第2話 Description
「はぁ? もう必要ない、だぁ?」
早朝、人気の無い酒場に俺の声が響く。
昨日引き受けた仕事のため、さっそく普段より更にはやく起きて来たってのにいきなりの門前払いときたもんだ。 そりゃ苛立つのもしょうがないことだろう。
「どういうこったババア、登録しなおせ!」
「あんたこそもう耄碌したのかい? さっき言っただろ。あの仕事は他の奴にやってもらってるって。今さら無理だね」
酒場の女主人のグマ――エルフだから見た目こそ小柄な少女のようだが、長い付き合いである俺は知っている。その実妙齢というには軽く見積もっても300年程オーバーした元美女――は眠そうな眼をこすりながらぶっきらぼうに吐き捨てる。
「おいてめぇ、どういうこったよ俺が受けた仕事を他人に斡旋するとか。そんな横紙破りな真似をするってんならこっちだって容赦しねぇぞ。そいつらを実力で排除したなら次はお前だ」
昨日あの後酒場で掲示板と睨めっこした挙句、比較的割の良い仕事として土の邪精霊狩りを選んだ。
首都を出て西へ結構進んだ先にある砂漠地帯に棲む土の邪精霊はかなり固い上に膂力が強いためそこそこ危険があるが、動きが鈍重なので炎の壁で隔離しながら焼き殺せば俺一人でも何とかなる。何より、落とす精霊石がそこそこ金になるので実績と小金を稼げるからと選んだのだ。
それを、むざむざ他の奴に回されるだなんて!
イライラを隠そうともしない俺に、グマが同じぐらいイライラしながら応じた。
「だーかーら! カタギも何も、あんたに対しての指名手配なんざ無いって言ってんだよ!」
「……は?」
思わず間抜けな声で返す俺。
「斡旋した仕事は、ブラックリスト登録者用の罰則用プログラム。おめーのような一般人はそもそも受ける権利も義務もねーの。OK?」
「…え? いやいやいや、待てよ。ちゃんと昨日は問題なく請けられただろ。てことは登録されてたってことじゃねーか。そもそも俺も警報はこの耳で聞いてたぞ」
無罪が確定した? だとしたら幾らなんでも早すぎる。
普段は早くても四五日は確認に時間を取られるもんなのに。
俺の反論に、グマはちょっと目を瞑る。が、すぐにけだるげに目を開くとああと得心したように頷いた。
「一応受けられたことからみても確かに殺人の通報はあったみたいだね。けど、昨日の夜遅く、助けてくれたって人からあんたはたまたま自分をカツアゲしようとした奴を排除しただけだと連絡がきてね」
「ああ…そういうことか」
「それにまあ、犯人は訓練所から盗みを働いて逃亡もしてたらしい。そうした余罪もあって、あんたはとっくに解放されてるって訳だ」
ようやく理解した俺に、グマはにやにや笑いながらお仕着せがましく言った。
「良かったじゃん、これもあたしが心配してやったおかげやね」
「はっ、抜かしやがれ。俺の日ごろの行いが良いからに決まってんだろう…にしても報告してくれたのかあいつ。酔狂なやっちゃな~」
事情を聞き、俺はようやく納得した。
確かに、事例としてはそういうことがまれにあることは知っていたからだ。
だが、実際にはそのようなことはまず起こりえない。
被害者なり、その事件を目撃した証人が事情を説明し、取り下げ手続きを行えば解除できることもある…のだが、その手続きが実に面倒くさいのだ。ほぼ丸一日は警吏からの現場検証やら尋問やらで潰されてしまう。
そのせいで、大抵の連中は助けてもらってもすぐにばっくれてしまう。というか俺がこれまでに助けてきた奴らはみんなそうしやがった。
そのせいでいらん罪を被りまくってきたわけだが…ああ、今思い出しても腹が立つ。
驚かされるのはこれで終わりではなかった。
「酔狂ついでに、そいつからお前宛の指名依頼が来ているぞ」
「はぁ? 依頼ィ?」
何でまた名指しで指定なんか…違和感があったが、つづく言葉で俺は納得した。
「ボディーガードだとさ」
「ああ…なぁるほど」
そりゃあレアアイテムに身を包んだひょろこい新人がうろちょろしてりゃ、昨日の手合いみたいなのは幾らでも湧くわな。
で俺はというと、ご覧の通り金には縁が無さそうな見た目だし、その割りにはそこそこ腕が立つ。強盗になるかもしれないという危険性も助けに入ったことから見てそこいらの奴よりは無さそう――そんな判断だろう。
「んで、どうするね? 受けるかい、受けないかい?」
いささかとんとん拍子に俺に都合の良い展開が起きすぎている気もするのがちょっと不安だが…
昨日のカツアゲ犯と組んで俺を嵌めるにしても、意趣返し以外のメリットは無いよな。そもそも何かの拍子に毒や麻痺喰らってもあの程度の連中なら傷つけられることはないし。スリップダメージで削り殺されるのを待つより、回復するほうが断然早い。
実入りが悪くなければ受けるのもやぶさかではない…か。
「うーむ」
たださぁ、名前も言わず立ち去ったのに、金欲しさでホイホイ出て行くのってちょっとかっこ悪くない?
