安息日Ⅵ
木製の扉を開くと、カランカランと扉に備え付けられた鈴が鳴る。
「いらっしゃい」
アリエルとフィオンが、扉をくぐり中へ入ると、鈴の音で客が来たことに気付いたのか、部屋の奥のカウンターの奥から焼けた肌の男性の店主が声をかけてきた。
「お、アリエルじゃないか。こんな時間に来るのは珍しいな」
店主は客がアリエルであることに気付くと、表情を少し崩し親しみのある笑みを浮かべた。
アリエルとフィオンがやって来たのは、アリエルの昔からの知り合いが開いている店で、アリエルのお気に入りの店の一つだ。
「まぁ、いろいろあってね……。ダリウスさん、席空いていますか? 2人分お願いします」
「ちょうど外の席が空いているからそこを使いな。今日は天気が良いから、ちょうどいいだろ」
店主はざっと店内を見回しそう告げると、アリエルの後ろに続いて店に入ってきたフィオンの姿を見ると、嫌味な笑みを浮かべた。
「それにしてもあのアリエルちゃんが男連れとはね……知らない間に成長してたんだな」
店主は一人で何かに納得し、うんうんと頷いた。
「そんな関係じゃないので変な憶測はしないでください。じゃ、外の席使わせてもらいますね」
よからぬ憶測で問い詰められるのが面倒だと考え、店主にそう告げるとフィオンの手を引き、強引にその場を後にした。
昼の日差しと穏やかな風が心地よく、店のテラスに設けられた席はとても良い環境だった。
強引に連れ出したフィオンをテラスの席に座らせるとそれと向き合うようにして、アリエルは席に着く。そして、席に着くとわざとらしく、ため息を付いて見せた。
「なんか、すみません。変な誤解をさせちゃったみたいで」
席に着いたアリエルにフィオンが申し訳なさそうに謝罪をよこした。
「ああ、気にしなくていいよ。そもそも誤解されて困るなら、ここへは連れてきてないよ」
アリエルは問題ないよと、笑って答えた。
「それより、何か食べたいものとかってある?」
「食べたいものと言われても……」
フィオンは何かを探すかのようにきょろきょろとあたりに視線をさ迷わせた。
「あそこの黒板にメニューが書いてあるから、そこから選ぶといいよ」
アリエルにメニューの書かれた場所を教えられると、フィオンはすぐにそちらへ目を向けた。そして、しばらくメニューを見つめると少しずつ表情を歪めた。
「ごめん。注文はアリエルさんに任せていいですか? ちょっと何かいてあるか判らない」
「あれ、文字は読めるよね」
「読めますけど……料理の名前? とかだけだと何が何だかわからなくて……」
「ほんとに何も知らないんだね」
少し前の会話で、食事などに関してほとんど知識がないと話していたが、改めて何も知らないのだと驚かされた。
フィオンはそれに対して申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ダリウスさん!」
大きな声で店主の名前を呼ぶと、奥の方で嫌らしい笑みを浮かべこちらを覗いていた店主が、アリエルたちの机の方へとやって来た。
店主がやってくるとアリエルは、パスタやピザなどいくつか料理を頼んだ。
料理の注文を終えると店主はまたあの嫌らしい笑みを浮かべた。
「なんだ、兄ちゃん。もう尻に敷かれてるのか? そんなんじゃ飽きられてすぐ捨てられちまうぜ」
店主に詰め寄られるようにして尋ねられたフィオンは少し困った表情を浮かべた。
「ダリウスさん! さっきも言いましたが、私と彼はそういう関係じゃありませんから!」
アリエットは再度釘をさすように、強く言い放つ。
「何にもないってことはないだろ? アリエルが男と食事なんて初めてのことだし」
「ち・が・い・ま・す!」
いい加減鬱陶しくなってきたので、怒気を孕ませた声でアリエルは否定した。
「じゃあ、そういうことにしておくよ」
面白くないと落胆して見せると店主は踵を返し、調理場の方へと歩いていく。そして、一度立ち止まり振り返ると、またあの嫌らしい笑みを浮かべ「ごゆっくり」と一言こぼした。それに対し、アリエルが人睨みすると逃げるようにして立ち去った。
それを見届けるとアリエルは再びため息を付いた。
「なんか、愉快な人ですね」
面倒なおじさんの相手をして少し疲れたと思い、息を付いたアリエルにフィオンがそう声をかけた。
「いい人なんだけどね……たまに変なことでしつこかったりするのがね……」
「だいぶ愛されてるんですね」
「え……」
「なんかいろいろ気にかけてもらっているみたいだし、あの人がアリエルさんと話しているとき、すごく楽しそうだった」
「ああ、そういうこと。なんだかんだで小さき頃からの付き合いだからね。親戚みたいな感覚かな? でも、そういうもんじゃない?」
アリエルが問いかけると、フィオンは視線を外しどこか遠くを見つめ、寂しそうな表情を浮かべた。
「そう……なのかな……」
「聞いちゃまずかったら謝るけど、気になったから聞くね。フィオンさんは家族とかっていないの?」
アリエルは意を決し尋ねた。
冒険者は傭兵などと同様、危険に身をさらすため死亡率が高い。それも、容赦をしない魔物相手の仕事であるため、傭兵以上に死の危険性がある。そのため報酬も高額となる。それ故に、身寄りのない者、前科を持つ者などが冒険者となることが多い。
フィオンが育ての親の事を『主人』と呼んでいたことが少し気になった。もしかしたらフィオンは奴隷やそれに近い立場だったのかもしれない。そう思った。
「家族は……もういないかな。あ、生みの親って意味の家族なら、どこかで生きてるんじゃないかな?」
フィオンが最初に『家族』と口にしたとき、酷く寂しそうな表情を浮かべていた。次に『家族』と口にしたときはその表情は消え失せ、どうでもいいかのように答えた。
「フィオンさんはも――」
「へい、お待ち」
アリエルが口を開き次の質問を口にしようとしたとき、ちょうど来上がった料理を持ってきた店主が割って入った。
「頼んだものはこれで全部か?」
店主に尋ねられ、意表を突かれしばらく呆然としたアリエルは我に返った。机に並べられた色鮮やかな料理を見つめ、頼んだ品が届いているか確認をする。
「あ、うん。これで大丈夫」
「そうか。じゃ、ごゆっくりな」
立ち去るときに店主はまたあの嫌らしい笑みを浮かべ、そう告げた。今度ばかりはアリエルは何かを返す気にはならなかった。
料理場の方へと戻っていく店主を見送った後、視線をフィオンの方へと戻すと、フィオンはすでに赤、白、緑と鮮やかに彩られた料理に目を奪われ、子供の様に目を輝かせていた。そんな姿に、アリエルは毒気を抜かれたかのように、先ほどの話の続きをする気持ちにはならなかった。
「切り分けるから、食べようか」
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