネ」
「あぁ? あたりめぇだろ、曲がりなりにも雇い主をほっぽって…あ」
そこまで話してゲイングニュルのことを思い出した。
「そうだ、忘れてた。これ返すわ」
そういって倉庫からゲイングニュルを取り出しかけた俺の手を、ゲフィがそっと制した。
「ノー」
「はぁ?」
思わず耳を疑ってしまう。
幾ら世間知らずといっても、ゲイングニュルが半端無い価値を持つ武器だってことくらいは知っているはず。
そういうと、ゲフィは大きくうなずいた上で、けれどと前置きして言った。
「ソレ、三つ特殊な能力アルそうデス」
ゲフィ曰く。
一つは、莫大な精神力を費やして神兵の軍勢を呼び出す(ちなみに今の俺の力量でも無理)。
一つは、使用者が窮地に陥ると能力を底上げしてくれる。俺がタイシャクとタイマン張れたのもこの能力のおかげだろう。
そして最後は、この槍自体が意思を持つ。
「ほーん?」
俺は最後のに興味を持った。
「武器に意思、ねぇ。そんじゃあこいつとお喋りできたりするってのか?」
俺の軽口にゲフィは怒った風も無く、逆に寂しげな微笑を浮かべて頭を振った。
「ソレ無理ダタ」
てことは、実際に試したのか。しかも声の調子からするとどうやら本気だったらしい。
真剣にしたことを茶化してばつが悪くなった俺は話題を変えることにした。
「あー…なんだ、その。そういえばなんでお前、こんなすごいもん持ってたんだ?」
「倉庫に入ッテタヨ」
「…ん? 最初からあったってことか?」
ゲフィはこくりとうなずいた。
「えぇ…なんだそりゃ?! 聞いたことねぇぞ」
「でも、ホントに初メテ倉庫空ケタトキからアッタヨ」
「ふぅん?」
…ひょっとしたら、超々低確率で手に入る宝珠みたいなもんなのかも知れねぇな。
宝珠も、報酬から貰う物以外は倉庫にいつの間にか入っているって言うし…
「…まあいいや。何はともあれ、そういうことだと思うことにするわ」
「ソウシテ。アト、サッキ言イ掛カケタけど、ソレはベガー使ッテクダサイ」
「うぇ?!」
ゲフィの申し入れにはただただ驚かされるばかりである。
しばらく何といって言いか迷った俺は、かろうじて四文字搾り出すにとどめた。
「…いいのか?」
俺としては自分の金を出して買ったわけではない物を使うのには抵抗がある。だが、こいつは金を幾ら積んだとしても手に入るとは言えない…いや、絶対無理と断言してもいいお宝だ。手放すのに迷いが無い奴がいるわけねぇ。
「ウン」
だが、こいつだけはあっさり頷いた。
「ゲフィじゃ使エナイよ。ソレに他ノと同ジデ元々転ガッテタ物ダシ。ソレラもマダ使イコナセナイのに持ッテても無駄ね」
「お、おう…」
「セメテ見タ目可愛イなら迷ッタケド」
「はぁ、さいですか」
こういうところ、つくづくこいつは大物だと感心する。
「…ま、そんじゃあありがたく使わせてもらうわ」
ついでに今度、何かこいつの好みに合いそうな装備も渡してやろう。
「ア、デモそのカワリ」
「ん?」
「ヒュペルボレイオス、チャンと連レテッテクダサイヨ?」
「ああ、なんだそんなことか」
不安げに言うからどんなことかと思ったが拍子抜けだ。
「当たり前だろ、ちょっとゴタゴタが起きたがこっちは元よりそのつもりだ。だからこそ探し回ったんだしよ…というかそこまで言うならもう少しペース上げるか」
ゲフィはたじろいだ。
「…その槍使ッテ、もっと楽デキマセン?」
「でーきーまーせーん」
即答した。
「良いか、あんな身の丈に合わない力に頼って強くなってもそれは表面的なもんでしかねぇんだよ。確かにありがたく使わせてもらうとは言ったが、ずっと持って歩くつもりもねぇ。槍の能力におんぶに抱っこでいつづけたら、格下を相手にしつづけるならともかく格上と戦うときにゃボロが出る。ヒュポレボレイオスは雑魚ですら並み今の俺たちより強いからな、お互い地力を付けなきゃ野垂れ死にだ」
これはゲフィだけでなく俺にも言える。最終的に自分の身を守れるのは自分なのだ。
もごもご何か言いたそうにしていたゲフィだが、やがて反論を諦めたのかおとなしく頷いた。
どうせ気落ちしたついでだ、そういえば思い出したことも伝えておこう。
「あ、あとそれからその格好だが…お前、男装してたんだな」
指摘され、ゲフィははっとした顔になる。
「ア…ウン。モシカシテベガー、怒ッタ?」
「あ? 何でだ?」
「騙シてたカラ…」
「騙して、ってことはあえてしてたんだな。なんでまた?」
ゲフィはうつむいた。
「前酒場覗イタとき、女性バカリ声掛ケラレテタの見タカラ怖クテ…」
ははぁ、なるほどね。
確かにこの世界…新人、しかも女と見ると「守ってやるからあわよくば…」と下心を持って接する奴は幾らでもいる。
それが怖かったから、傭兵を雇う際にも舐められないようにという心積りでいたのが、言い出す機会を失って今に至った…といったところか。さしづめ、あの似合わない装備の見本市もハッタリ(いや、自分を奮い立たせるためにしたのかも知れないが)のつもりだったんだろうが、結果的に逆効果でしかなかったのは世間知らずが故ってところだな。
ともあれ、事情は把握した。
「いや、別に? というか自分の身を守ろうとした考え方自体はいいと思うぜ。ただ、方向性が明後日に突き抜けていたけど」
「…怒ラナイ?」
「何でだ? 性別変えるくらいなら…ほれ」
そういうと、俺は商人に変身した。
「ア、アノ時の!」
「あの馬鹿二人だって、俺がこんな格好していたから油断したんだ。重剣士の格好で行ったら警戒されてもう少し面倒になってただろうな」
言いながら再び重剣士に戻ってみせる。うん、この方がやっぱ馴染むわ。
ところでゲフィさんや、何でちょっと残念そうな顔してるんですかねぇ…
「騙すっちゃあ人聞き悪いが、性別や見てくれを変えて、敵を自分の戦いやすい条件や環境に持ち込むのも立派な戦術だ。だから別にそんなことくらいで怒りゃしねぇよ」
そういうと、ゲフィは明らかにほっとしたようだ。
「ただ、これからは男装しないほうがいいぞ。この先は女性用の防具の方が高性能なのが増えるからな」
「…ベガーはドウ思ウノ? ヤッパリ女の格好のホウが良イ?」
「え、俺? …なんで?」
どういう意味だ?
