新米冒険者フィオンⅩ
時がたちあたりが白み始める。そろそろ日の出だろう。
辺りの燃え盛っていた家々は、燃料を燃やしつくしだいぶ鎮火してきていた。そのせいか本来の肌寒い朝の気温を取り戻し始める。
そんな中フィオンは一人ミラリアの村の広場にうずくまっていた。
結局何もできず、助けられる形になってしまった。それが悔しくて情けなかった。
「よ~。生きてるか~」
間の抜けたような声をあげながら、焼け崩れた廃墟の間を縫ってラシェイが顔を出す。
「外の方は片付いたのか?」
辺りに危険がないか周辺警戒と生存者の確認などをしていた騎士が、広場にやって来たラシェイに気づき声をかけた。
「少し危なかったが、何とかなったかな。そっちは」
「こっちはとうに片付けた。山火事などは大丈夫そうか?」
「乾季じゃないのが幸いしたな。たぶん問題ないだろう」
そういうとラシェイは一仕事終えたとばかりに大きく伸びをして、体をほぐした。
「で、あいつは何やってるの」
ラシェイが広場の一角でうずくまったまま動かないフィオンを刺して尋ねる。
「気にしなくていい。それより、死体の処理をしたい。手伝ってくれ」
尋ねられた騎士は冷たく言い返す。
「相変わらずまめなことで……集めるだけでいいのか?」
先ほどから騎士が一か所に集めていた、住人の死体の山に目を向ける。
「個別で処理できるような状態じゃない。まとめて行う」
「気分いいものじゃないな……相変わらず」
「だからと言って、放置するわけにはいかないだろう」
「愚痴だよ、愚痴。こうでも言ってないとやってられない」
そうぼやきながらラシェイはあたりに散らばる、かつて人だった人の腕や足、胴体などを集め始めた。
「これは……ひどいな」
焼け崩れた廃墟の一角でラシェイは何かを見つけたらしく声を上げる。
「形が残っているだけまだましな方だ」
ラシェイの声に呼ばれてやって来た騎士が、ラシェイが見つけたものを目にして答える。
「でも子供だぜ……しかもごご丁寧に足の腱を切ってある……どうしてここまでするかね」
途方にくれるフィオンの耳に飛び込んできたその言葉で、フィオンは意識を現実へと引き戻される。
ミラリアに戻ってきてからアリサとその家族をまだ見ていない。
ざっと辺りを見回す。助けられた安堵と、失ったものの多さに嘆き泣く住民達の姿が見えた。その中に見知った影は見当たらなかった。
『大丈夫だよ、アリサ。もう怖い事なんてないから。もし、怖いことがあったら、絶対俺が――お兄ちゃんが助けてあげるから』
アリサと交わした約束の言葉が頭によぎる。
魔物や魔王の闇の軍団から人々助けたくて冒険者になった。その最初に交わした約束。簡単な口約束みたいな約束。始めて助け出した少女との約束。それを守りたくて、危険を顧みずここまで来た。それなのに――。
嫌な想像が頭をかすめる。ラシェイ達が目にしたものがアリサだとは限らない。
気が付くとフィオンは立ち上がり、ラシェイ達が居る場所へと歩いていた。
現実を目にしたくない。見てしまったらきっと立ち直れなくなる。そういった恐怖がフィオンの足を鈍らせる。
それでも確認しないわけにはいかなった。無責任にアリサと交わした約束から目をそむけてしまっては、自分は『英雄』になど成れない。そんな思いが、今にも崩れそうな足を進ませる。
少しずつ近づいていき、騎士とラシェイが目にしているものが目に入る。
焼け崩れた家の入口の辺り、焼け崩れた家の中でがれきが積みあがっていない場所がった。そこに人の影が3つあった。
一つはがれきに半分ほど埋もれるようにして、歪に歪んだ男性の姿。もう一つは、家の入口から外へ向かってうつぶせに倒れた、胸のあたりから上を何かで押しつぶされたような女性の姿。そして最後は四肢と首とを胴を切り分けられた少女の姿だった。
少女の姿はどこかで見たことのあるような姿で、その体には殴打と小さな切り傷が見えた。それはフィオンが昨日の昼間助けたアリサの成れの果てだった。
「は……はは……」
フィオンの口から乾いた笑いがこぼれる。その声により、騎士はフィオンが近くまで来たことに気付き視線を向ける。
「来ていたのか。ちょうどよかった、手伝ってくれ……」
騎士がフィオンにかけた言葉は、フィオンに耳には届かなかった。
フィオンはよろよろと少女の躯の傍に歩み寄ると、膝を折るようにして崩れた。