何より、金持ちのボンボンに永続的に従って行くのはルークとその取り巻きを思い出して嫌だ。
「うーむ…報酬と契約期間が幾らかによるかな」
そういうと待ってましたとばかりグマがにんまりとした。
「聞いて驚くなよ。これが、これで、こんくらいだ」
指定された額を聞いた俺は、一も二も無くその依頼に飛びついていた。
……………………
………………
…………
「つーか、改めて考えるとどういうつもりなんだかねいったい」
依頼を受け、待ち合わせ場所に向かっている間ようやく頭が冷えた俺はぶつぶつ呟きながら歩いていた。
ボディガードって話だけど、よくよく考えたらあのときの俺はか弱い少女だったのだ。そんな奴を雇うよりは、酒場で屈強な戦士でも紹介してもらえばいいじゃねーか。
いや待てよ? そういえば、話に聞いたことはある。
「まさか…ナンパ目的、かぁ?」
可愛い女の子に声を掛けてくる新人がまれによくいる…と。
俺は不幸にして…じゃなかった、幸いにしてそんな経験は無いが、こう見えて守護者が(無駄に手間掛けて)頬紅とか用意してくれたので商人の見てくれは可愛い方だ――と思う。
…はっきりさせておくが、これは俺の趣味じゃない。
男でも女でもどっちでもいいが、せっかくなら自分でも引かない程度に整えておきたい、そう思ったから使っただけだ。守護者の意図が何であれ、他人と接するのは結局のところ俺自身だからな。
ともあれ、そこに気付いた俺は商人で行くか迷った挙句…よく慣れた重剣士のままで行くことに決めた。
ナンパ目的ならこの格好で断れるはず。――まあ、そもそも野郎二人をあっさりぶっ飛ばしているのを目の当たりにしたんだから、そうそう血迷うこともなかろうて。
そんな益体もないことを心配しながら歩いているうち、指定の場所に辿り着いた俺は早速探し人を見つけた。
「やれやれ…気の早いこった」
探し人は、大きめの岩に腰掛けてぼんやりと傍のせせらぎを眺めている。両足をぶらぶらと所在無げに揺らしている様子は、その青年の見た目と裏腹にやけに幼い印象を俺に与えた。
「よう。久しぶりだな」
努めてのんきな声を掛ける。
男はこちらを振り向き、ちょっと驚いたような顔をした。
「アァ…エート、アナタ、ベガー?」
思わずつんのめりそうになる。
どこかあやふやな、たどたどしい喋り方ではあったが俺の名前だけはしっかり乞食と発音しやがった。
「ベ・イ・カー。俺のことはベイカーと呼んでくれ」
「ケド、名前ベガーッテ女将サンガ…」
「ベ・イ・カー。呼ばねえならこのまま帰る」
有無を言わせぬ口調で繰り返す。その圧に相手は折れた。
「…オーケー、ベイカー」
「そうだ、それでいい。人の名前呼ぶときはちゃんとしないとな。んで、ボディーガードだって?」
奴さんは慌てて首を振りながらノー、と答えた。
「じゃあ何だよ?」
「希望シタノハ、『コーチ』ネ」
「ふぅん?」
コーチ、ねぇ。
ここで俺ははじめてこの依頼に興味を持った。
が、まずは確認しておかないと。
「…どういうつもりかしらねーけどよ。荒事優先でこちらの格好でいさせてもらうが、かまわねぇだろうな」
もう一度、イエス。
ふむ、どうやらナンパ目的じゃないようだ。
嬉しいような、それでいて一抹の寂しさを覚えながら俺は先を促すことにした。
「よし、納得してくれて何よりだ。それで、えーと…」
「ゲフィオン。ワタシノコトハ、ゲフィト呼ンデクダサイ」
ゲフィがたどたどしく答える。やっぱりイントネーションが微妙に変なところから察するに、近郊出身じゃないようだ。
ま、その辺は今はどうでもいい。
互いに自己紹介を済ましたところで早速本題に切り込んでいく。
「ゲフィ、ね。分かった。んで、お前さんははどういうつもりでコーチを雇おうというんだ?」
俺としてはそこのところをしっかり聞いておきたい。
何せ全身高級装備の塊なんだ。今は装備に着られていても、ちょっと鍛えればすぐにどこにでも行けるようになるのは造作もないはず。
特に昨今は、弱いくせにやたら戦闘経験を積み易いモンスターがごろごろしている。何回か死にながらそいつらを狩りつづければある程度のレベルにすぐ到達するし、それまでに死んだところでデスペナルティはそうそう痛くは無い。装備だって転生するまでは落とさないしな。
わざわざ人を雇うなんてするほどのことじゃぁないのだ。
だが、そういうとゲフィは寂しそうに首を振った。
「時間、惜シイヨ」
出たよ。
俺は侮蔑の感情を強くした。
レベル一桁台で高級装備を持っている奴は、十中八九堪え性が無い――というのが俺の自説だ。
まあ、良い装備が欲しいという気持ちは判るし、誰もが求道者を目指すわけじゃないからさくさくレベルを上げたいので良い装備を使います、というのも理解できないわけじゃない。
だが…これまでに山ほど新人と接する機会があったが、そう言う手合いは俺の見てきた限り大抵ろくなことになっていない。
三分の一はレベル50にならないうちに停滞症を患っていた(興味深いことに、なぜか守護者からの最後の託宣が『アキタ』になるのはまずこのパターンが多い)。
残りのうち大多数は――こちらが大問題なのだが――、ある程度のレベルを超えた時点で、得た力と武具を頼りに暴虐の限りを尽くすようになる傾向が強い。
それが上位ダンジョンのモンスターやボス相手ならいざ知らず、ひどいのになると弱小ギルドや新人冒険屋を潰して回ったり、大型任務で良いとこ取りして掻っ攫っていったりするのだ。
そうやって得た金や宝珠でさらに力を増すし、何も知らない新人たちも負けじといいとこ取りをしようとしはじめた結果――誰もが相手の迷惑お構いなしの違法すれすれの行為を繰り返すようになった。
そのせいではじまった当初は和やかな交流の場だった大型討伐任務は、今や誰もが敵ぞとぎすぎすしていて、昔の面影はまったくなくなってしまった。
別に他人の生き様に口を差し挟めるほど偉い生き方をしたつもりはねぇが、しかしそういう連中のせいで人知れず消えていった無数の新人たちや、良心的な冒険屋たちを目の当たりにしてきた以上連中に好感を持てというのは難しいだろう。
そんな俺の気も知らず、ゲフィとやらは食い気味に言い募る。
「ワタシ、行キタイトコアル。ソノタメ、手伝イ欲シイ」
だが、これも仕事。俺は感情を表に出さないよう、努めて軽く問いただした。
どうせ仕事が終わればそれで縁が切れる。今さら一人、弱小ギルドクラッシャーが世に放たれたところで俺にはもう関係ない話だ。
「はぁ…つーても、場所によるだろ。例えばどんなとこよ」
しばらく頤に手をやって考え込んだゲフィ。
「マズ、『ビフレスト』。ソレカラ、『エデン』ト『ヒュペルボレイオス』、アトハエート…」
「はぁ?!」
幾つか飛び出た単語を聞いて俺は頭を抱えた。
「まてまてまて。どれもこれも、滅茶苦茶難易度高いダンジョンか、それを越えていかないといけないとこじゃねーか」
「ソウナノデスカ?」
ゲフィが首を傾げる。
おいおい、名前は知ってんのにどんなとこかしらねーのかよ…装備といい、なんかちぐはぐな奴っちゃなぁ。
「ソウナノデスヨ。つか、お前のレベル一桁だろ? 今から行くとなると半年くらい鍛えてからじゃねぇと…」
「ノー!」
ゲフィが叫んだ。
「ソレ、無理!」
「無理って言ってもなぁ…」
こっちの台詞だっての。
だが、ゲフィはそんな俺にずばりと切り込んできた。
「ベガーデモ行ケナイ? グマサンカラ、アナタガコノ辺リデ最高ノ【冒険屋】聞イタ。ダカラ…」
「ベイカーだ。うーん…俺なら、かぁ…」
そう言われたら、さすがにできませんとは即答しづらい。俺も男だから意地ってもんがあるのだ。
ひとまず、妥協点を真剣に検討してみよう。
俺はゲフィの傍にある岩に適当に腰を下ろすと自分の倉庫を開き、手持ちの装備、それに掛けられている保護の組み合わせ、おまけに保護の掛けなおしによる費用もろもろを込みで敵の分布と併せて考察してみることにした。
…五年以上前はよく行っていたエデンなら、今でもまあ何とか?
