新米冒険者フィオンⅤ

 日が沈み辺りは夜闇で閉ざされていた。生い茂る木々が頭上を覆い、月と星のかすかは光さえ閉ざしてしまう。

 そんな光のほとんど届かない森の中を、松明すら持たずにフィオンは走る。もう自分がどのあたりに居るかわからない。感覚のみでミラリアを目指して走る。

 街を出るときに借りた馬は、すでに乗り捨てており今はいない。

 先の見えない森の中を、その先に目的地があると信じながら走る。それは、今フィオンが置かれている状況を体現しているかのようだった。

 乾ききった喉が焼けるように痛い。手足には疲労がたまり、酷くだるい。けれど、休むわけにはいかなかった。

 カツカツとフィオンに並走し追いかける何の駆ける足音が響く。フィオンは足音がした方へ眼を向ける。

 ほとんど何も見えない闇の中、フィオンの赤外線視覚が、辺りの物から発せられる微かな赤外線を捉え、周囲を知覚する。木々の間を走る狼の姿が見える。

 狼はフィオンに追いつくと、フィオンを追い越し、前方に回り込むように走り出す。フィオンの正面を取ると、狼は即座に方向転換し、フィオンに飛び掛かる。

 フィオンは狼の攻撃に対応するため、ブレーキをかけ速度をゼロにする。そして、右手に握っていたバスタードソードを片手のまま振るい、狼を弾き飛ばす。思った以上に重い狼の体重が、フィオンの剣を伝い右手にかかる。フィオンの斬撃は、狼の固い外皮に挟まれ、浅く裂くだけにとどまる。

(浅いか……)

 手を伝う感触からおおよそのダメージを予測する。そして、すぐさま止めを入れるべく攻撃に移る。切り上げたバスタードソードを両手で握り直し、中段に構え、踏み込み薙ぎ払う。

 弾き飛ばされた狼は綺麗に着地して見せ、即座に次の攻撃に移る。

 一閃。フィオンの一刀が狼の首筋から胴を抉る。固い肉と骨がフィオンの斬撃を阻む。フィオンはそれを、狼の体を地面に押し付けるようにして無理やり押し込み、引き裂く。狼は断末魔の声を上げ、血を吐き出しながら絶命する。

 先ほどから荒れ続ける息を、少しでも落ち着けるように息を吸い、顔に付いた返り血を拭う。

 カツカツと他の狼の足音らしきものが遠くから聞こえる。

 敵は1頭だけではない。もうすでに3頭ほど仕留めている。それでも、敵は一向に減る気配もなく、諦める気配もない。

 当り前だった。今相手にしている狼たちは、敵にとっての猟犬でしかない。それを少し殺めただけで攻撃をやめるわけがない。

 息が整っていないけれど、フィオンは再び顔を上げ走り始める。

 ヒュンと風を切る音が聞こえた。そして、それと同時に重い衝撃がフィオンの左肩を貫く。フィオンはその衝撃に耐えきれず、そのまま体を地面へと打ち付けられる。

 カツカツと狼らしきものの足音が迫る。もうすぐそばまで来ているようだった。

 立ち止まるわけにはいかない。そう思い、痛みを訴え続ける体を無理やりお越し、立ち上がる。

 一度攻撃を受けたと思われる左肩を確認する。

 大きめの矢が、地面に落ちる。おそらく敵が使用したものだろう。幸い攻撃はフィオンの体を包むローブが防いだため、大きな怪我にはなっていなかった。

 ヒュンともう一度矢が風を切る音が響く。

「がっ」

 今度は右の脇腹を引き裂くかのようにかすめる。

 痛みに耐え、脇腹を押えながらフィオンは立ち上がり、矢が飛んできた方へと目を向ける。

 木々の間から、大きな影が弓矢を構え、こちらを見ていた。

 オーガだ。人食いの巨人。醜く、野蛮で、人を食らう化け物。

 オーガは痛みで顔をゆがめにフィオンを見て、ニタリと笑い、まるで見せつけるかのように弓に矢をつがえる。そして、容赦なく打ち放つ。

 フィオンはとっさに横へ飛び、転がり込むようにして着地する。オーガが放った矢は、空を切り、先ほどフィオンが居た地面に突き刺さる。

 けれど、それで攻撃が終わったわけではなかった。矢が放たれた方向とは別の方向から、大きな足音が響く。別のオーガがフィオンに突撃してきていた。

 オーガは太い木の棒に鉄板を巻きつけただけの簡素な武器を振り上げ、フィオンとの距離を詰めると、迷わず振り下した。

 フィオンは剣を盾のようにして、その攻撃を防ぐが、けた外れのオーガの怪力を受け止めきれず、そのまま押しつぶされる。体中が痛みで悲鳴を上げ、地面へと再び叩き付けられる。

 棍棒を振り下したオーガは、振り下した棍棒を上げ、フィオンを見る。フィオンがまだ生きているのを確認すると、オーガはニタリと笑う。

 オーガは人をすぐには殺さない。ゆっくりと追廻、体力を奪い、それからいたぶりながら殺す。それがオーガの狩りの仕方だ。

 棍棒を持ったオーガは、地に付いたフィオンの剣を踏み抑え、棍棒を振り下す。胴でも頭でもなく、腕に振り下した。

「あああああああ!」

 めきめきと左腕が悲鳴を上げる。そして、痛みに耐えきれなくなったフィオンの口からも、情けなく悲鳴が発せられる。

 フィオンの悲鳴を聞いたオーガはけたけたと笑う。

 意識がもうろうとし始め、痛みで意識が飛びそうになる。

 視界の端に、別のオーガの影が映る。弓を持った、先ほどのオーガではなく3体目のオーガだった。そのオーガに連れられ、2頭の狼が倒れ伏せるフィオンを取り囲む。


『お前は、戦士として大成はできない』


 昔聞いた言葉が思い出される。

 絶望的な数だった。

 あの言葉が、今の自分の無力さを連想させ、思い出さされた。

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