軍団Ⅰ

 フィオンたちがミラリアに現れたオーガたちを討伐してから、五日ほどたったころフィオンはエリスに呼ばれ冒険者ギルドのギルド会館を訪れていた。

 時刻は10時頃で、朝とも昼とも呼べないような微妙な時間だった。けれど、ギルド会館へ足を踏み入れたフィオンの目に飛び込んできたのは、想像していたよりはるかに多くの冒険者の姿が、ギルド会館のホールに居るのが目に入った。

 ギルド会館に居る冒険者のほとんどが鎧を纏い、まるで見せびらかすかのように各々武器を下げ、ピリピリと張りつめた空気を作り出していた。

 そんな冒険者たちの姿にフィオンが気押されていると、ホールの中からフィオンへと声がかかった。

「フィオン! こっちだ」

 声がした方へフィオンが向かうと、予想通り黒髪に褐色の肌をした男性――ラシェイが立っていた。ラシェイの傍らのホールに備え付けられたベンチには、見慣れない女性が腰かけていた。

 神官服と思われる裾の長い黒地の服に、癖のない長くきれいなプラチナブロンドの髪をした、荒くれ者が集う冒険者ギルドには場違いなほど整った容姿をした女性だった。

 その女性はフィオンが来たのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり口を開いた。

「来たな。それでは話を始めるぞ」

 見慣れる女性の、はじめから知り合いであるかの様にフィオンは驚き、目を白黒させる。

「どうかしたか?」

 見慣れぬ女性はフィオンの驚きの表情に疑問を持ったのか、そう問いかけてきた。

「えっと、どちら様ですか?」

 いくら記憶を探っても、目の前の女性と合致する女性の名前が浮かばず、フィオンは素直に問い返した。

 そんなフィオンと女性のやり取りが面白かったのか、ラシェイは小さく笑った。フィオンの返答で何かに気付いたのか、女性は眉間に手を当てため息を付いた。

「すまなかった。しっかりと顔を見せて話さなかったな。私はエリスだ」

 『エリス』そう名乗られて、改めて誰であるか記憶を探ると直ぐにその姿が合致し、改めて鎧越しでない姿を今まで見ていなかったことに気付いた。そして、想像していた姿と大きくかけ離れていたことに驚く。

 エリスには悪いが、フィオンはもっといかつい女性の姿を想像していた。

「話を戻すぞ。この数日で休養はとれたと思う」

 エリスは一度咳払いをして、そう切り出した。それによって少し見とれていたフィオンは、正気を取り戻す。

「おかげさまで、ちゃんと休むことができました」

「前に比べて見せられる様な顔になったな」

「その節は、どうもありがとうございました」

 フィオンは一度小さく、ラシェイに向かって頭を下げ、感謝の意を伝える。

 今にして思えば、先日のフィオンの行動はどうかしていたと思う。体の疲労も抜けきらず、自身を責めるように行動していい結果なんか得られるわけはなかった。

「そう思うなら、それなりの今度、それなりの誠意ってものを示しておらおうかね」

 ラシェイはちょっとだけ嫌味な笑みを浮かべで、フィオンの肩を叩いた。

 そんな二人のやり取りを遮るように、エリスが再び咳払いを零した。

「君たちの間に何が知らないが、話を進めさせてもらっていいか?」

「おっと、すまない」

 おどけた様に平謝りをするラシェイに、エリスは一度鋭い睨みを向ける。

「では、話すぞ。わかっていると思うが仕事の話だ。数日前、人間領、ドワーフ領の間に立つブレスタード要塞の辺りでオークの一団が確認された。詳しい数は不明だが、おそらく200以上。報告を受けた日時から考えて、もうすでに要塞は陥落していると思われる」

 『ブレスタード要塞』。エリスが口にしたその名前からフィオンは、自分の知識と照らし合わせ地図上のどの辺りかを探る。フィオンの記憶が正しければ、その要塞は、ここミラドールから北東に五日ほど歩いた場所にある要塞で、サーベル・ピークと呼ばれる人間領とドワーフ領を隔てる山脈にある要塞だ。人間領と魔王領との境――通称前線からは少し距離があるが、サーベル・ピークを北にたどるとそのまま魔王領にあたるため、完全につながりがないという場所ではない。

「そこで、ブレスタード要塞を管理している貴族からの要請で、冒険者ギルドは冒険者を募って遠征軍を組織することになった。私たちはこれに参加するつもりだ」

 概要を言い終えると、エリスは一度息を付き、再び口を開いた。

「で、だ。お前はどうする?」

「どうするって?」

「参加するか、しないか。だ」

「俺は、エリスさんのPTパーティに入りましたよね? なら、参加しなくちゃいけないんじゃないですか?」

「普通に考えればそうなるな。けど、君は私のPTに入ったのは、半ば勢いによるものだ。それで、そのまま危険度の高い仕事に連れて行って、死なれるのは寝覚めが悪いからな。だから、参加するか、しないか。君自身も判断してほしい」

 淡々と語るエリスの態度。それは、フィオンの安全を考えての事だろう。けれど、それがフィオンには少し悔しかった。

「それは、この仕事は俺には荷が重いってことですか?」

 少し怒気を孕ませた声で、フィオンは聞き返した。

「そういうことでではない。さっきも言ったが、君が私のPTに入ったのは半ば勢いによるものだ。だから、改めて問いたい。

 私と共に進むか? ここに残るか?」

 嘘の言葉を許さないかのような、鋭い視線をフィオンへと向けて、エリスは問いかけてきた。

 突き刺すような鋭い視線を受けながら、フィオンは然りと視線をそらすことなく答える。答えは既に決まっている。

「ブレスタード要塞のオークを倒さなかったら、そこからやってくるオークたちによって、多くの人が死ぬことになるんですよね?」

 オークたちはもっとも闇の軍団と関わりの深い種族だと言われている。

 ブレスタード要塞は魔王領と直接山道や坑道よるつながりはない。けれどオークたちがサーベル・ピークを越えてやって来たことを考えると、魔王領からブレスタード要塞へいたる道がある可能性が高い。もしそうなら、今後ブレスタード要塞を足掛かりに、そこから人間領とドワーフたちが住む領域――ドワーフ領に攻め込んでくる可能性が出てきてしまう。そうなれば、前線に兵力が集中している今、人間達の領域に大きな被害が出る可能性が大きい。

「そうなる可能性は高いな。けど、君一人の戦力が増えたところで、結果が変わるわけではないぞ」

「わかっています。けど、誰かを助けるための力に、少しでもなれるのなら、俺はそれを選ぶ。……参加するよ」

 手を握りしめ、フィオンは強くそう答えた。

 それを聞いたエリスは、そっと目を閉じ、小さく息を吐くと「わかった」と答え、今まで張りつめていた緊張を解いた。

 それにつられる形でフィオンも緊張を解き、ほっと息を付いた。

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