二年前に数回行ったっきりのビフレストは、三秒以内にショートテレポートを使いまくって逃げ回ること前提なら行けなくも無い…そんなことに何の意味があるのかといわれると困るが。
最近存在が明らかになったヒュペルボレイオスに至っては、うん。
どこをどうやっても自殺にしかならん。
「エデン…いや、ビフレストまでならまあ何とかなるかも知れん。だがヒュペルボレイオスは、無理」
そうはっきり伝えると、ゲフィが少し考え込み言った。
「…オ願イ。他ニ頼レル人、イナイ」
と言われてもなぁ…
これは色眼鏡を除外しての答えだから、お願いされてもできないもんはできん。
「酒場に行きゃ大手ギルドとかの手伝いを借りられるだろ。そのほうが良いと思うぜ」
そう促すと、ゲフィは哀しげに首を振った。
「大手ギルド、ダメ。ギルド戦ノ勧誘バカリデシタ」
「あー…」
それもそうか、俺は得心した。
そりゃあ大手ギルドからすれば、どこにも属していない新人を着込んだレア装備一式は手離したく無いわな。さぞや勧誘も激しかろうて。一昔前の俺だって、うちへ来てくれと懸命に頼み込んだろう。
「ナカデモ、”
その名を聞いて俺は思いっきり顔をしかめる。
ギルド、『ナイツ・オブ・ラウンド』。
高潔な騎士たちによって発足したギルド――と謳っているが、発起人はあのルーク。
参加資格は宝珠を回して手に入れた高級装備一式で身を固めてあることが大前提。そうして持ち寄った神の武器の力で他のギルドを押し潰し回るのが三度の飯より大好きという、実に悪趣味な連中が集っている。大型任務でも素行の悪さは健在で、よそが討伐しているところへ斬りかかり、横取りするのもここの奴らが常連という、よそから見ればただのルール無用の悪党集団だ。
「ソコ、スゴクシツコイ。見カネテ酒場ノ主人、アナタ依頼スルカラト断ッタヨ」
そういうことかよ。
なんだよあのババア、自分で誘導してんじゃねーか。厄介ごとを押し付けやがって…
ただまあ、事情は分かった。これは確かに俺向けの仕事だ。
ここで見捨てたら、こいつはKoRに入るしか無くなる。個人での対応はもとより、他のギルドに入ったらそこごと粘着されるだろうことは火を見るより明らかだ。
余りの無法ぶりではあるが、国からすれば屈指の戦闘力を有していて手が出せず、教会としても良いお得意様なので誰もが手を出せないのである。
だが後もう一つ、確認しておきたい。
「他を頼らず行きたいのは判った…が、なんでよりにもよって目的地がそこなんだよ。他にもこの世界、色々あるだろが。先にそこいらから見て回っれば、俺にコーチされなくてもいずれ適正レベルに到達できるだろ」
「ソウカモネ」
そう言ってゲフィはどこか翳のある笑みを浮かべる。
「イズレハアチコチ冒険シタイネ。…デモ、多分無理。ダカラ、マズハ絶対行ッテミタイ所ニイク」
「絶対行きたい、ねぇ」
「イエス。自分ノ目デ、足デ。…行キタイネ」
その表情は真剣だった。
「ふぅん」
こいつのことはまださっぱりわからんが、どうしても行きたいという情熱だけは本物のように思えた。
「ダメ…カナ?」
しばらく腕組みして整理していた俺は、やがて考えを纏めると不安気に見つめてくるゲフィの正面に立ち、しっかり奴の目を見て答えた。
「まあ、そういうことならコーチの件を引き受けてやらんでもない」
こいつのような装備だけの奴は嫌いだが、KoRはもっと嫌いだしな。あいつらに一泡吹かせられておぜぜがもらえるなら上出来だ。
「ホント?!」
今にも飛び上がらんばかりに喜ぶゲフィだが、俺は手で制す。
「待った。まだ話は終わってない」
「ワット?」
ぬか喜びさせて悪いが、ここははっきりさせておかないとならない。
「言っておくが、俺の実力はそんな大したもんじゃねぇ。確かに技術だけはそれなりにある…と自負してるが、装備がそれはそれはもうしょぼい」
もう三世代ほど前の型落ち品ばっかりだからなあ…
「だから、お前の指定した先の三つをすぐ行けるようにするっつーのは、はっきり言って無理」
「ソンナ!」
がっくり落胆するゲフィに、俺はウインクしてまだ話は途中だと告げる。
「勘違いするな。今は、だ。つまり、ある程度時間を掛けて、お前、そして俺自身も強くならないとならねぇ。なんせ俺も前線から退いて久しいからな。だからまずは鍛える、それが最低条件だ。これが飲めるなら、契約してやろう。どうだ?」
さあ、これでどう答える?
もしここで、装備を貸すから連れて行けとか抜かすなら落第だ。俺は冒険屋であって乞食じゃねぇ。
ゲフィはしばらく考え込んでから、言った。
「…ドレクライ、時間カカリマスカ」
ほう。
それに対し俺はあらかじめの試算を答えた。
「そうだな…まず、エデンに向かうまでが三日。それからエデンを拠点にして一週間みっちり鍛える。ここでお互いがっつり底上げする。俺はレベルを5、お前は俺のレベルの半分まで上げるのが最低目標だ。それが終わればビフレストで何とか戦えるはずだから、今度はビフレストクラスで二週間鍛えるとして…お前の手持ち装備と相談になるだろうがおおむね一ヶ月。もちろん、これはミスなどが無く全部うまくいった前提での想定だから、場合によってはもっと伸びる――むしろ、その可能性が高い。だが、これより短くすることは無理だと断言しよう」
ゲフィは唇をきゅっと噛んだ。眉尻を寄せて考え込んでいるが、その間も俺はつづけた。
「それと報酬だが、一日に掛かる分の報酬はきちんと貰う。その上で倒したモンスターから剥ぎ取りした素材は折半だ。まあ、ビフレストから先で狩れればお前の提示した報酬の数十、数百倍はリターンが出るから損にはならんだろ。お前さんだって、金があるに越したことはあるまい? 以上、俺がこの仕事を請けるための条件だ…どうするね?」
報酬をきっちり提示したのは、そうしないと相場がわからないだろうと思ったからだ。こいつがものを知らない以上相場より多く貰うことは可能だろうが、それをすることは俺の名前に掛けてできない。
しばらく考え込んだ後、ゲフィは大きく頷いた。
「オーケー、ソレデオ願イシマス」
「納得すると?」
ゲフィはこくり、頷いて言った。
「アナタ、キチントワタシノレベル見テ、ソレカラ考エテクレマシタ。他ノ人、誰モソンナコトシテマセン。真剣ニ、考エテクレタ結果ダカラ納得シマス」
俺は肩をすくめた。
「…別に、お前だからってわけじゃねーよ」
単に他の連中にもそうやってきただけだ。
(…ま、それをこいつに言ってもしょうがねぇか)
俺は続けて言いかけた言葉を飲み込み、替わりに別の言葉を発した。
「んじゃ次だ。契約するにあたって、条件だ。俺の指示には必ず従ってもらう。それというのも、いずれもちょっとヘマこいたらお前どころか俺まで即死ぬ可能性が高い。その危険性をできる限り避けるためだ。これはお前の時間を無駄に使わないためでもある。…できるか?」
「イエス!」
ゲフィはしっかり、頷いた。
いいだろう。
「よし。それじゃあ、ひとまず一ヶ月契約ってことで良いな。その先は進捗状況などをみて改めて決める」
「ヨロシクデース!」
差し出した俺の手を、ゲフィが笑顔で握り返す。
…ま、所詮一ヶ月の付き合いと思えばいいか。
お互い納得できたところで、さっそく俺は最初の命令を下した。
「それじゃあゲフィ。装備全部脱いでくれ」
「…ハイ?」
次の瞬間、ビンタが飛んできた。
……………………
………………
…………
「ソユコトナラ先、言ッテクダサイ」
「ああそうするよ、こちらもいきなり殴られるのはもうごめんだからな」
右頬に赤い紅葉を咲かせた俺の背後で、ゲフィがぷりぷりしながら装備を外している。怒りたいのはこっちだっての。
「装備、外シ終ワリマシタ」
「あいよ。んじゃ、それらを身につけろ」
そういって、俺はあらかじめ倉庫から取り出して地面に置いておいた装備へ向けあごをしゃくった。
それらを拾い集めたゲフィは早速装着し。
「…ナンナノ、コレ…」
情けない声を上げたのを皮切りに振り返った俺は、かろうじて吹き出すのをこらえるのに苦労した。
「ぶ、ふふっ…に、似合ってるぜお前…くくくっ」
「似合ッテ…嘘ツキ!」
ゲフィがぶんむくれているがそりゃそうだろうともさ。
頭には鳥の巣を載せ(オマケに雛鳥が二羽ついている)、顔にはぐるぐる眼鏡とカイゼル髭。体防具は肌色の腹巻とステテコ、ピヨピヨサンダル。
獲物は純金製のハリセンで、盾だけが唯一まともな造作をしている――表面に、でかでかと『【ギュルファギニング】十周年、感謝の気持ちを込めて!』と書いてあるのを除けば、だが。
先刻までの勇壮ないでたちとは打って変わった格好だ。どこからどう見ても立派な大道芸人の完成である。
「アナタ、コレフザケテマスネ!」
どうやらゲフィはお冠らしい。
「まさか。至って本気だよ。それが今のお前にとってちょうど良い装備なんだ」
その抗議を俺は諸手を挙げて否定した。
言っておくが、俺の言ったことは嘘ではないぞ。
『委員長のぐるぐる眼鏡』(…ところで【イインチョウってなんだ】?)はステータス異常を8割カット。
『至高のハリセン』は攻撃力がほとんど無い代わりに獲得経験値を5倍にしてくれる。
『親父の腹巻』・『親父のステテコ』は55レベルまではセットで装備することでHPが10以上あればどんなダメージを受けてもHPを1に保持してくれる。
『ヒヨッコサンダル』はパーティーメンバーのもっとも移動速度が速い奴と同期してくれるし、『ひな鳥の巣』は攻撃速度を3倍にしてくれるのだ。『ギュルファギニング十周年記念盾』に至っては自分のレベルから5まで上の敵からの物理ダメージを何でも10分の1にしてくれる。なお『カイゼル髭』には格別効果は無いが、この格好に大層似合うと個人的に思ったのでオマケしておいた。
ちなみに言うと、似たような効果を持つ品や上位互換の品も持ってるには持っている…が、そこまで斟酌してやる必要も無かろう。
「見た目こそおもしろ…おほんっ。悪いが、新人向けならそれが最適解だ」
「本当ニ?」
「ああ、本当」
「…本当ノ本当ニ? 嫌ガラセ違ウ?」
「本当の本当だっての。ま、騙されたと思って身に着けてろ。騙されるから」
「エェ?!」
「なーんてな。冗談だよ冗談」
そんなことを言い合ううち、ふと俺は思い出していた。
昔、あいつらと同じようなことを言い合ったっけ…
とと、懐かしんでる場合じゃなかったな。
ほろ苦い記憶を断ち切ろうと、俺は小さく頭を振った。
「ああそう、ついでに。俺はもう使わないだろうし、それらはくれてやるよ」
その言葉に、ゲフィは俺の顔をちらと伺うと嬉しいような困ったような、いややっぱり嫌そうなかな? ともかく、何ともいえない表情を浮かべた。
「エート…イインデスカ?」
「ああ。気に入らないなら、終わったら捨てるなり勝手にしな。もちろん、使わなくなってからだが」
この仕事が終わったら、どうせまた一人に戻るんだ。
今後こうやって新人の面倒を見る機会も無かろう。なら餞別代りにくれてやるのがいいさ。
「ンン…アリガタイデスガ…ヤッパリ、コノ格好ハ…」
だが、当の本人は微妙らしい――まあ、俺も同じ格好したいとは思わんけど。
「ヤッパリ元ノ格好デ…」
「だーかーらー」
ええいめんどくさい。
仕方ない、俺は実地で試させることにした。そのほうが多分一番早い。
「ま、ここで言い合っててもしゃああんめぇ。納得するためにも、まずは実際に試してみろ」
そういうと、俺は元の格好に戻すよう促した。ゲフィが着替えている間、ウィンドウを開くととんとんと手続きを行う。
「ほいほい、ほいっと」
ポーンと軽い音がどこからともなく流れ、同時にゲフィの眼前に文章の表示されたウィンドウが現れる。その下部には「はい」と「いいえ」と書かれたボタンがあり、俺ははいを押すよう指示する。
『ようこそ、ゲフィ様。育成パーティー[ひよこクラブ]加入を受け付けました。経験値、ドロップ獲得権はあなたに優先的に分配されます』
