電話ボックスから
Take200
第1話
これは2年ほど前の話です.
当時の私は,駅から少し離れたオフィスでバイトをしていました.
そこは誰でも知っている大手企業の子会社だからなのか,リーダーが優秀なのか…忙しくはありますが必ず定刻通りに帰れるのが非常に有難いものでした.
と言いますのも,私は日中は大学で勉強しているため,バイトは夜間にせざるを得なかったのです.なのでできるだけ早めに帰宅したかったのです.
私は男ではありますが,やはり夜は怖いものです.これがオフィス街や飲み屋街なら人も多いので別でしょうが,私がバイトしているオフィスの所在地は住宅街です.(街の端にある小さなビルでした.)
そして,駅に向かうには住宅街の車がやっと2台通れるような街道を歩くのが一番の近道でした.
住宅街の夜は意外と人が少ないものです.20時を過ぎれば帰宅するサラリーマン程度しか人は歩いていません.もちろん街燈はありますが,わずかに暗闇を照らす程度でした.
見知った街ならともかく,バイトのみでしか来ない街ならば夜は恐怖しかありません.なので,私は遅くとも20時までにはオフィスを出るようにしていました.
あの日までは…
ある日,私は珍しく残業を頼まれました.私としては最近は全然バイトに出ることが出来ず,少し後ろめたさがあるうえに,文化祭も近いことからいくらかお金を必要としていた時期でした.
そのため,ほんのわずかの賃金UPではありますが,わずか数時間程度の残業を断る理由は有りませんでした.
作業を済ませ,オフィスを出たときは22時をまわっていたと思います.残業とは言っても,一度ペースに乗ってしまえば数時間程度でしたら疲労度も普段と全く変わりません.
私は駅前で牛丼でも食べようかと考えつつ歩いていました.
そこでいつもの住宅街の道に近づいたのですが,22時を過ぎていたので,全く人通りがありませんでした.しかも,道が普段よりも数段階も暗くなっている雰囲気すらありました.(実際は20時も22時も暗さはあまり差がないと思いますが…)
なので,私は遠回りとなりますが,普段の道ではなく,住宅街の周囲を囲うようなっている大きな道を通ることにしました…
その大きな道は県道か国道かは覚えていませんが,照明設備が整っており,道自体が住宅街よりも数倍は明るかったです.そしてトラックがメインでしたが自動車も絶え間なく走っており,さらにランニングする人や犬の散歩をする人も時々見られた為,暗闇の道よりも何倍も安心して帰ることが出来ました.
数分は歩いたところ,少し見覚えのあるビルが見えてきました.駅までもう少しです.
そこで私は,手前にひときわ光っているモノがあることに気が付きました.
それは何てことない電話ボックスでした.最近は携帯電話の普及によって数が激減しているそうですが…現代でも災害時には非常に役立つということは皆さんもご存じでしょう.
この電話ボックスは駅からすこし離れていることと,交通量の多い道路ということから,万が一に備えて設置したままなのでしょう.
「久しぶりに見たなぁ」私が独り言を言うと,電話ボックス内が少しおかしいことに気が付きました.
ボックス内の棚などにいろいろなものが置いてありました.
おそるおそる近づいてみると……
なんと数十個のポ〇モンのぬいぐるみでした…
これが日本人形とかフランス人形でしたら腰を抜かしたのかもしれませんが,ここにあるのはかわいらしい〇ケモンのぬいぐるみです.しかも,購入したばかりなのか全く汚れは見当たらず,かつボックス内に奇麗に並べてありました.
誰かがいたずらか,または処分の為にボックス内に置いたのでしょう.そして,その作業をした人が去ったあとの第一発見者が私ということでしょう.
私はボックスに入るなりイー〇イのぬいぐるみを持ち上げ,持って帰ろうかと一瞬考えました.
しかし,だれが持っていたのか全くわからないぬいぐるみ.さすがに持って帰るわけにはいかず,元の場所に戻しました.
その時,狭いボックス内でしたので,持ってきたカバンがぬいぐるみに当り,数体のぬいぐるみが床に落ちてしまいました.
さすがに放置というのも気が引けるので,手早く拾い集め,元の場所に戻しました.
その際,並べ方の順番などは全く覚えてなかったので,適当に拾った順から並べ置きました.
私はボックスから出ると,またのんびりと駅へと歩き出しました.
そして数分歩いた後に,右折をする必要があったので,その際に後ろを無意識的に見ました.