ちょっと考えた俺は、ようやくゲフィが何を気にしていたのか思い至った。
「ああ、別に今更もうそこいらの連中を警戒する必要もねぇだろ? 今のレベルならもうそこいらの適当な奴らにちょっかい出されても返り討ちにできるだろうし」
警戒心が養われたというのは良いことだけどな。
自分の見事な推理に感心して、そこまで言いかけた俺はようやくゲフィの視線に気づいた。
呆れたような視線をゆっくりはずし、頭を横に振る。
「…ハァ~~~…」
何か言いかけようとしたものの、たっぷりした間をおいて飲み込み代わりに嘆息した。
え、どんだけ呆れてくれてんのお前。
「何だ、何か俺変なこと言ったか?」
「……ハァ~~~~~~…」
そう尋ねるともう一度、今度は俺に見せ付けるようにして殊更大仰に溜息を吐いたのだった。
だから何、そんなに俺変なこと言った?
……………………
………………
…………
「それじゃあ、次は明日でいいんだな」
「OK」
ともあれそんなこんなで俺たちは今後の予定を大雑把にまとめた(その際あいつの塒を聞こうとちらと思った…が、雇い主の住居まで知ろうとするのは領分を越えているんじゃないかと思い止めた)後、別れ際に市場へ道具類の買出しに向かった。
俺たちは一週間という空白を埋めるように、他愛ないやり取りを繰り返しながらあちこち店を冷やかして歩く。気づけば、昼前にはじめたはずが気の早い星がちらほら現れている。
「結構買ッタネ」
両手に薬瓶など抱えたゲフィが言う。俺の方も似たような状況だ。
倉庫にいきなり放り込まないのは、久しぶりに出ていた露店で安く売っていたのを纏め買いしたため、それを広い場所で分配する必要があったためである。
「そりゃまあな。幾ら死なないっつってもやられまくればそれだけ目標からは遠のくし、何よりやられ癖がついちまったら厄介だ」
「ヤラレ癖?」
「ああ。死ぬことを前提にして強い敵に突っかかることさ。まあ最初のうちは良いんだが、あまり長期に渡って繰り返すととんでもないしっぺ返しがくる」
「何が起コルの?」
「記憶ができちまうのさ」
俺は荷物を持ち替え、空いた右手でとんとん、と自分の頭を突いてみせる。
「あんまりに力量がある相手に殴られつづけると、ある日突然自分じゃ認識していなくても恐怖として刷り込まれちまうんだ」
その言葉に、ゲフィはびっくりしたようだ。
「エ? デモ、ゲフィ、ソレにベガーも沢山殴ラレてるヨ?」
「ああ。けど、お前の場合『相手が殴ってこようとしてくる』のは見えてる。例えばだ、見えないところからいきなり殴られたらすごくびっくりするだろ?」
ゲフィはこくり、頷いた。
「見えていて殴られたなら、内心で準備ができる。一方、やられ癖が付く奴はそれがない。結果、自分でも把握できないうちに心が壊されていき…最後には、一切の成長ができなくなる。自分より強い相手の攻撃に怯えるようになっちまうからな」
「ナルホド…」
「まあ、まれにそれでも戦う奴はいるがな。ただ、そういう手合いは大抵間合いを掴む修練を積んでいないから、強い相手には歯が立たない。それで手っ取り早く力をつけようとするため、横殴りとかやるようになる。そうやって迷惑しか掛けなくなるんだ」
「横殴リ?」
怪訝そうにゲフィが尋ねる。
「ああ。強いボスとか誰かが戦っているにも関わらず、安全なところからちょっかいを出してくる奴らのことだ」
またゲフィが首をかしげる。
「ウーン…デモ、強いボスならアリガタイのデハ?」
ゲフィの豊かな表情を前に、俺も知らず口が軽くなっていた。
「ありがたくあるもんかい。まず、連携も糞も無視してちょっかい出してくるからこちらの連携の邪魔になる。場合によってはなりふり構わず、取り巻きやそこらの雑魚を擦り付けてもくるから危険度が跳ね上がる訳だ。それに、本来なら報酬は倒した奴の総取りになるが、撫でるくらいの傷を与えただけでも幾ばくかの金など持っていかれる。まれに良い物を奪われることもあるしな。何より悪質なのは、こいつらの獲物はボスに限らないってことだ」
ゲフィが顔をしかめた。
「Oh…確カにソレ、良クナイね。ケド、最後のはドウイウコト?」
「以前は人が戦っている敵を横から殴っては安全に素材や報酬を横取りする、そんな奴が横行していたのさ。倒した数だけが重要な討伐任務ならいざ知らず、そこいらの雑魚ですらやるからな」
現在はあまりの人心の乱れに神が怒り、一定以上ダメージを与えないと素材を一切拾えないようになっている。しかし、それでも弱い雑魚を狩るよりも経験値がたんまり貰えることが多いので、さっさと強くなりたい奴が手を出すことは現在もあるのだ。
無論、そんなことをされる方としてはたまったものではない。場合によっては制裁、私刑を行う奴も出てくる。共感できることとはいえ、実はこれかなり危険な行為だ。
これは風の噂で聞いた話だが、あまりにひどい横殴りをしてきた奴を【脱出できない壁の中に飛ばした】冒険者がいた。
しかし、何故かそいつの方が神の怒りに触れ、停滞者にされたということもあったという(ちなみに、一時期これは首都でかなりの話題を呼び、またその停滞者と知己だったという者も幾人もいたことからかなり信憑性が高い話だったのではないかと俺は睨んでいる)。
まったく、神よあなたは無常なり…だ。
「まあどういう生き様をしようとそいつの責任だが…お前の場合は俺が教育するんだ。そんな恥ずかしい真似をされたらよそ様に面目が立たん」
「ダイジョブ、ゲフィそんなコトしないヨ」
ゲフィもこくりと頷いた。そうしているうちに、俺たちは当面の目的を達成した。
「ま、話はこんなもんで良いだろ。それじゃあ、また明日な」
「OK」
市場の外れに来たところで、ゲフィがここでというので別れることにした。
「ソレじゃベガー、マタ明日」
「おう、それじゃまた…あ」
「ン?」
思わず呼び止めたが。
「…いや、何でもねぇ」
もう少し、一緒にいたい。すんでのところで出かけた言葉は、違うものとなって口をついて出た。
「? 変なベガー」
「うっせ。…んじゃ、明日な。寝坊すんなよ」
「ベガーもネ」
そういって人ごみに消えていく彼女の後姿が見えなくなるまで見送っていたが、妙な寂しさを覚えていることに俺は気づいていた。
「…ちぇっ、らしくねぇなぁ俺」
今日一日過ごしてみて、改めて分かったことがある。
あいつと一緒にいる時間が、楽しい。
ギルド狩りや、ペア狩りなどはこれまでにもごまんとやったし、楽しいと思うこともそれなりにあった。
だが…どうも、今回は勝手が違うようだ。
今となっては、あいつとギルドを組むのもやぶさかではなくなっている。
それがどういう感情から来るものなのか答えが出せないまま、後ろ髪を引かれる思いを残して俺はきびすを返した。
もし、このとき俺がもう少し冷静だったなら、あいつの後を尾けるようにして動いていた連中にも気づけただろう。
だが実際には気づかないまま俺は暢気に呟いていた。
「ま、明日も会えるさ」
……………………
………………
…………
別れてから数時間後。
明日に備え早めに床に着いていた俺は、玄関を激しく叩く音で起こされた。
「んぁ…なんだ? うっるせぇなぁ」
いったい何時だと思ってやがる。
しばらく布団を引っかぶって無視していたが、叩く音は止まない。結局根負けしたのはこちらだった。
「はいはい、今行きますよ…」
寝ぼけ眼をこすり、上着を素肌の上に羽織ると玄関を開く。
「なんだよ、うるっせぇなぁ」
これで押し売りだったりしたら怒鳴りつけてやる。そう思って開いた先に立っていたのは、酒場の見慣れたババアだった。
「ああ、やっと出たかい。人が呼んだらさっさとおいでな」
「あん? 何だよおめぇ、夜這いには少々時間早すぎるだろ」
98ダメージ!