再びの音声。
「よし、そんじゃあ次はワープポータルを開くから、合図したらそこに乗れ」
そういうと、俺は“賢者”に代わり、ワープポータルを開いてやる。
無事空間を繋いだところで合図し、ゲフィ、そして俺は光の迸る輪に飛び込んだ。
次の瞬間、景色が塗り変わる。
「…ワァ!」
一足先に光から目が慣れたゲフィが嘆息したが、それも無理は無い。
俺たちの眼前には、赤・黒・黄色・紫・白・橙といった様々なマンジュルヌが草原をところ狭しと跳ね回っている光景が広がっていた。
「ここは首都から南南東に行った先にあるマンジュルヌ島だ。マンジュルヌ系のモンスターしかいないところでな、ここにいる大半は捕まえてペットにすることもできるぞ」
「ワァオー…!」
おのぼりさんのようにゲフィは上下左右落ち着き無く見渡している。と、ちょうど俺たちの眼前を赤いマンジュルヌの親子がぽよんぽよんと跳ねながら横切っていった。
「ワァ、可愛イネ!」
それを見てゲフィが触ろうと屈み込む前に俺は注意した。
「待て待て、いきなり触ろうとすんな。見かけは可愛らしいがそいつも一応モンスターだ。下手にちょっかい掛けると怪我するぞ」
脅されてゲフィは手を引っ込める。
まあこいつらはモンスターとしては下層も下層の最下層、レベルを少し上げれば問題なくなるのだが…
「あと最初に狩るのはそいつじゃない、放置しろ。いいか、俺が小突いたら合図するからその敵だけ倒せ。そうしないと痛い目にあうからな」
忠告して、俺はすたすたと歩き出す。慌ててゲフィも後を追ってきた。
「ドレ、戦ウ?」
「すぐ見つかるはずなんだが…お、いたいた」
探していた獲物は、木陰で佇んでいた紫色のマンジュルヌだ。
「おら」
早速その顔面に強めのトゥーキックをぶち込んだ。
紫マンジュルヌは突然の衝撃に、砕けた歯を撒き散らしながらぶっ飛ばされる。ぼでんぼでんぼでんと三回バウンドし、傍の立ち木にぶつかったところでようやく止まった。
うむ、久しぶりだが良い足応えだ。多分HPをかなり削ったことだろう。
「エ…」
突然の俺の行動に、ゲフィはどんびきしていた。
まあ、正直無理も無い反応だろう。
こいつらマンジュルヌは、饅頭なのだが表情の造作がやけに人間じみている。
大人しく寝ていりゃそれなりに可愛げもあるのだが、一度攻撃に移ると目を血走らせ歯を食いしばり体当りや噛みつき攻撃を繰り出してくるし、やられるとさっきのように歯が折れたり目が潰れたりするのがやけに生々しい。
「ギィィィィエェェエ!」
そして、今も耳障りな高音で歯軋りしながら必死に俺の脚に体当たりしている。その光景はあまりに必死すぎて、見るに耐えられるものではない。
だがこれこそ、俺がこの島を最初の狩場に選んだ何よりの理由だった。
「ほれ、殴れ」
先に述べた理由のせいで、女性はここへ狩りに来たがらない。つまり、理屈上では人口の半分は来ない計算になる。
俺たちにとってはそれはとてもありがたいことだ。
人がいないということは、イコール狩り放題なのだから。獲物を奪われたり、余計な衝突に時間を取られずに済む。
低レベル時で一番恐ろしいのはモンスターではない。
悪質な、他の冒険屋とのトラブルだ。
「デ、デモ…」
「言っておくが、ここで狩れなかったらいつまで経っても他のところに行けんぞ」
不満げに睨み付けてくるゲフィに構わず俺はつづける。
「それとも何か、可愛かったら殺さないってか? お前だって飯にしたり、素材を剥ぐために他のモンスターを殺すだろ?」
「ソレハ…ソウ、デスガ…」
「殺して食うか、殺して食わないか。それだけの違いだろうが。選り好みしたかったらさっさと強くなるんだな」
「アアモウ…ワカッタヨ!」
不承不承といった体でゲフィは剣を振るう。と同時に、1というダメージを示す数値が表示された。
「ア、アレ?」
豪華な剣ならどんなにダメージがしょぼくてもあっさり殺せるはず、とかどうせそんなことを考えていたのだろう。だが実際にはどこをどう殴っても1しか出せず、瀕死の紫マンジュルヌ一匹殺すのに五分も掛かった。
マンジュルヌはこんな見た目だから舐めて掛かる奴が多いが、でかい奴で俺たちのひざほどもある上、みっしり中身が詰まった饅頭だ。結構な重量があるのは当たり前。
最初に攻撃したことでターゲットが俺に固定化していたから無傷で済んでいるが、そうでなかったらもっと時間が掛かっていただろうな。
「な、判ったか? その剣は適正レベルが45で、それまでは威力も、攻撃速度も、おまけに防御も下がる。他の防具も同様だ。それら全部が累積した効果で、見た目こそ豪勢だが下手したら素っ裸のほうが強いなんていう状態なんだよ今のお前は」
「ソウナンデスカ?!」
「ソウナンデスヨ。さ、さっきのに着替えろ。自分の体の軽さにびびるぞ」
そういってにやっと笑う。
実際、そうやって試して驚くときの新人の顔を見るのは楽しみの一つだった。
「オ待タセシマシタ」
「おう、すでに捕まえてあるからやってみ」
「OK」
早速ゲフィがハリセンを振るう。
すぱーん、と小気味良い音。そして、100越えのダメージ数値。ゲフィの目が丸く開かれたのを見て得たり、と俺はうなずいた。
「な?」
ゲフィの反論はない。
こうして己の命が尽きるまでの一分間、紫マンジュルヌはぬぼーっと立ったままの俺の足に無駄な体当たりをつづけていた。
「ぜぇ、はぁ、はぁ…」
倒し終えた直後、ぱんぱかぱーんとどこからとも無くファンファーレが鳴り響く。
「ほい、レベルアップおめ。どうよ、感覚としては」
「ア……確カニ、凄イアガッテル感ジスルデス…!」
そうだろうそうだろう。嬉しそうに破顔しているゲフィに俺も満足する。
いきなり15レベル上がっているはずだ。なんせ二匹目は滅茶苦茶手加減して殴ったから、最初のと比べ物にならない経験値がゲフィのものになっている。そうすることで相手に成長の手ごたえを感じさせるのがコツなのだ。
「だろ。んじゃ紫はもういいから、次は橙な」
「橙? 赤ヤ黒ハ?」
「ああ、あいつらはマンジュルヌの中でも1、2を争う底辺だからな。ぶっちゃけ着替える前のお前でも撫でるだけで殺せたぞ。ただその分経験値がカスだから、相手するだけ時間の無駄だ」
「ソウナンデスカ…」
「ああ。赤、黒、越えられない壁があってそこからは急加速度的に黄色、紫、橙、白と強くなる。ただ黄色と紫は極々稀にクッソ強い固体がいるから気をつけないとならないけどな」
稀にいるレア種は、黄色は速度と攻撃性だけがべらぼうに上がっている。ステータスは上がっていても微々たるものなので攻撃は怖くないが、回避しまくる上に執拗に絡むのでとにかくうっとうしい。経験値もカスのままと良いこと無しである。
そして、紫に至ってはマンジュルヌという種で括るのも憚れるほど、全体的に強化されてもはやバケモノと呼ぶに相応しい。こちらから手出ししない限り攻撃されないものの、特にマッチョ化魔法を使い攻撃力を数千倍にまで上げてくるため、マンジュルヌ狩りで図に乗った冒険者をこいつが返り討ちにするまでが島の風物詩となっている。
「…っと、次見っけ。オラァっ!」
そう言ってる間に目標の橙を発見。
紫とこいつはマンジュルヌの中でも比較的耐久と防御が低いから、気をつけないと初撃で殺しかねん。
傍の木陰からぽいんぽいんと飛び出した橙マンジュルヌを、土踏まずを使い地面を転がす要領で軽く蹴り飛ばす。願い違わずマンジュルヌは元来た道を転がり、立ち木の幹に顔面をぶつけた。
そこへすかさずスキル<<挑発>>!
