安息日Ⅳ

 嵐のように名の知らぬ冒険者――ラシェイが去っていた後、ギルド会館のホールの一角、冒険者向けの依頼が張り出された掲示板の前にはアリエルとフィオンだけが取り残されてしまった。

 半ば強制的に押し付けられた事態に、どうしたものかとため息を付く。

 先ほどの男性が言うように、冒険者ギルドの職員には、冒険者が危険ななことを行わないように監視することがある。通常は上の役職の人などからそういう仕事を与えられる形で行うが、場合によっては職員の独断で監視に付くこともあるが稀である。

 通常の業務があるためこの場を離れるわけにはいかないが、先ほどの男性が言うように監視という名文句でフィオンを見ていていいものかと、先ほど去って行った男性を目で追った。

 先ほどの男性はギルドの受付などをするカウンターで、他のギルド職員と何かしらのやり取りをして、一度こちらを注視した後アリエルからかすめ取った書類などを話していたギルドの職員に手渡した。書類を受け取った職員は、特にこちらを攻めるような対応を取ることはなかった。どうやらこの場を離れても問題なさそうだった。

 改めて面倒事を押し付けられたとアリエルはため息を付いた。

「なんか、見ていろって言われちゃったけど、どうする?」

 出来の悪い笑顔を浮かべながら、とエリスえず一緒に取り残されたフィオンに問いかけた。

「無理に付き合う必要はないよ」

 問いかけられたフィオンは、少し未練がましそうに掲示板に目を向けながら答えた。

(付き合う必要はないって言われてもね……こんなの放って置けないよ)

 今日のフィオンはどこか影があり、放って置くと何か自ら危険を冒しそうな危うさがあった。

 アリエルは一度大きく呼吸をすると、押し付けられたとはいえ受けたからには、何とかするかと気持ちを入れ直した。

「ねえ、フィオンさんは昼食をもう済ませた?」

「いや、まだですけど……」

「ならさ、どこかで一緒にお昼食べない?」

 そういいながらアリエルは笑顔を浮かべながら、フィオンの背中を押し、強引にギルドホールの外へ向けて歩かせた。

「いいよ。無理に付き合わなくて」

「そういわず。一昨日の約束をすっぽかされた埋め合わせってことで」

「それは……すみません」

 多少粘るかと思われたが、あっさり折れてくれたので、アリエルはとあえず無難に食事ということでフィオンを連れ出すことに成功した。


 フィオンとアリエルがギルド会館から出ていく姿を見届けるとラシェイは小さくため息を付いた。

 とりあえずどうにか、アリエルが少しの間仕事を抜ける間を埋めるように、他の職員にお願いを取り付けることができた。その際少しばかりチップを支払わされるはめになってしまった。

 改めて自分のお人好しな行動にため息を付いた。

「どうした? ため息なんかついて」

 ちょうどラシェイが自身の行動を反省していると、ギルド会館の奥へと続く通路から、黒地の神官服に身を包んだ一人の女性――エリスが歩いて来て、ため息を付いていたラシェイに声をかけた。

「いや、なんでもない。それより何かわかったか?」

 あれこれ聞かれるのは面倒だと思い。本来ここへ来た目的を訪ね、聞き返した。

「今のところは何も、調べては見るそうだ。ミラリアの住人についてはギルドの方で何とかしてくれるそうだ」

「なら、とりあえずは安心なわけか」

「まだ何とも言えないけどな」

 そう答えを返すとエリスは難しい表情をして、口を閉ざした。

「なあ、ちょっと聞いていいか?」

「うん? なんだ」

「なんであいつ。フィオンだっけ、あいつを引き込んだんだ?」

 ラシェイとエリスの元で仕事をするようになってから、半年ほどでさほど長い間柄ではない。けれど、ラシェイはエリスが極力他人と距離を置きたがることは理解していた。少なくとも今までに、エリスが他の冒険者と一時的に行動を共にすることはあっても、長期的なパーティを組むことはなかった。少なくともラシェイがエリスと共に行動するようになってからは、一度も目にしたことはなかった。

 ラシェイは今でこそ冒険者の様にふるまいエリスと共に行動をしているが、あくまで傭兵であり、エリスも徹底して雇い主としての態度をとっている。そのため、冒険者仲間と言えるような親しい間柄と言えるようなものではなかった。

 それほどに他者と距離を置くエリスが、すんなり、それも自分からパーティに誘ったことが不思議に思えた。

「なぜそのようなことを聞く?」

「さっき尻拭いをさせられたばかりだからな、ちょっと気になって」

「そうだな……」

 ラシェイに尋ねられるとエリスは言葉を選ぶように考え込むと、少ししてから口を開いた。

「お前は、勇者とはどんなものだと思う?」

「は?」

 エリスから思いもよらない答えが返ってきた、ラシェイは思はず上ずった声で答えてしまった。

 ラシェイのその反応を見てかエリスは小さくクスリと笑うと「すまない。今のは忘れてくれ」と訂正した。

「ただの気まぐれだ。そういうことにしてくれ」

 結局はぐらかされてしまった。

「とりあえず今日はこれで解散だ。二日は自由にして問題ないだろ。では、仕事を頼むことになるようなら追って伝える」

 そう言い残すとエリスはゆっくりと、銀の髪をなびかせながらギルド会館を出ていってしまった。

 共に仕事をするようになってから半年。長くはないが、それにしても彼女に対して知らないことが多くあるとラシェイは改めて思い直した。

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