新米冒険者フィオンⅧ

 1時間。体を休めるための時間が、焦りからひどく長く感じられた。

(感情を落ちつけろ。こんなんじゃ何も集中できやしないぞ)

 今にも暴れだしそうな感情を、そう言い聞かせ押しとどめる。

 ふと、いつの間にか下を向いていた視線を上げ、騎士の方へと向ける。騎士は腰を下ろし、布きれで自分の剣にこびりついたオーガの血糊を落しているところだった。

「何?」

 フィオンの視線に気づいたのか、騎士は手を止め視線を上げた。

「あ、えっと。助けてくれて、ありがとう……。お礼、言ってなかったから」

 その場を取りつくるように、フィオンは慌ててそう返す。そして、そう言えばお礼をまだいっていなかったことを思い出す。

「感謝の気持ちがあるのなら、助けてもらったその命、無駄にするようなことはしてほしくないな」

 騎士は視線を再び手元の剣に戻し、手入れに戻る。

「だから他は見捨てろって言うのか?」

 騎士の発言がフィオンには気に食わず、思わずそう怒気を孕んだ声で返してしまう。

 自分の命がどうなろうと、一人でも多くの人を救いた。そう思うことはいけないことだろうか? フィオンはそう思った。

 フィオンの言葉を受けると騎士は再び手を止め、少しの間をおいてから口を開いた。

「君が誰かを助け、生きていてほしいと思うように、他の誰かも君と同じように、君を助けたいと思うし、生きてほしいと思う者もいる。君もまた、他の誰かにとっては、君が助けたいと思う誰かの1人なんだよ。それでも、君は自分の命を軽視するのか?」

 騎士のフィオンにとっての予想外の言葉に、フィオンは言葉を詰まらせる。

「なら……どうすればいいんだよ。俺は……誰かを守りたくて、冒険者になった。それは……いけないことなのか?」

「いけないわけじゃない。ただ、自分でない誰かを守るためには、それだけの力が無くてはならない。無力なままでも誰かを守ろうなど、そんな考えでは、だれも救えない」

 騎士の言葉はフィオンの胸に重くのしかかった。

 フィオンには大した力はない。それでも、何かできないかとここまで来たが、結局目の前の騎士に助けられなければ、誰かを助けるどころか、何もできないまま死んでいたかもしれない。

 フィオンは両手を強く握りしめ悔しさをにじませた。

「……あんたは……なんで冒険者になった。何のために冒険者をしているんだ……」

 少しだけ気になってフィオンはそう問いかけた。

 それに対し騎士は少し考えた後、口を開いた。

「私は、理不尽に死ぬしかない者たちを救うため。理不尽と戦う。それが私の誓いであり、贖罪だ」

 騎士は自分の剣を眼前に掲げ、剣に反射する自分と向き合うようにして、そう静かに返した。

 そして、騎士が返事を返してしばらくすると、闇の中からラシェイが音もなく戻ってきた。

「盛り上がっているところ悪いけど、とりあえず様子見は終えてきた」

 先ほどの少し沈んだ空気を打ち払うかのような明るい声で、ラシェイはそう言う。それに対し、騎士は一度鋭い視線を向け、ラシェイは苦笑いを浮かべる。

「それで、どうだった」

「オーガの数は7体ほど見えたな。幸い術者はいないみたいだ。それから猟犬代わりの狼が5ってところだ」

「それで村の方は?」

 騎士が尋ねるとラシェイはフィオンを一瞥してから、騎士に「いいのか?」と小声で尋ねる。

「構わない」

「あんまりよくないな。生存者はまだいるとは思うが……理由はわからんが、オーガたちはかなりむしゃくしゃしてたのか、やりたい放題やってやがる」

 フィオンの心中を察してか、少し言葉を濁しながらラシェイは状況を語った。フィオンはそのことを感じ取り、いてもたってもいられなくなり、それを押さえつけるかのように強くかみしめた。

 対する騎士は、静かに考え込んだ後口を開いた。

「なるほど。……少年、体は問題ないか?」

「え、あ」

 唐突に問いかけられ何のことかとたじろぐ。そして、すぐに自分の体が回復したかどうか尋ねられたのだと気付く。

 フィオンは軽く手足を動かしてみる。少し前までは感じていた痛みも、疲労感も嘘みたいに消え去っており、問題なく動かすことができた。

「問題ない」

 手を開いては握るを繰り返し、強い意志を込めてフィオンは答える。

「なら行くぞ」

 フィオンの状態を確認すると、騎士は立ち上がり、改めてミラリアの方へと歩み始めた。


 歩き始めると騎士の近くにラシェイが歩み寄り「普段のお前らしくないくらい饒舌だったじゃないか。何かあったのか?」と小さく耳打ちする。

「盗み聞きとは趣味が悪いな」

 睨み返すようにして騎士は返す。

「仕事柄、謎の多い雇い主の情報は何でも知りたくなるのさ」

 悪びれもせず、おちゃらけた様子にラシェイは返す。そんなラシェイの態度に、騎士は小さくため息を返す。

「ただの気の迷いみたいなものだ」

 そう返すと騎士は。この話は終了だというかのように、少し急ぐように歩みを早め、ラシェイと距離を取った。

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