グマは俺のみぞおちに一発パンチをくれると、小声で囁いた。
「冗談言ってる場合じゃないよ。あの子が、ゲフィが攫われたよ」
「…ぁ?」
その言葉で、俺は完全に目が覚めた。
「どういうこった? 詳しく聞かせろ」
「どうもこうもないよ。さっきうちに来た客が話していたのを聞いてね」
どうやらその客とやらは、深夜帯の狩りから戻ってきたところだったらしい。
そいつは首都の北側を狩場にしているため中央広場へ戻るには城の中を通らねばならないのだが、その際アジトに向けぐったりしたゲフィを抱えて移動している『ナイツ・オブ・ラウンド』のギルメンたちを目の当たりにしたのだそうだ。
「だが、何でゲフィを?」
俺が首を傾げると、グマが渋い表情になる。
「あんた、あいつとの逢瀬にかまけて情報収集疎かにしすぎだよ」
「なっ…だ、誰が逢瀬だ! お前の斡旋した依頼だろうが!!」
俺の抗議をグマは面倒くさそうに手を振ってさえぎった。
「そんなことぁどうでもいいんだよ今は。いいかい、あいつは今やこの首都で話題の中心なんだよ」
「はぁ? どこにでもいる田舎娘じゃねぇか」グマは線で描いただけの眉をひそめた。
「馬鹿お言い。ゲイングニュルを持ってるただの田舎娘なんざおいそれといるもんかい」
それを聞いて俺ははっとした。
「何でそれを?!」
俺を睨むグマの目が鋭くなる。
「あんた、一週間前にタイシャクと戦ったんだって? そんとき、
「あいつらか!」
あのとき擦り付けていった奴らが後で戻ってきて、俺たちの戦いを見ていたのだろう。多分、少しでも弱ったところを狙うか、あるいはこちらが狙われている隙に殴り掛かる心積もりだったに違いあるまい。
「あんただって知ってるだろ、あそこのギルマスがゲイングニュルにご執心だったのは。なら、所在がはっきりした今手に入れようとするだろうさ…どんな手を使ってもね」
だから誘拐した…というわけか。
「通報は?」
彼女は首を横に振る。
「今のところはまださ…まだ一冒険屋の証言だけだからね。うちとしても、最低でも被害者からの通報が無いと動けないね」
俺は舌打ちする。
そもそもゲフィ当人が通報できない可能性もあるではないか。
今日話したように、今のあいつなら下位構成員程度あっさり返り討ちにできる。
それが大人しく捕まっているのは、魔法で昏睡でもさせられたか罠に掛かったか…いずれにせよ、抵抗すらできない状態におかれていると考えたほうがいいだろう。
「無論警備兵には連絡は入れてあるけどあの子と今一番親しいのはあんただし、この件はゲイングニュルについても絡んでいるんだろう? だからまずお前さんに状況を確認してきてもらいたい。あんたなら、見識と武力どちらも信頼できるからね」
ようやく情報を吐き出しきったグマに、俺は鋭い視線を向けた。
「そりゃありがたいこって。だが…何故俺に? 酒場は基本、冒険屋に無介入だろ? それが筋ってもんだ」
その疑問に、静かな声でグマは答える。
「ああ、確かに基本はね。ただし、一方であたしらは国営機関でもある。各ギルドの動向には注目している。冒険屋同士のいざこざという形なら、どこにとっても角が立たないのさ」
「ふん…さすがに良い判断をしているじゃねぇか」
それを俺が皮肉るが、グマは黙ったままだ。
要するに最大のギルドが、ゲイングニュルを得ようと動く。それが何の目的か、得た後何をするかを確認しておきたい。そのため放置はできないが、かといって公的な力も動かせない。ならば一介の冒険屋を使い捨てよう…って訳だ。
ま、女将の事情が何であれこちらとしてはありがたい情報であることには変わりない。
「まあいい。まず、俺が言ってどういうつもりかルークから直接聞き出す。それによってこちらから通報するよ」
理想的なのはゲフィを無事救出できることだが、それが無理でもギルド上層部から攻撃されれば構わない。そうすれば俺も部外者ではなくなり、通報できる。通報が入れば警備兵たちも動かざるを得まい。
「ん、首尾よくいくことを待ってるよ」
「あと…そうだな、これを」
鎧を身に着け終えた俺は最後にそういって倉庫を呼び出し、中から適当な袋を取り出す。
「中には換金前の金貨100枚分の宝石がある。今から一時間経って、俺たちから連絡が無い場合は…」
手短に指示をするとグマが力強くうなずく。
「あいよ。こちらは任せておおき」
「頼んだぜ」
それだけ言うと、俺は家を飛び出した。
……………………
………………
…………
ナイツ・オブ・ラウンドのアジトの入り口は、首都の中央から北側へと位置する王城内にある。
これは元来、【ギルドが衰退化しつつあった国軍の一端を担う存在として制定されたことの名残】であり、国王たちの配下にあるという証明でもあった。まあさらに弱体化した結果国軍は完全に力を失い、王侯貴族の代わりに冒険屋が我が物顔に城内を闊歩するようになったのは歴史の無情さを感じさせる。
「国王お膝元ギルドが人攫いとか、もう世も末だねぇ」
溜息を吐きながらずんずん王城内を突き進んでいく。
俺が行くのは、真正面から続く正面入り口ではない。緊急時の避難経路だ。
頂点に立つギルドのための侵略者を容易に寄せ付けないアジトなだけあって、入り組んだ手順で進まなくてはならないが、俺にとってはかつて馴染んだ道だ。迷うことは無い。