すると,先ほどの電話ボックスの灯りに照らされている人がいました.ほんの数秒みただけですが,その人は黄色いシャツを着ていて,仁王立ちをしていました.
30メートル以上は離れていたので,表情は全く分かりませんでしたが,私を見ているようでした.
「俺が捨てたと思われたらヤダなぁ…」そう思いながら右折し,完全に電話ボックスは視界から消えました.
私はこの時,立っていたのは電話ボックスの近所の人だと思っていました.
不法投棄は立派な犯罪ですので,それを咎められたらたまったものではありません.
もしくはぬいぐるみの持ち主だったのかもしれません.捨てたのが急に惜しくなって….
そうでしたら,私は何も持ち帰っていませんので,何も言われる筋合いは有りません.
果たして,何もなく駅前につきました.私は牛丼の並を頼んでから帰宅しました.
さて,その翌日です.私は午後の授業がなかったため,昼過ぎにはオフィスに向かいました.もちろん,昨日よりかは早く帰るためです.
「いやぁ昨日は本当に助かったよ! 大変だったろうし,昨日の休憩1時間も働いていたことにしておくから!」とリーダー.
ぶっちゃけ,疲労度は普段と変わらなかったので,こちらとしても有難い限りでした.
昨日とは異なり,この日は18時に帰ることが出来ました.もちろん,普段通り住宅街を通って帰りました.
その際,少し気になることがありました.住宅街には小規模なマンションがあるのですが,あるマンションのバルコニーに黄色いシャツを着た人がいるのです.
そこの住人でしょうが,昨日見た黄色いシャツの人と似ていました.そして,顔ははっきりとわかりませんが,男性ということは確実でした.
その人は外を眺めていましたが,特に私を見ているわけではありません.
「昨日見てきた人かなあ…」私は少し不安でしたが,私は昨日と違う服ですし,こちらを見ているわけではないので,特に気にせず帰りました.
バイトは大学の中間テスト期ということもあり,少し空いて1週間後にシフトを入れました.
その際は19時近くにオフィスを出ましたが,まだ暗さは気にならない程度でした.そのため,住宅街を通り帰宅しました.
その時,一軒家の庭に黄色いシャツを着た人がいました.先日のバルコニーにいた人と似ていましたが,マンションとはすこし離れたところです.常識的に考えれば同一人物のはずがありません.まじまじと他人の庭を見るわけにはいかず,またしても顔は不明でした.
ただ,横目で見る限り,その人は全くの不動でしたが,私を見ているようでした.(もちろん気のせいかもしれませんが…)
その2日後は駅近くのバス停のベンチに座っている黄色シャツを見ました.またしても私を見ていました.
4日後は21時頃に黄色シャツが駅構内に居ました.と言っても私とは対岸のプラットホームでしたが…
ただ,気になったことがありました.夜には人が少ない駅ですが,快速も止まるため,各駅を待っている場合にはホームに自分以外の人が全くいない時間が数分あります.
その日は,黄色シャツと2人だけになったのですが,誰もいなくなった瞬間に奴が「タコ踊り」みたくクネクネと動き始めたのです…
…私に文章力がありませんので,一見するとギャグみたいですが,突然見せられるくねくねとした動きは非常に不気味でした.
もちろん,奴は私に見せつけているのでしょう.他の人がプラットホームに降りてきた瞬間に動きを止めました.
私は,やっと変な奴に目を着けられていることに気が付きました.少し護身術の心得は有りますが,頭のおかしい人間はすぐに刃物だのを持ち出してくるでしょう.
根本の解決は,この街に来ないことです.
私は,今のバイトは人間関係も,給料も良くて気に入っていたので,辞めるのは非常に惜しいものでした.
しかし,気のせいかもしれませんが,日がたつ毎に黄色シャツとの距離がわずかに近くなってきている気がしました.そして,遭遇時間も長くなっている気がします.
自分の身が一番大切です.私は泣く泣く,バイトを辞めることを伝えに行きました.
理由を正直に言うのも気が引けたので,大学とサークルが忙しくなったためとしました.
伝えに行ったのはもちろん明るい昼です.リーダーと社長は私が辞めるのは非常に惜しいと仰っていましたが,「学生はやはり勉強を一番大切にしないといかんな!」と,急なお願いにもかかわらず,あっさりと認めてくれました.
