安息日Ⅶ

 アリエルとフィオンが食事を済ませダリウスの店を出たのは、日がだいぶ傾き始めたころだった。

 店を出るとアリエルは体を大きく伸ばし、長時間座りっぱなしで固くなった体をほぐした。

 初めて目にする料理ばかりだったためか終始フィオンからの質問攻めにあってしまい、考えていた以上にダリウスの店に拘束されてしまった。

 アリエルから遅れるようにして出てきたフィオンは、今日昼ごろ見た時より少し晴れたような表情をしていた。

「満足してくれたかな?」

 店から出ると直ぐに現在時刻の確認の為、懐中時計を取り出し時刻を確認しているフィオンに簡単な感想を訪ねた。

「料理ってこんなに種類があるなんて知らなかったです。美味しかった。それと、楽しかったです」

「そっか。それならよかった」

「なんか、大分時間を取らせちゃったみたいで、すみません」

「気にしなくていいよ。どこ行くかとか決めていたわけじゃないし」

「でも、結局俺の為に時間取らせちゃったわけだし……」

 時間が立ち自分の置かれた状況を振り返ったのか、申し訳なさそうにフィオンは謝罪を口にした。

「まぁ、でも、そのおかけで面倒な仕事をしなくてよくなったわけだし、やっぱり気にしなくていいよ」

 半ば押し付けられたことではあるが、フィオンとの食事は悪いものではないと思った。

「それより、それ、時計?」

 アリエルが、フィオンが手に持つ懐中時計を指さして尋ねた。

「そうだけど……珍しいものだった?」

 フィオンはアリエルが見やすいように懐中時計を掲げて見せた。精緻な造りで、白色の盤面に金の数字が刻まれた文字盤の上を、秒針が秒刻みに時を刻み、それに合わせるように分針が少しずつ動き、短い時針が今は動かず現在の時刻を示していた。さらに時刻だけでなく、文字盤の一部がくりぬかれており、日付と曜日まで正確に記していた。これほど精緻な造りの時計が、それも手に収まるほどの大きさで存在すものなのかと、アリエルは目を奪われてしまった。

 時計などの高度な技術を要する工芸品は総じて高く、おおざっぱな造りの時計でさえ一般的な人の手には渡らない。持っているのは収入が多い冒険者か、貴族や王族、豪商くらいなものだ。決して駆け出しの冒険者が持つようなものではない。

「珍しいモノというか……自分で買ったの?」

「これは……マス――育ての親だった人の形見なんだ」

「そ、そうなんだ」

 予想外の答えに、アリエルは戸惑ってしまった。アリエルは今までのフィオンの話から、およそ人間らしい生活からは離れた環境で生きてきたと考えてしまっていた。どうやらその考えは違ったらしい。

「フィオンさんの、マスターさんってどんな人なの? なんだかすごく変わった人みたいだけど」

「変わった人……だったと思う。けど、何で? そんなこと聞く?」

「なんでって……あぁ」

 改めてなんでそんなことを聞くのか問われ、アリエルは少し困ってしまった。知りたいのは単純に興味だろう。けれど、改めて問われなぜそこまで興味を持つのだろうかと考えてしまった。

 おそらくアリエルは、フィオンの生い立ちが気になるのだろう。今日一日であるが、面倒を任された為か、このどこにでもいそうな青年が、なぜ危険な冒険者という仕事をしているのか気になってしまった。

 今、魔王の復活などで世界は揺れている。けれど、だれもが危険な冒険者という仕事をしなければならないほど人手が不足しているわけではない。生き方はいろいろある、なのになぜフィオンは冒険者になったのだろうか? それが気になってしまった。

 昼間見た、苦しそうで悲しそうなフィオンの表情が思い出される。なぜあそこまで思いつめながら、冒険者をやっているのだろうか?

「フィオンさんが今までどんな生活をしてたのかなって、ちょっと気になっちゃって。私、ミラドールで生まれて、ほとんど外に出たことってないんだ。だから、変わった生活をしてる人の話って、ちょっと気になっちゃって」

 素直に理由を口にすることがどこか躊躇われ、アリエルは本心とは少し違う答えを返した。

「話しにくいことだったら、無理に話すことはないけど」

「あ、別に嫌なことってわけじゃないから、大丈夫だよ。ただ……ここで話すことじゃない気がして……」

 フィオンは半笑いの表情を浮かべ、先ほど出てきたお店の方へと視線を向けた。アリエルもフィオンにつられ、ダリウスの店の方へと視線を向けた。

 アリエルが視線を向けた店の扉は、少しだけ開かれており、その隙間から見知った男性が覗いていた。

 会話に熱が入り忘れていたが、ここはダリウスの店の目の前で道端だ。長話をするにはいろいろと迷惑をこうむる場所だということを思い出さされた。それといらぬ誤解が生まれそうだと思った。

「場所、移そうか」

 アリエルはそうため息交じりに告げると、移動するように促した。

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