いくつかの小部屋を抜け、最奥の物置部屋へ辿り着く。
その一角に立つ、赤錆びたフルプレートアーマーに俺は向かう。そして、兜の右角をぐいと掴むと前に倒してやる。間を置かずして、ごごごご…と重い音と共に入り口の傍の石壁へ新たな口が開かれた。
「この辺はいじっておらず、か。時間が足りなかったか、あるいは誘っているか…」
どちらにしろ先に進むだけだ。
隠し扉の先は、明かりの無い狭い通路が長く伸びている。
俺は壁伝いに触れながら、ゆっくり歩を進めていく。
ようやく出た先には奥まった広間が広がっており、そこには幾人もの構成員がうろついていた。
ギルド同士の抗争があった場合迎え撃つ役割を担う、いわば最終防衛ラインであだ。
「…そりゃそう簡単にいかねぇよな」
まだ気づかれていることは知られていないはずだが、ルーク自体小心なところがある。ひょっとしたら気づかれた可能性を見越して配置していたのかもしれない。
「本当はもう少し少ないとありがたかったが…ま、ここまでは想定内だ」
俺は通路に顔を引っ込めると、明かりが漏れないようにして倉庫を開く。
そこから幾つかの道具を取り出し、倉庫を閉じると装備を付け替えた。
「まずはこいつを使って…と」
俺が最初に使うのは真っ黒なランタンだ。
こいつは『光吸いのランタン』といって、使用者が視認できないようにできる。石○ろ帽子と性質は近いが、こちらはモンスターには丸見えな代わりに、走るなどの能動的な行為がとれるという違いがある。これを使えば屯っている連中を切り抜けることができるだろう。
さて、問題はその先だ。
ここからは一本道で会議室・マスタールーム・宝物庫とつづいている。権威を重視するルークの性格からして、前線にいるとは思いにくい。いるとしたらその三つのどこかだろう。
そこで戦った日には間違いなく、音を聞きつけた連中が押し寄せてくるだろう。
そうなれば袋の鼠である。
「…が、そりゃあ百も承知ってな」
俺は握り締めたもの――タイシャクがよこした剣に視線を落とした。
「我は命ず。タイシャクよ、汝の力を貸せ」
俺の小声に、剣の周囲を包む空気がぶわりと揺らめく。それはすぐにタイシャクの赤い顔へと変じた。
<<呼ンダカ…ホウ、貴様ハ>>
実の口から発されていないせいか、その声はくぐもっていて聞き取りづらい。だが、声の調子を見るに機嫌がよさそうだ。
早速俺はあらかじめ決めておいた頼みごとを言った。
「力を貸して欲しい――俺はこの先の広場を抜けなくてはならない。なのでそこで暴れて、誰一人逃がさないようにしてくれ。全力で、だ」
全力で、という言葉を聴き、タイシャクの口元が歪む。
<<ホウ。良イノカ? サスレバ、コノ剣ハ砕ケ散ル。二度ト我ノ助力ヲ求ムルコトハ能ワヌゾ?>>
「構わん」
どうせたまたま手に入ったものだ。ならば必要な今使い切って構わんだろうさ。
即答すると、声が震えた。どうやら嗤っているらしい。
<<グッグッグ…ツクヅク面白キ奴ヨナ>>
ぶわり、とタイシャクの顔が揺らめいた。
<<良カロウ、力ヲ貸ソウゾ――十天闘神ノ力ヲナ!!>>
言うなり、剣がぱぁんと光を放って砕けた。
…何?
いまあいつ、なんて言った?
直後、広間が騒然となる。
「なんだ?!」
あわてて顔を出してみると…そこには文字通りの
『ハーハッハッハッハ! 我ら十天闘神、約定に従い力を振るわん!』
「うわ、本当に十天闘神そろい踏みじゃねぇか?!」
広間にボスが、しかもかの悪名高き十天闘神が揃い踏みで現れたのだから騒ぎになるのも当然である。
隠れていた俺も仰天だ。
そうか、真の力とはこれのことか!
確かに強力だが、十体も現れるとなるとオーバーキルにもほどがあるし、しかも一回こっきりの使いきりじゃコストパフォーマンスが悪すぎる。おいそれと試せないから、ほとんど情報が流れないのも納得である。
俺の感心をよそに、久しぶりの会合に十天闘神は嬉しそうに談笑していた。
「このビルシャナを呼び出ししはタイシャク、そなたか」
「左様。タイシャクが認めし
「ほう、タイシャクに認められ、更に惜しげもなくその加護を使うとは。良い、実に良い。このバコラの斧、ぜひ手合わせしてみたいものじゃ」
「いいや、次はこのアサラじゃ。そ奴の頭蓋、妾の新たな護拳に欲しいわい。さぞやはめ心地が良かろうのううひゃひゃひゃ」
「ええいいかぬいかぬ。奴とはまた我が死合うと決めたのじゃ」
「しく。しく。しく。ああ、新たな犠牲者が…まっこと、
「ほ、ほ、ほ。祭りじゃ、祭りじゃ。我ら十天闘神が一同に集うなど、げに久しきことよ。ほ、ほ、ほ。誠嬉しや、ほ、ほ、ほ」
なんだか俺の預かり知らぬところで大人気になってやがる。うわぁ、大変なことになっちゃったぞ。
ちなみにそうやって楽しそうに談笑している最中も、大勢のKoR構成員が木っ端のようにぶっ飛ばされまくってている。気の毒なことに彼らは自分たちの復帰点をちょうどギルド――より正確に言えばこの広場にしていたため、殺されては蘇り蘇っては殺されてをひたすら繰り返していた。こりゃ下手したら一日で一桁までレベルが下がっている可能性もあるんじゃないか?
「とと、呆けてる場合じゃないな」
しかし、陽動としてみるにこれほどありがたい状況も無い。
止まらぬ破壊音、怒号、悲鳴。これでは仮に俺に気づいたとしてもちょっかいを出してくる余裕など無かろう。
当初はタイシャクだけの想定だったので早期に鎮圧されるかもしれないという危惧もあったが、これならその心配は無用だ。
「ま、恨むなら自分たちを恨めや」
誰に言うとも無く吐き捨て、阿鼻叫喚の坩堝の中をランタンを掲げつつ早足で駆け抜けていく。
途中目があったタイシャクに目礼だけ返し、俺は先を急いだ。
……………………
………………
…………
会議室、マスタールームには誰もいない。
その勢いのまま、俺は宝物庫へ飛び込む。
「…ここか」
蝋燭の灯りしかない薄暗い宝物庫の奥に、二人はいた。
「おっと、ベガーだな」
ゲフィは床に伏したままピクリともしない。そんな彼女へ、ルークは剣を突きつけている。
「それ以上動くな、交渉はそこでもできる」
そういうと、ルークは予め開いてあったウインドウを操作する。
直後カンテラが音を立てて砕け散り、俺の姿が明らかにされてしまった。
「なるほど、光吸いのランタンで紛れてきたのか。しょうもない道具だから存在を忘れていたよ」
ルークがふんと鼻を鳴らした。
「言っておくが、道具を使おうとするなよ。変な真似をしたらこいつでずぶり、だ」
そう言ってルークが閃かせたのは石葬剣ゴルゴーだ。三回切られた相手は、通常の石化とは比べ物にならない重篤な状態異常である完全石化となってしまう。
「すでに二回、お前が来る前に切り傷はつけてある。完全石化になったら、『神の恩寵』でも使わんと回復できんぞ。だが、今日市場に流れているのはすでにうちのギルドが全て抑えてある。ギルド戦から遠のいて久しいお前が手にする機会、果たしてあるのかな?」
愉しそうに言うルークだが、確かにその通りだ。
神の恩寵とは、ギルドメンバー全員の『死亡を含む全状態異常・体力・精神力をすべて回復させる』アイテムだ。だが、そんな便利な代物の需要が少ないわけが無い。
入手方法はアジトを持つギルドマスターが週一回ランダムで得るしかないため、ほとんど市場に出回らないし出たとしてもべらぼうな高値がつくことがほとんどだ。
こんなことならギルドが健在のときに一つ二つ残しておけばよかったと臍を噛んだが、後の祭りである。
「お前が俺を憎んでいるのは知っている。そいつは関係ないだろう。離してやったらどうだ」
せめてゲフィの安全だけでも…そう考えたが。
「…ふん、お前何か勘違いしてやいないか? いや、知っていてあえて話を逸らす、お前らしいやり口だよ」
ルークは俺を憎しみに燃える瞳でねめつける。
「何がだ」
「確かに俺は貴様が嫌いだ。だが、それだけでこんな手間を掛けるものか。分かっているんだろう?」
「…ゲイングニュル、か」
その名を聞いた途端、ルークは目をぎらつかせた。
「そぉう、それだ! それを渡せ!! それが、こいつを無事に帰すただ一つの条件だ!!!」
その表情に、俺は思わず顔をしかめる。
ただひたすら我欲を貪り続け、それが手に入らない渇望に身を焦がしつづけたところに振って沸いた僥倖を奪おうとする餓鬼の顔。今のルークには、昔見た聡明さも、未来への希望も伺えない。
「…人攫いの次は強盗か。廉恥を無くして何が騎士かね」
呆れたように言う俺にルークが吼えた。
「うるさい! 貴様に俺の何が分かる! ギルドを運営するには誇りだけでは生きていけん! 圧倒的な力が必要なのだ! そう、貴様のような他人の上澄みを啜って生きているような奴じゃなく、宝珠を毎日神へ捧げ世界最高のギルドを率いている俺にこそ、ゲイングニュルは相応しいのだ!」
確かに、ギルドを束ねるのは誇りだけではできない。そこは同意しよう。
しかし俺から言わせれば上澄みも何も、宝珠が降って沸く幸運に満足しなければ自分の努力で手に入れた訳でもない、求めつづけることしかしてこなかった奴が何寝言言ってんだとしか思えない。
ギルドだってそうだ。
元々ハーヴァマールは俺だけの力で束ねたものじゃない。
お互いの力を認め合い、共にいたいと願った仲間と生みだしたものだ。
それを無視して力づくで奪っておいて、尚束ねるのに力がいるとか…
…いや、そもそもギルドとしてまっとうに動いているのか?
ふと俺は気になった。
「率いているっていうが、明らかに襲撃されているとわかっているのにも関わらず、ギルマスであるお前を誰も助けにくる気配が無いのはどういうこった?」
今も尚襲撃の音は続いている。
つまり、侵入者の存在はすでに認知されたはず。
十天闘神に足取りを命じたからにしても、彼らに対抗するための神の武器を取りに行くことを考える奴がまったくいないとは考えにくい。だのに今も尚、誰かがここへ来る気配がないのが不思議だった。
その問いに、ルークは嗤った。
「俺が封じておいてあるのさ。誰も入ってこれないようにな」
「…何?」
あの配置は侵入者が来ることを前提にしていたはずじゃないのか?