「ほーれほーれ、バーカバーカ糞饅頭~! お前のかーちゃんお饅頭~! 悔しかったらかかってきなー!」
「うにゃああああ!!」
「フィーッシュ!」
「…………」
そう叫ぶ俺を、ゲフィはアブない人かのように見ている。やめてお願い、その視線は俺に効く。
「だから、これはそういうスキルなの! ほれ、さっさと殴って! お願い!!」
スキルが覿面に効果を発揮し、ターゲットを固定化させられた橙マンジュルヌが俺の足に体当たりを繰り返しだしたところで、ゲフィに叩かせつつ事情を説明してやる。
先ほどの紫と違い、こいつは小柄で敏捷性が高い。そのため逃がさないよう、念を入れて挑発を入れてターゲットを固定化しておく必要があるのだ。
決して好き好んであんな真似をしたわけではないのだよ…。
どうにか誤解を解き、更にしばらく同じ作業を繰り返したところで。
「ここまで良いペースだな。ステータスはちゃんと割り振ってるか?」
今後の指針を固めるためにも一休みがてら確認することにした。
「ソレガ…」
「どう育てるか迷ってる?」
俺の対面に座り込んだゲフィが頷く。
分からんでもない。
この世界、何せ色んな職業があるからなぁ…俺の重剣士や賢者といったガチ目のから、商人や踊り子といったサブ的なもの、ひいては板前や執事といった何の冗談かと思うようなものまで多岐にわたる。
そのためいずれ就く予定の職業を今のうちから見据えておかないと、最悪どっちつかずの無能という評価で終わることもままある。
「具体的にどんな職業になりたいとかあるか?」
しばらく考えこんだゲフィは、
「…医者ハ、アリマス?」
と尋ねてきた。
「うぅーん…医者、かぁ。そういう肩書きは聞いたことねぇなぁ。てか、それ何する職業? どんな武器を使うんだ?」
ゲフィのたどたどしい説明によると、どうやら戦闘職ではなく、人の治療を専門とする職業らしい。
「つか、それって僧侶じゃなくて?」
ゲフィは首を横に振る。
「うーん、違うのか。けどよ、怪我や病気の治療は基本、ヒールやキュアーの呪文で治すもんだからなぁ。僧侶、或いは賢者…ああ、あとポーションなどを作る薬師がいたか」
ゲフィの表情がぱぁっと明るくなった。
「ソレ! ソレシタイ!!」
おおっと、ここまで食いついてくるとは予想外。
「お、おぅ…分かったから落ち着け。と言っても、まず最初に言っておくが薬師はそんなに人気のある職じゃないぞ」
というのも、薬師はそんなにツブシが利くジョブではないからだ。
魔法は攻撃・防御・回復いずれも覚えないし、純戦闘能力は戦闘職に譲る。同じ派生職でも鍛冶屋はまだ需要があるが、ポーションは王立の道具屋でも売っているし、そもそも治療の大半が魔法で賄える以上需要はどうしたって落ちる。
メリットとしては、所持していればいつでも使える、割高な道具屋で買うのを抑えられる…くらいしか思いつかないかな。所持しておくにしても一つ二つあれば十分だし。
一応そこまでは教えたものの、ゲフィはやはり薬師にするつもりのようだ。
俺はあえて止めることはしなかった。
エデンやヒュペルボレイオスに行くのがきついが、元々雇い主の意向に沿うのが俺の仕事なのだし、何より当人が望んでるなら余計な口出しするのは野暮ってもんだろう。
「薬師ってことなら…ポーションを自作したい、ってことでいいのか?」
ゲフィが頷く。
「なら、知識を鍛える前提になる。その結果、色んな種類のポーションの習得が早まるし、何より魔法剣を使って魔法攻撃をすることもできる。後、運にも少し振っておけ。魔法も気持ち強化されるが、即死攻撃を防いだりポーション作成時の失敗率が心持ち減ることがある。それとある程度安定して戦うなら敏捷。この三つを、大体五対一対一で割り振ればいいと俺は思う」
「オーケー」
さっそく言われたように振ったようだ。
これで俺の方も方針がはっきりしたわけだ。
「じゃあもう少し鍛えてから、魔法剣を貸してやる。その魔法を使って俺にタゲが向いている敵を撃て。そうすれば安全に、かつ確実に狩れる」
他の二職より重剣士の方がレベルが上なので、そういう戦い方ができると俺としてもありがたい。
どうにか誤解を解き、更にしばらく同じ作業を繰り返したところで。
「ここまで良いペースだな。ステータスはちゃんと割り振ってるか?」
今後の指針を固めるためにも、一休みがてら確認することにした。
「ソレガ…」
「どう育てるか迷ってる?」
俺の対面に座り込んだゲフィが頷く。
分からんでもない。
この世界、何せ色んな職業があるからなぁ…俺の重剣士や賢者といったガチ目のから、商人や踊り子といったサブ的なもの、ひいては板前や執事、配管工といった何の冗談かと思うようなものまで多岐にわたる。
そのためいずれ就く予定の職業を今のうちから見据えておかないと、最悪どっちつかずの無能という評価で終わることもままあるのだ。
「具体的にどんな職業になりたいとかあるか?」
しばらく考えこんだゲフィは、
「…医者ハ、アリマス?」
と尋ねてきた。
「うぅーん…医者、かぁ。そういう肩書きは聞いたことねぇなぁ。てか、それ何する職業? どんな武器を使うんだ?」
ゲフィのたどたどしい説明によると、どうやら戦闘職ではなく、人の治療を専門とする職業らしい。
「つか、それって僧侶じゃなくて?」
ゲフィは首を横に振る。
「うーん、違うのか。けどよ、怪我や病気の治療は基本、ヒールやキュアーの呪文で治すもんだからなぁ。僧侶、或いは賢者…ああ、あとポーションなどを作る薬師がいたか」
ゲフィの表情がぱぁっと明るくなった。
「ソレ! ソレシタイ!!」
おおっと、ここまで食いついてくるとは予想外。
「お、おぅ…分かったから落ち着け。と言っても、まず最初に言っておくが薬師はそんなに人気のある職じゃないぞ」
というのも、薬師はそんなにツブシが利くジョブではないからだ。
魔法は攻撃・防御・回復いずれも覚えないし、純戦闘能力も戦闘職に譲る。同じ派生職でも鍛冶屋はまだ需要があるが、ポーションは王立の道具屋でも売っているし、そもそも治療の大半が魔法で賄える以上需要はどうしたって落ちる。