さらに,「もし余裕が出来たらいつでも戻ってきなさい」と周りの人から言われ,優しい人たちに囲まれていたバイトを辞めてしまったのは大失敗だったのではないかとすら考えました.
果てはお別れの飲み会を隣町で開いてくださることとなり,涙ながらにオフィスを後にしました.
出た時間は17時でしたので,まだまだ外も明るかったですが,その日は全く人通り,車通りもありませんでした.
私は少し不気味に感じながら歩いていましたが,外が明るいというのは不安な気持ちを吹き飛ばしてくれます.
すこし歩いたところで,まだまだ明るいのに,家じゅうのカーテンを閉め,雨戸も閉じている家がありました.一見すると空き家ですが,電気がついているので人がいることがわかります.
その家の横に来た瞬間,私が歩いている道路側の窓のカーテンが開きました.
いや,実際は開ける瞬間は見ていませんが,その音と差し込む光でわかりました.
私は顔を動かさない程度に横目を使ってその家を見てみました.
黄色シャツの奴でした.顔はわかりませんでしたが,見たくもありません.
奴は不気味な「タコ踊り」をしていました.さらに,影のから判断する限り,一人ではなく複数人がその家で踊っているようです.(他の人も黄色シャツかは不明ですが…)
私は後ろも振り向かずダッシュで逃げました.数分もすると,人通りが増えてきて,駅前につきました.
すこしあたりを見回しました.住宅街の道の遥か遠くに動いている黄色い点が見えました.
私はダッシュで電車に飛び乗りました.その電車は快速でしたが,もちろんそんなこと一切気にしません.
すると,私のスマホに1件のメールが届きました.
送り主は知らない人で,メールアドレスは意味なく適当に文字を入力しただけに見えました.
そのメールは本文が無く,ただ謎のzipファイルが張られていました.
私は迷惑メール対策は万全で,しかもスマホのメアドは会員登録などでは一切使いませんので,迷惑メールが届く余地は基本的にありません.
私は,もちろんそのままメールを消しました.それ以降,知らない人からメールは来ることはありませんでした.
後日談
私は実はオフィスにいくつか私物を置いていたのですが,辞めた日に持って帰るのを忘れてしまいました.その件について,リーダーから連絡があったのですが,当然私は取りに行くのは嫌でした.なので、友人に1000円のバイト代をエサに取りに行ってもらいました.
その際,ついでに例の電話ボックスを見てもらいました.
どうだったのか尋ねると,「いや,お前が行ってたようにぬいぐるみはあったけど,ハサミか何かで手足はちぎってあるし,ワタが抜かれて汚らしくなってたよ~たぶん小学生のガキでしょ」
と呑気に言っていました.
私は,おそらく小学生の仕業ではないと思います.
さて,zipファイル付きメールの件ですが,これも黄色シャツがかかわっていると考えています.しかし,全くの無情報から私のメアドを当てるのはオカルトでしょう.
ただ,私は帰宅する際に毎回,スマホをいじってメールを確認していたのです.届くメールには宛先欄に私のメールアドレスが書かれています(スマホでない人はわかりにくいかもしれませんが…).
その私が弄っている瞬間に,望遠レンズ,またはそのほかの方法で画面を撮影してしまえば,非常に文字サイズは小さいでしょうが,私のメアドもわかってしまいます.
もちろん,常識的に考えてそんなメールアドレスを知るために労力や努力をするのはあり得ないでしょう.
しかし,言葉は非常に悪いですが,意外と世の中に居る「頭のおかしい人」が労力を厭わずに他人に嫌がらせや犯罪を犯すことは,ニュースでたまに見ると思います.
ストーカーなんてよい例ではないでしょうか.
…というように,実際は私には全く実害は起こりませんでしたが,奇妙な経験をしました.黄色シャツは何だったのでしょうか?何をしたかったのでしょうか?
一人ではないような気がしますが,結局顔はまったく見れませんでした.どんな顔をしていたのでしょうか?
そして,奴らは私に対して何を思っていたのでしょうか.単なる私の被害妄想ならまだマシかもしれません.
その街はバイトでしか来る用事がなかったので,少なくとも私は今後二度と訪れることは無いでしょう.(特に施設や店があるわけでもないですし…)
しかし,あのzipファイル…奴らが送ったと断定はできませんが,開いていたら果たしてどうなっていたのでしょう?
そして、私は今後も黄色シャツの奴らを見ることがあるのでしょうか?
メールはこれから二度と来ないのでしょうか?
現在、謎しかありません…
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