ならなぜ…
「必要ないからさ」俺の疑問を、ルークは鼻で笑って答えた。
「お前のようなロートル相手に、神の武器で固めた俺が負ける道理は無い。むしろ他の連中の方が邪魔だ。あいつらは隙あらばゲイングニュルを奪おうとするだろうからな…身の程知らずにもなぁ」
…たぶん、このときの俺は馬鹿面を晒していたろうと思う。
開いた口がふさがらないとはこのことだ。
こいつにとって、ギルメンは仲間でもなんでもない。
むしろ敵でしかないのだ。
そして、ルークは凄みを利かせようと歯をむき出して宣言した。
「…さあ、これで判っただろう。お前は俺の物を不遜にも勝手に預かっている。本来の持ち主へ返したまえ。その槍を使い、今度こそ俺に相応しいこの世界の頂点に立つギルドを作るのだ!」
「お前…」
長年こびりついた傲慢が目を剥き歯茎を露にして笑顔を形作っている。
その表情を目の当たりにして、俺の裡にあった怒りはすべて吹き飛ばされた。
なんて哀れで浅ましい姿だろう。
世の中にはノーイ・ラーテムなどを手に入れるのに苦労している奴だっている。
そういう奴らを一度でも省みたことがあるのか。
俺は、静かに口を開いた。
「…相応しいだぁ? 馬鹿も休み休み言えよ。ギルドだって、そこらに転がってる武器だってお前自身の力で得たもんじゃないだろうが。守護者の力で手に入れた力で脅しつけ奪い取る…そんな奴に誰がついてくるもんかよ」
ルークが、ひくりと顔をこわばらせた。
「以前お前はハーヴァマール、そして停滞した仲間たちに固執した俺のことをあざ笑ったよな? だが、お前の求めていたギルドってのは何だ? 誰も信用せず誰にも頼れない――そんなん、野良の臨時パーティー以下じゃねぇか」
視線をいまだ倒れ臥したままのゲフィへと落とした。
俺だって、自分の在り方がすべて正しかったとは思わない。色々間違いも犯した。
だが、それでもハーヴァマールは胸を張ってすばらしいギルドだったと言えるし、こいつと作るギルドもきっとそれに負けないものになるだろうという確信がある。
「う、うるさい! 部下にはたまたま恵まれなかっただけだ。だが俺にはまだ神の武器がある! 今回全員切り捨てたとしても、直ぐにのし上がって見せるさ!」
俺は鼻で笑った。
「武器、ねぇ。その前に一つ聞くが、俺たちが傭兵や冒険者ではなく、冒険屋と呼ばれるのは何でだと思うね?」
「突然何だ?」
それに答えず俺はぐるりと部屋の中を見渡す。
あちこちに放置されている武器が蝋燭のか細い明かりに照らされている。その曖昧さが、生まれてきた用途は果されず、未来永劫の虜囚となっている今の境遇を嘆いている…そんな風に見えたといえば、少々センチすぎるだろうか。
「冒険屋ってぇのはな、元々は自分の腕だけを恃みに未開の地を旅する…だから冒険屋って呼ばれたんだ。ギルドってのはな、そういう奴らの拠り所なのさ。だから認め合えばお互い損得省みず助けるし、人が集まってくる。神の力があったからギルドが、冒険屋が生まれたんじゃねぇ。もう一度言ってやる、冒険するから冒険屋なんだ。まだそこでねっころがってるひよっこのほうがよっぽど冒険屋してるぜ」
そう、ゲフィはこいつらとはまったく違う。
新しい世界を自分の手で拓きたいからこそ、俺をコーチとして雇った。
心根は立派な冒険屋だ。
「守護者の力におんぶに抱っこしておいて自分の思い通りにならなかったら駄々を捏ね、殴りつけて奪い取り、餌で従える。今のお前は冒険屋でも騎士でもギルマスでもない…ただの、我侭を抑えられない子供じゃねぇか」
ルークが憎しみに歯をむき出しにし、ゴルゴーを高く振り上げる。恐らく怒りをゲフィにぶつけるつもりだろう…が、そうはさせない。
「だが、どうせ口で言っても納得しねぇんだろ?」
俺はすばやく倉庫を開き、ゲイングニュルを取り出すとそれをルークから離れたところへ放ってよこした。
神槍が、がらんがらんと音を立てて転がった。
「ほらよ。自分で試してみろ…本当にそいつが、お前の手に収まるに相応しいかどうかをな」
「…え?」
ルークは信じられないものを見るように、剣を振りかぶったまま俺とゲイングニュルを二度三度と見返した。
「…罠か? そうなんだろう?」
「そんな槍一本、人質なんか取るくらいならくれてやる。元々俺のものでもないしな」
ルークの視線が俺の顔で止まる。その表情は、まるで未知のモンスターにでも遭遇したかのようだった。
だが、元々こちらはそうするつもりだったので正直その反応は心外である。
どうせ俺がゲイングニュルを持っている限り、あの手この手でちょっかいを出してくるだろうことは容易に想像がつく。ならさっさと渡し、これ以上関わらないことを宣言するのが良いと判断していたのだ。
未練が無いというと嘘になるが、俺とゲフィの安全とでは引き換えにならないからな。
「んじゃこいつは連れて帰らせてもらうぜ。俺たちにはもう関わってくれるなよ。じゃあな」