メリットとしては、所持していればいつでも使える、割高なポーションを道具屋で買うより安く抑えられる、ポーションの薬効を僅かに上げる…くらいしか思いつかないかな。そもそも所持しておくにしても山ほど持って歩くもんじゃ無いし。
一応そこまでは教えたものの、ゲフィはやはり薬師にするつもりのようだ。
俺はあえて止めることはしなかった。
エデンやヒュペルボレイオスに行くのがきついが、元々雇い主の意向に沿うのが俺の仕事なのだし、何より当人が望んでるなら余計な口出しするのは野暮ってもんだろう。
自分で進む道を選んだなら、俺のすべきはその道をまい進するための技術を伝授することだけだ。
「薬師ってことなら…ポーションを自作したい、ってことでいいのか?」
ゲフィが頷く。
「なら、知識を鍛える前提になるな。その結果、色んな種類のポーションの習得が早まるし、何より魔法剣を使って魔法攻撃をすることもできる。後、運にも少し振っておけ。魔法も気持ち強化されるが、即死攻撃を防いだりポーション作成時の失敗率が心持ち減ることもあるから無駄にはならん。それとある程度安定して戦うなら敏捷。戦闘中にポーションを使うときにも直結する。この三つを、前から五対一対一で割り振ればいいと俺は思う」
「オーケー」
さっそく言われたように振ったようだ。
これで俺の方も方針がはっきりしたわけだ。
「じゃあもう少し鍛えてから、魔法剣を貸してやる。その魔法を使って俺にタゲが向いている敵を撃て。そうすれば安全に、かつ確実に狩れる」
他の二職より重剣士の方がレベルが上なので、そういう戦い方ができると俺としてもありがたい。
そう言って簡単な立ち回り法を教えてやっていると。
「おやぁ? そこにいるのは“
俺たちが背を預けている高台の上から掛けてきた、不快な声の主は振り向かないでも分かる。
ルークだ。
「…ちっ」
無視していると更につづけられた。
「挨拶を掛けられても無視するとは、さすが下賎な者は違うな」
うぜぇ。
たった二言のやり取りですでにげんなりした俺は、大きくため息を吐くと顔を上げた。予想通り、とりまき三人を連れてニヤニヤ見下ろしている。
何とかと馬鹿は高いところが好きとはよく言ったもんだ。
「挨拶を交わすような親しい間じゃねぇし俺はお前に用は無い。こちとら仕事中なんでな、あっちいってろ」
しっしっと手を振ると、ルークは頬をひくつかせる。
虚栄心が服を着て歩いているようなこいつは、邪険にされるのが一番嫌いなのだ。とはいえこちらも別に好かれる必要も義理も無い。何をしにこんなとこに着たのかは謎だが、興味ないし知りたいとも思わないのでどうでもいい。
「仕事中、ね。またお得意の死肉漁りか。俺は国からの依頼で、レアモンスターのマンジュルヌクイーンをテイムするためにここに来たんだ。クイーンをテイムする際、俺含め十三人しか世界に所持者がいない『支配の王杓』があれば50%にまで成功確率が跳ね上がる。つまり、これは俺にしかできない仕事なんだよ。同じマンジュルヌ島に来ていながら、方や王からの勅命、方や小銭稼ぎの日雇い労働。かつて世界に知れ渡った大手ギルドの長も、今じゃずいぶん落ちぶれたもんだなぁ!」
頼んでもいないのにべらべらと良く喋る。つーか要するにお前も王様からの使いっ走りじゃねーか、自慢することかよ。
本当に面倒くさい奴。
「仕事に貴賎は無い。それに」
そういうと俺は取り巻きに視線をめぐらせる。全員見覚えのある顔で、力量は鑑定するまでも無い。
「大手ギルドの運営は“質”を維持するのが大変だからな。出来の悪い連中に闇雲に振り回された昔より、気楽な今の方が性にあってるさ」
俺の返事はこれまた気に入らなかったらしい。
「…ふん。負け惜しみを」
憎々しげに俺を睨みつけている。その反応から察するに、自分たちのギルドの構成員の質の低さはルーク自身も判ってるのだろう。
「あ! ルークさん、ちょっとちょっと…」
「何だ…む?」
と、何かに気付いた取り巻きの一人がルークに耳打ちをする。
視線を見るに、俺の後ろ、少し離れて様子を見ていたゲフィに気付いたようだ。
「おお、君は! 何だ、仕事とは彼の養殖のことか」
途端、さっきまでの不機嫌が嘘のように満面の笑顔を浮かべてやがる。
初心者向けのマンジュルヌ島にいる、という点からそう導き出したのだろう。ちっ、面倒な…
「おい君、それならそうといえばよかったのに。そんなうらびれた男に教わってもろくなことは無いぞ! 華々しく活躍したいなら、うちに来ると良い! 歓迎するぞ!!」
ルークが猫なで声を発すると、それを契機に大人しくしていた外野までもがぴいちくぱあちく騒ぎ出した。
「うちのギルドでは有望な若手のために手伝いもしているからな」
「こんなおっさん一人とやるよりも、はるかに速く一流の戦士まで引き上げられるぞ!」
一人がゲフィの下へ駆け寄り手を伸ばそうとしたので、俺は剣を鼻先へ突き出した。
「おい、うちの客に余計なちょっかい出すのは止めろ。言っとくがこれは冒険屋組合を介した正式な依頼だ。それを妨害したと報告したら、貴様らが幾ら国に覚えが良くても今後仕事は融通ざれなくなるぞ」
言いながら鋭い視線で睨みつけると取り巻きどもは口をつぐんだ。
幾ら俺がロートルとはいえ、はもチンに産毛がはえた程度のこいつらなら幾らでも蹴散らせる。せめてごわごわの剛毛になってからだ。
問題はルークだ。
こいつもまたレベルは俺より下ではあるが、俺は長年の怠慢が、そしてルークは装備の能力が勝負の行方を判らなくさせている。
ルークもルークで、今いる取り巻きだけでは俺を倒すことはできないと判断したのだろう。
「くっ、彼のような人材なら喜んでうちのギルドで引き取ったのに…さてはベガー、貴様またくだらない夢を見てギルドを立ち上げる気か? そのための懐柔か、汚い奴め」
しばらく値踏みしていたルークは諦めたように首を振ると、手をさっと振る。それを合図に、取り巻きどもが奴の背後に下がった。
「だからギルドは関係ねぇ、仕事だっつってんだろ」
俺も剣を収めながら答えてやる。
連中が実力行使に出るなら、大義名分が得られるからその方が良かったんだがな。そこまで短慮じゃなかったか。
「アノ・・・ソノ…」
