安息日Ⅴ

 アリエルにとってフィオンは、よくいる冒険者の1人に過ぎなかった。

 フィオンが初めて冒険者ギルドに訪れて、冒険者ギルドについてあれこれレクチャーをしたなどの縁で、顔を合わせれば挨拶もするし、世間話もするが、それでも多くいる冒険者の中の1人に過ぎない。

 そのうちフィオンはこの街を離れ、顔を合わせなくなり、記憶の片隅に置かれる、そんな冒険者の1人だと思っていた。

 けれどフィオンにはどこか目が離せないような危うさがあった。通常冒険者は2から4人程度のパーティを組んで活動している。それは、人間よりはるかに身体能力の勝る魔物と安全にたたかくための処置だ。けれどフィオンは、冒険者となって日が浅いこともあってかパーティを組まず1人で活動していた。それも、お世辞にも上等と言える装備を持たずに、さらには一人前の冒険者とは程遠い体つきでだ。

 一応冒険者ギルドで冒険者として認められるために、簡単な体力テストなどが行われ振るいにかけられるが、フィオンの外見からではそのテストを突破できるか怪しいレベルだった。

 魔王の復活で冒険者を含む兵力需要が上がったために、ギルドの体力テストの合格ラインが下がったという噂があるが、フィオンが合格できたのはそのためかもしれない。

 フィオンは見るからに冒険者としてやっていけるようには見えない。簡単な依頼でコロッと死んでしまわないかという危うさがあった。

 どこか歴史を感じさせるような、くすんだ色の石造りの家々が並ぶミラドールの街の中を、どうしようかと考えながらアリエルは、一度視線を自分の後ろを付いてきているフィオンへと向ける。

 強引に連れ出したフィオンは今のところ文句を言わずについて来てくれた。

 フィオンは心ここに非ずといった具合で、道端から見えるミラドールの街並みを眺めていた。

「ねえ。フィオンさんって普段昼食とかどうしているの?」

 ギルド会館を出てから今まで会話がなく、どうにか会話のきっかけをつかもうと、アリエルは話を切り出した。

「……あまり気にしたことないかな。ギルドの近くにある……名前なんて言ったっけ? 鶏の看板が掛けられている店の一番安いものを頼んでる」

 空返事様な力のない声でフィオンは答えた。

 フィオンが口にしたギルド会館の近くの鶏の看板の店は、このあたり一帯で一番安い店で、安い代わりにまずいという評判のも店だった。内装も褒められたものではなく、値段相応の店で、冒険者になるためにミラドールへ来たばかりの者や、仕事がうまくいかず収入が少ない人が利用する店だ。

「あそこの料理よく食べられるね。そんなにお金無いの?」

 アリエルも怖いもの見たさで、一度例の店に入ったことがあるが二度来たいと思えるようなものではなかった。

「そんなに味が悪いものなんですか? どこも同じだと思ってた……」

 興味を持ってくれたのか、フィオンはこちらに視線を向け返事を返してくれた。

「あそこより味が悪い店は少ないよ……。美味しくないと思わなかったの?」

「とくには……まともに調理された食べ物って、今までほとんど食べたことなかったから」

 フィオンの返答にアリエルは少し驚いてしまう。

「フィオンさんってどこの生まれなんですか?」

 冒険者の多くは遠くの地方からやってくる。そのため、やって来た街の料理などが口に合わないという話はたまにある。フィオンが例の店の料理の味に疑問を持たなかったのはそのせいなのかと、アリエルは考えたが、そもそも調理された料理をほとんど食べたことが無いということが異常な気がした。フィオンがどのような環境で育ったのか、少し気になり尋ねた。

「イストランズの辺りだったかな……ワイルヘイドって村が近くにあった」

 イストランズはここミラドールより南東の方にある地名だ。魔王領からは遠く離れ、今はまだ魔王復活の影響をほとんど受けていない地域だ。ワイルヘイドという名前は、アリエルの記憶にはない名前だった。

 魔王領と人間たちが住む領域の境界のあたり――通称前線では魔物や闇の軍団の進行による影響で、まともな食事にありつけないという話を聞いたことがある。もしかしたらフィオンはそのあたりの生まれなのかと考えたが、どうやら違ったらしい。

「イストランドのワイルヘイド……聞いたことないなぁ。田舎だったりするのかな?」

「どうだったかな……。村の中で生活していたわけじゃないし、頻繁に出入りしていたわけじゃないから、どういった所かよく知らないんだ」

「変わったところで生活していたのかな……?」

「マスター……育ての親が世捨て人みたいな人だったんだよ。だから、人を避けて生活してたんだ。マスター……育ての親が食に無頓着な人だったから、香辛料を塗した肉を焼いて食べるとか、そんなのばかりだった」

「なるほどね。なら、ちょうどよかったかな」

 フィオンが語った境遇の一端で、フィオンが今までどのような環境で生活してきたか少し理解できた。それならとアリエルはこれからの行先を決める。

「私お勧めの美味しい料理屋さんに行きましょうか」

 一度フィオンの方へ振り向き、わざとらしく可愛く笑って見せながら、そう告げた。

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