そういい残し、ゲフィを助け起こすため呆然としているルークの脇を通る俺だが。
「…なんだよ」
ぐい、と引っ張られた感触に足を止める。
目を血走らせたルークが俺の外套のすそを掴んでとめたのだ。
「分かったぞ。これは贋物だな」
「はぁ? そんなわけあるか。名前見えてるだろ」
呆れた俺は乱暴に外套を引き剥がす。性格上とっくに<<鑑定>>を使っているのは把握済みだ。
ルークは一瞬返事につまったが、それでも諦めなかった。
「嘘をつくな! ほ、本物なわけがあるかよ!」
「うるせえなぁ。本物だっつってんだろ。大体ゲフィが攫われたのはほんの数時間前だ。贋物を用意する時間なんかねぇだろうが」
しかしルークはなおも食い下がる。
「なぜ? なぜだ? 神槍だぞ? 毎日宝珠を捧げても手に入らない神器中の神器だぞ? それをなぜそうも簡単に手放せる! お前が数十、いや数百年掛けて死体漁りしても二度と手に入れられないだろうに!?」
「さっきも言ったろーが」
振り返った俺はもはや心底呆れた様子を隠そうともしなかった。いい加減、うんざりだ。
「んなもんただの槍だ、たまたま預かっただけのな。…俺からすりゃ、お前にとってのノーイ・ラーテムと同じ扱いでしかねぇの」
「そんな…神槍をそんなものと同列に語るなんて!」
あえぐように言うルークに、
「じゃあ聞くが、何が違うんだよ?」
俺は冷たく言い放つ。
「敵をぶった切るならそこいらの店で売ってるのとなんら変わらんわ。能力や市場価値って言うんなら、ノーイ・ラーテムだって同じことだろうが。あれだって、俺が数十年まっとうに稼いで買えるかどうかわかりゃしねぇシロモノさ」
「変わらないだなんて…畜生、なんでこんな価値を知らない奴にばかり! 俺は宝珠を捧げ続けてきたんだぞ! 神よ! あなたは何を見ているんだ! あなたにどれだけの宝珠を捧げてきたと思っていやがる!!」
今度は神にまで文句を言うかよ。やれやれ…
「神も糞もあるか、お前が自分で捧げたくて勝手に捧げ続けてただけじゃねーか」
言っとくが、俺はノーイ・ラーテムが出たときの表情を忘れていない。
「こいつ…ゲフィにしたって、労せずして手にした力を無闇に振るうことも、それで身を持ち崩すこともしてねぇ。一緒なのはたまたま手に入ったって一点だけだ。自分で自分の欲望を自制できなかっただけの奴が守護者や神のせいにするんじゃねーよ」
もう、言いたいことは全部言った。
前に立ちふさがるルークを突き飛ばし、ゲフィの方へ歩き出す。これ以上は付き合ってられん。
…そろそろ来る頃合だしな。
「う…うるさい、うるさい、うるさい!! 何故お前ばかり…お前ばかり、俺の欲しい物を手に入れるんだぁああっ」
唐突に、俺の言葉に耐えられなくなったのかルークがゲイングニュルを掴んで俺に突き出してきた。
「うぉっ、不意打ちかよ! させるかっ」
その一撃はかろうじて避けられたものの、返す二撃目が思ったより速い。俺はとっさに傍にあった剣を掴むと鞘走らせた!
ぎぃいん!
甲高い音が鳴る。
「あがっ?!」
決着は一瞬のことだった。
槍はルークの手の内から弾き飛ばされた――俺の手にある剣、ノーイ・ラーテムによって。
そして、ゲイングニュルはくるくると回りながら通常ではありえない軌跡を描いて俺の傍に突き立った。
「そんな…俺じゃなく、
呆然と膝をつき、己の手をぼんやりと見つめるルーク。信じられないという表情を貼り付けたまま、がくりとその場にぶっ倒れた。
「…お前の手に収まる器じゃなかったようだな」
そう、噂話が真実ならゲイングニュルが打ち負けるなぞありえない。
これは刃の中ほどからへし折れている、ノーイ・ラーテムの特殊能力――【自分の攻撃力を上回る相手と切り結んだときには、己が身を犠牲にして使用者を守るカウンター機能】がもたらした結果だろう。
しかし、俺にはそう思えなかった。
「こいつぁ、お前にないがしろにされた武器の意思表示なのかもなぁ…」
折れたノーイ・ラーテムを丁寧に鞘に戻しそこいらに立て掛けると、今度こそ俺はゲフィを助け起こした。
「おいゲフィ、無事か」
…が、ゲフィの体はぐんにゃりとして反応が無い。
「まさか、死亡状態か?」
あわてて蘇生薬を取り出し口に含ませる…が、弛緩したままの唇はすぐに琥珀色の液体を吐き出してしまった。
「じゃあ他の状態異常か……うそ、だろ…」
もっと詳しく容態を調べよう、まさかと震える手で脈をとった俺は気づいた。
正常に動いている――異常は、無い。
傍の燭台から適当に一本蝋燭を抜き、閉じたままの瞳を無理やり開かせるとその眼前を水平に動かす。
変化は、無い。
肉体に異常は無いにも関わらず、反応が無い……俺は、この現象を知っていた。
停滞症の兆候だった。
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