そっと手を伸ばし、アリサの頬に触れる。その頬には人の様な温かみはなく、冷たいものだった。前に頭を撫でたときのようにくすぐったそうに笑うこともなく、にごり始めた虚ろな瞳をこちらに向けるだけだった。
フィオンはアリサの顔を両手で持ち上げ抱きしめた。
「知り合い。だったのか?」
首だけになった子供の頭部を抱え、涙を流すフィオンを見てラシェイが呟く。
「知らない。……憐みを向けるつもりもない」
悲壮感を漂わせるフィオンの背中に目を向けていたエリスは、フィオンから目をそらしながら答えた。
「ずいぶんと気にかけるんだな」
基本的に他人に興味を示さないエリスの、普段とは少し違う態度を見てラシェイは小さく呟く。
「何がだ?」
どうやら聞こえてしまったらしい。
「いや、なんでもない」
ラシェイは軽く受け流すと、紛らわすように野ざらしになっている亡骸を担ぎ、作業を開始した。
山間から太陽が顔をだしはじめ、辺りは明るさを取り戻し始める。
ミラリアの広場には多くの人の亡骸が集められ、小さな山を作っていた。その積み上げられた人の躯と焼けずに残った干し草などの山の前に、甲冑で身を包んだ騎士が立ち、火を放つ。
ゆっくりと点された火は燃え広がっていき、最後には山全体を包む炎になる。揺れ動く炎の前に立った騎士は、自らの剣を炎の前に十字架のように突き立てる。そして、ベルトポーチから小さな小瓶を取り出し、中身を炎へとまく。
『我、ホードに仕える者。女神シーリンどうか私の願いを聞き届けたまえ。
願う。今ここに彷徨える魂たちを、どうか神の身元へ導きたまえ』
騎士は手を合わせ、目を閉ざし、神の奇跡を降ろすための祝詞を口ずさむ。
赤々と荒れるように揺れる炎が、少しずつ穏やかになり、赤から青へと色を変えていく。聖職者が用いる『
ゆらゆらと燃える青い炎の中に、多くの人の影が見える。その中にはバラバラになったアリサの姿もあった。
守れなかった。その後悔に打ちひしがれたフィオンは、焦点の定まらない瞳で、呆然と青い炎を眺める。
「守れなかった……」
ぽつりとフィオンの口から言葉がこぼれる。
「約束したのに……守れなかった」
誰かに慰めてほしかったのだろうか? それとも断罪してほしかったのだろうか? 誰に向けるでもなくぽつぽつとフィオンは言葉をこぼした。
「人は、非力だ。自分ひとり守る事さえ難しい」
祝詞をささげていた騎士が、フィオンの言葉を聞いてか、答えを返す。
「なら……どうすればいい」
『自分ひとり守る事さえ難しい』フィオンは結局、誰かを助けるどころか、自分が助けられるありさまだ。それだけ無力だった。
誰かを助けたくて今までやって来た。けれど、自分さえ守れないほど非力だった。
「力を付けるしかない。自分と、自分以外の誰かを守れるだけの力を――そうでなければ、だれも救えない」
騎士は少し前に語った言葉と同じような言葉で答えを返した。
「結局……そうなのか」
何も言い返せなかった。無力だったから誰も助けられなかった。その事実だけが、胸を抉る。
「なら、お前はどうする?」
アーメットで表情の隠された顔で、騎士は振り返りそう問いかけてきた。
「無力な自分を嘆き、ここで朽ちるか? それとも、故郷へ帰るか?」
感情を見せない、冷たい声だった。
「もし、ここで朽ちると言うのなら、私がここで、お前の首を刎ねてやってもいい」
騎士は突き刺したロングソードを引き抜き、フィオンの首筋に当てる。血糊のついた剣は、生々しく微かな殺意がこもっているように思えた。
フィオンは一度顔を伏せる。
死にたいほどに、悔しく後悔していた。けれど、死にたいとは思えなかった。
すべてを否定されたような気分だった。けれど、諦めたくはなかった。フィオンが憧れた『勇者』や『英雄』はすべてがうまくいったわけではない。大きな困難が立ちはだかり挫けそうになるようなことだってあったはずだ。けれど彼らは諦めなかった、だから彼らは『勇者』に『英雄』に成れたのだと思う。だから、フィオンは諦めたくなった。
ぎゅっとこぶしを握りこむ。そして、口を開いた。
「……約束したから、守るって」
顔を上げ、焦点を結び、目の前の人物を見つめる。
「だから……俺は、諦めない」
今は無力でも、いつかは誰かを救えるだけを力がつけられると信じて、フィオンは強く、強く力を込めて言葉を紡いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます