安息日Ⅲ
手にした時計の時針が12の文字に過ぎた頃、フィオンは冒険者ギルドのギルド会館の前に立っていた。
フィオンが普段ギルド会館へ赴くときよりも遅い時間だった。
一昨日から昨日にかけてあったごたごたの為にたまった疲労からか、いつもより長く眠ってしまい、普段より遅くこの場所へ来る形になってしまった。
今もまだ疲れが抜けきっていないのか、体にけだるい痛みが残っていた。
冒険者は仕事柄規則的な生活をしないため、決まった時間にギルド会館へ来なければならないなどの制約はなく、定期的に顔を出さなければならないという決まりもない。そのためフィオンがギルド会館へ来なければならない理由があるわけではなかった。
通常冒険者は魔物討伐などの仕事を行った後は1日2日休息を取るのが普通であり、前日討伐を行い疲労が残っているフィオンがこの場所絵来るのはおかしな話だった。それでもフィオンはなんだかじっとしていられず、気が付くとこの場所へ足を運んでいた。
現在時刻の確認を終えたフィオンは、手にしていた精緻な造りの懐中時計の蓋を閉じ懐にしまうと、ギルド会館のギルドホールへと足を踏み入れた。
普段来ることのない昼ごろのギルドホールは、普段目にするより人が多く賑わっていた。みな普段と変わらず明るく話を交わし、賑わっていた。その普通の光景がフィオンにはどこか遠くに思えた。
昨日見たミラリアの光景が脳裏にこびりつき、今までの様に笑える気がしなかった。
そっとフィオンは、ギルドホールの入り口から見えるいつも通りの景色から目をそらし、まるで逃げるようにホールの一角に備え付けられた大きな掲示板へと足を向けた。
冒険者あての依頼書などが張られた掲示板。フィオンはまるで追い立てられるかのように、何か冒険者の仕事を探しここへ赴いたのだ。
大きな掲示板を見上げ、何か直ぐにでもとりかかることができる仕事ができないかどうか探し始める。
そうして掲示板を眺めていると、フィオンの肩を誰かが叩いた。
フィオンが振り返るとそこには見知った顔のギルド職員――アリエルが立っていた。
「こんにちは。今日はいつもより遅く来たんだね」
「あ……えっと、昨日いろいろあって寝るのが遅くなっちゃったから……」
普段通りの笑顔を浮かべ挨拶をするアリエルに対し、フィオンはどうにもうまく笑顔で返せず、どうにかぎこちない笑顔を浮かべ、そう答える。
「あ、聞いたよ。一昨日あの後、オーガ討伐に出たんだってね。私、ちょっと期待して待ってたんだから、急用があるなら一言言ってほしかったな」
多少わざとらしく、膨れて見せるアリエルの表情がどこかまぶしくて、フィオンはアリエルから視線を逸らし「……ごめん……なさい」と小さく答えた。
「別に怒っているわけじゃないから……どうかしたの?」
いつものと違うフィオンの様子に気づき、アリエルが眉をひそめた。
「別に気にするようなことじゃないよ」
いつも道理接するアリエルを避けるかのように、フィオンはそう言い切ると、すぐさま踵を返し依頼書が張られた掲示板へと向き直った。
そんなフィオンの態度が気に食わなかったのかアリエルは少し怒気の孕んだ声で「そういういかにも何かありましたって態度取るなら、話してくれればいいのに」とこぼすが、フィオンはそれを無視する。
ずっと頭の中がもやもやしていた。自分の無力さを知り、それでも何かできないかともがき、どうしていいか判らずにいた。それでいて、誰かに頼ることができず、どうしようもなく逃げるように、何も考えなくて済むように冒険者の仕事がほしかった。
ちょうどいい依頼書を見つけた。近くの村の魔獣討伐の依頼だった。
討伐対象の魔獣がなんであるかの詳細は書かれていなかったが、あまり深く考えずに行えそうな依頼だったため、それに決めフィオンは依頼書を手に取るため手を伸ばした。
けれどフィオンの手は、その依頼書に届くことはなかった。フィオンが伸ばした手は、横合いから伸ばされた手に掴まれ、阻まれてしまった。
「女性にああいう態度をとるのはあまり感心しないな」
自分の手を掴んだのが誰なのかと視線を向けると、そこには昨日一昨日とエリスと共に行動していたラシェイだった。
「何か用ですか?」
唐突に割って入ってきたラシェイに対しフィオンは恨めしそうに視線を向ける。
「特に用はないさ。ただちょっと気になることがあってな。そう言うお前は、何でこんなところに居るんだ? 昨日あれだけ派手に動き回ったってのに」
「あなたには関係あれませんよ」
フィオンは軽く腕を振るい、つかまれていたラシェイの手を振り払う。
「関係ないと言えば関係ないかもせれないな。けど、お前エリスと共に行動するって約束したんだろ? なら、あまり所在がつかめないような形にはしてほしくないな」
「……依頼を受けるだけですよ」
「そんな体でか?」
「いけませんか?」
「ダメだな。それだけ疲労がたまってるなら体を休ませろ」
頭では理解できてもどうしてもそういう気持ちに成れないフィオンは、ラシェイの言葉に素直に従えなかった。
素直に従わないフィオンの態度を見て、ラシェイは小さくため息を付く。
「そこの……御嬢さん」
そしてラシェイは、フィオンの直ぐそばに立っていたアリエルに声をかけた。
「え、私ですか?」
「そう。あんた、名前は?」
「アリエル、です」
唐突に呼ばれたアリエルは少しうろたえながら答えを返す。
「アリエルさん。ちょっとこいつの面倒を見てくれないか?」
「私、仕事があるんですけど……」
「ギルドの職員なら、冒険者が危険な行動をしないかって監視の仕事とかあるだろ、それだと思って頼まれてくれないか?」
「けど仕事が……」
「そこは俺が何とかするから、大丈夫」
有無を言わさぬように半ばひったくるように、ラシェイはアリエルが手にしていた書類を取り上げる。そして、アリエルの肩をたたき「あとは任せた」と告げると逃げるように、ギルドホールの受付の方へ歩いて行った。
「ちょっと、勝手なことしないでよ!」
逃げるように早足で去っていくラシェイの背中にアリエルは、怒りのこもった声をぶつけた。それに対しラシェイは背中を向けたまま、軽く手を振ってこたえるだけだった。
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