他方、ゲフィはというとこの間、おろおろしながら俺とルークを互いに見比べている。確かにお前が話の中心だから気を揉むだろうが、別に取って食われる訳じゃないんだからもう少しどっしり構えてなさいよ。
「仕事、ね。それなら…」
と、ルークが懐から大き目の袋を取り出し、俺の眼前に放り投げた。
どじゃり、という重い音から察するに、中には大量の金貨が詰まってるのだろう。
「それを受け取れ。報酬が幾らかは知らんが、それだけあればカグツチやアウラーエが3つは買えるだろう」
その言葉に俺は内心驚いた。破格なんてもんじゃない、一財産だ。
ルークの見栄っ張りの性格からして、中身が銅貨や銀貨であるということも考えにくい。
「なるほど、割のいい話だな」
「だろう? その格好を見るに、昔と変わってないようだからさぞや新しい武器防具が欲しいだろうよ」
俺の返事を聞き、ルークがにやりと口角を吊り上げる。
それを見て、俺の答えは決まった。
「よし、それではお前ら。あの新人をこっちへ連れてきてやれ!」
そう決め付けたルークの取り巻きたちがやや引いているゲフィの元へ駆け寄ろうとするのへ、
「何寝言言ってんだお前ら」
“賢者”へ変身し、取り巻きたちと俺たちとを隔てるように炎の壁を配置する。そしてすぐ、中程度の威力で俺の少し前面へ氷雪大魔法を詠唱した。
ここまでで数秒。
慌てて駆け寄ろうとしたルークの手下たちは、俺たちとの間を阻む氷雪と炎の壁に拒まれて近寄れない。奴らの実力では力押しは無理だし、とっさのことに対抗呪文で無効化することもできまい。
その間に第三の呪文を詠む。
「こいつは俺の依頼人だ。雇われた側が金に釣られて依頼を一方的に破棄したら冒険屋失格なんだよ」
「な…お前、金がいらないのか?! 契約の譲渡は合法のはずだ!」
ルークの手下が叫んだ。そう、金で穏便に解決すること自体は違法でもなんでもない。
「そりゃあ欲しいさ。だがよ」
呪文の詠唱を終えた俺はそいつを眼光鋭く睨み、怒鳴った。
「俺は乞食じゃねぇ、冒険屋だ。誇りまでは売らねぇよ!」
そういうと、ゲフィの腕を引っつかんで背後へ開かれたワープポータルへと飛び込んだのだった。
……………………
………………
…………
「サンクス、ベガー!」
首都の広場に戻ってきた直後、突然俺の首元にゲフィが飛びついてきた。
「うげぇ?! だ、だから“乞食”はやめろっての…ゲフィ?」
慌てて引き剥がしたが、よくよく見れば、ゲフィは大粒の涙を目尻に溜めてやがる。
「あぁ? なんだよおめぇ、泣いてやがんの?」
指摘され、ゲフィは慌てて袖で涙を拭った。
ええぇ…どんだけヘタレなのよお前。
まあ、なれない緊張感から解放されて気が緩んだのだということにしておこう。ケンカ慣れしてない奴があんな雰囲気に遭遇したらそりゃ困るよな。
「…おめぇ、そういうのは可愛い女の子がやりゃ絵になるけどもよ。野郎がやっても気持ち悪いだけだぞ。判ったらとっとと顔吹け、な?」
しょうがない、俺は気持ちを切り替えてやることにした。からかわれたと思えば気も軽くなるだろうよ。
「ナ…気持チ悪イハ失礼ダヨ!」
ぷっと頬を膨らせ何か反論しようとしてきたゲフィだが、不意に俺の顔をじっと見つめてからおずおずと尋ねてきた。
「…ベガーコソ、ダイジョブ?」
「ああん?」
おっと。
まさかこっちが心配されるとは思いもしなかった。
「あいつとはいつものことだから気にすんな」
そう言って俺は肩をすくめる。
「てか、何でそう思ったんだよ。別に殴り合いとかもしてねぇし、お前が心配するこっちゃねぇだろ」
そういうと、ゲフィはしばらくじっと見つめてきた後。
「ベガーノ顔、ナゼカ…泣キソウ見エタヨ」
困ったような面持ちで答えた。
「あぁ? なぁに馬鹿なこと言ってんだお前」
そう言われた俺は笑い飛ばしてやろうとして気づいた。
…笑えない。
なぜか、笑えなかった。
思わずぱしんと頬に手を当て、慌てて俺は顔を背けた。
完全に不意を突かれた。
泣きそうになっていた、なんてことは無い。無いはずなんだ…
ルーク、そしてあの取り巻きたちとは袂を分かって久しい。互いに求めるものは違うととうに理解しており、奴については何の感傷も無い。
…ただ、奴と話すことでお互い戻れないところにきちまったことを改めて痛感させられて…連鎖的に、思い出してしまったのだ。
今はいない、朋たちを。
彼らと目指した、拙いながらも形になりつつあったはずの夢を。
そして、何一つ、大切なものを守れなかった自分のふがいなさを。
何もかも喪い、停滞することも無く、ただ生きている、自分の生の虚しさを。
「…ホント、なんでこうなっちまったんだろうなぁ」
自分でも目を背けていた感情を偶然だろうとはいえ鮮やかに突かれ、俺は自分でも驚くほど動揺してしまっている。
いずれもとうに吹っ切っていたと思っていた様々な感情が、他人から改めて指摘されたことで再び湧き出すのが自分でも分かった。
…いかんいかん、今は仕事中だ。
しっかりしろ俺。
俺は慌てて頭を振り、おセンチになりつつあった気分を無理やり追っ払った。
「なーんてな。…しっかし、こいつこう見えて実は鋭い…のか?」
頭をかきつつ呟いた独り言は、しっかりゲフィに聞こえてしまっていた。
「ナニカ?」
「…いんにゃ、なんでもねぇよ」
心の底から心配してくれている表情なんて見たのはいつ振りだろうか。
内心ぎくりとした俺は、見られたくないものを見られてしまった苛立ちを誤魔化すためさっと手を伸ばした。
「チョ、ヤメ…」
ゲフィの小生意気にも意外な反撃へのお返しとして、綺麗な蓬髪をくしゃくしゃにしてやったぜ。ざまぁみろ。
「さーてと。それより、時間無駄にしちまったからその分本腰入れて狩るから気合入れろ! どうやら余裕があるみたいだからな、これからは厳しく行くぜ!!」
「エェ~!」
「えぇ、じゃねぇよ」
「俺のこと心配するくらいならまずは自分の心配するんだな! 俺の心配しようなんざ、十年はええんだよ」
あからさまに落胆するゲフィに、俺はにやりと笑ったのだった。
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