新米冒険者フィオンⅣ
フィオンがとりあえずの拠点としている交易都市・ミラドールへ戻り、冒険者ギルドへの報告を終えたのは、ちょうど空が茜色に染まり始めたころだった。
冒険者ギルド。冒険者は基本的に、個人か小規模の集団――パーティで行動し、一つの場所に留まらないものが多い。そのため、冒険者へ直接依頼を行うことに難があった。そんな中、住民と冒険者の仲介役として引退した冒険者たちが中心となって設立されたのが冒険者ギルドだ。主に、住人から冒険者への仲介を行い、冒険者へ仕事を斡旋し、住民と冒険者間のいざこざの仲裁を行う。各都市間に配置されたギルドを通し、冒険者が少ない地域への冒険者の派遣なんかも行っている。
今では冒険者ギルドに冒険者として認められたものが、冒険者であるという定義になっている。
報告を終えたフィオンの手には、ゴブリン討伐依頼の報酬が握られていた。
初めての報酬。金額は大した額ではないけれど、手にした報酬はどこか見た目より重い気がした。
手にした貨幣を数え、しっかりと報酬が払われているか確認する。
竜のシルエットが刻印された金貨10枚――10スロース。それが今回の報酬だった。報酬の確認を終えると、懐から財布として使っている小さな麻袋を取り出し、そこに貨幣を入れしまう。
ちょうど、お金を財布にしまったときだった。誰かがフィオンの背中を強く叩いた。予想外のことにフィオンはつんのめり転びそうになる。
「なんだよ!?」
抗議するために振り返ると冒険者ギルドの制服を着た女性が、ニコッと笑顔を浮かべて立っていた。
「初仕事、ご苦労様。うまくいったみたいね」
「いきなり背中を叩かないでください。相手が相手なら、怪我じゃすみませんよ」
叩かれた背中をさすりながらフィオンは、背中をたたいた冒険者ギルドの職員――アリエルに抗議の視線を送った。それに対しアリエルは「あははは、ごめん、ごめん」と軽く笑って流した。
アリエルはここミラドールに来て間もないフィオンにとって数少ない知人だ。フィオンがギルドに冒険者として審査受けた際、あれこれと案内をしてくれた人物であったためよく覚えている。
「それで、どうだった? 初仕事の感想は」
「どうって……いろいろ辛かったです。なんていうか、人間らしいというか……生々しくて……」
ゴブリン討伐の事を訪ねられ、その時の感触がよみがえりフィオンは吐き気を催し、片手でそっと口を押える。
「そっか……」
フィオンの態度で大方の事を察したのか、アリエルは励ますかのようにフィオンの頭を撫でた。
「なんですか? 俺子供じゃないですよ」
フィオンは頭をなでるアリエルの手をいやそうにどける。アリエルはその対応に「にははは」と笑って答える。
「あっ、フィオンさんこの後時間空いていますか? 初仕事成功を祝ってお祝い的なことをしませんか?」
「お祝いって、そんな大した事をしたわけじゃないですから、いいですよ」
「そう言わず、奢りますから」
「いや、いいですよ。そんなわざわざ」
フィオンにとってアリエルは数少ない知り合いの1人であるが、特別仲が良いと言うわけではない。祝ってくれるという気持ちは有難かったが、よくある簡単なゴブリン討伐の依頼、わざわざそこまでしてもらうのは悪いように思えた。
それともこのように、小さなことでも祝うのが冒険者特有の文化なのだろう?
「冒険者ってさ、簡単にいなくなるじゃない?」
唐突にアリエルは先ほどの笑顔をひそめ、愁いの帯びた顔で語り始めた。
「私みたいに、冒険者になりたい人を審査して冒険者にするかどうかを決めたりするのに関わっていると、どうしても考えちゃうのよ。あの時、冒険者にさせなければよかったって……。
私に冒険者にするかどうかの決定権があるわけじゃないけどさ。帰ってこない人が居たりすると、あの時止めておけばよかったって考えちゃうのよ。どうしても。
だからさ、祝わせてほしいの、ちゃんと帰ってこれてお疲れ様って。ね。」
アリエルは少し前かがみになって、フィオンを見上げるようにして笑った。
「……わかりましたよ」
こうまで言われてしまっては断るわけにはいかず、フィオンは了承を返した。それに対しアリエルはよく出来ましたとニッコリと笑った。
「じゃあ決まりね。私、この資料片づけたら終わりだから、ちょっと待っててね」
フィオンの返事に満足いったのか、アリエルはそういって嬉しそうにその場を後にしていった。
残されたフィオンはその場を離れるわけにはいかず、手持無沙汰になり少し考えてから、すぐ近くの壁に背中を預けた。
フィオンが居る場所はちょうど冒険者ギルドのギルド会館の入り口辺りで、見回すとホール全体を見渡すことができた。
ギルド会館には多くの冒険者と、冒険者に直接仕事の依頼とその交渉に来ている商人なんかで賑わっていた。
ほとんどが名前も知らない人間。けれど彼ら冒険者も、色々な人とつながっていて、いなくなれば誰かが悲しむ。そういうものなのだろうと、先ほどアリエルが言った言葉を思い直す。
(そういえば……アリサは大丈夫だろうか?)
ふと、数時間前に別れた少女の顔が浮かんだ。彼女と交わした約束。あの時は、そこまで難しいもの考えてしまったが、改めて考え直すと、それは自分が死んでは果たすことのでき成る約束だと、思い直した。
(死ぬつもり成ってない!)
気が付くと見下ろしていた自分の手の平を、強く握りしめ、強く言い聞かせた。
「なあ、聞いた。ハイレント要塞が攻略されたって話」
ぼうっと時間を潰していたフィオンの耳に、近くの冒険者の会話が聞こえてきた。
「勇者アレクシスだろ。聞いてるよ。単騎で城主を打ち取って話だろ」
「やっぱ生きてる世界が違うよな」
「そりゃあ、『勇者』は神様から魔王を討伐するために特別な力を頂いているわけだし、俺たちと違って当然だよ」
「そりゃそうだ」
よく聞く『勇者』の活躍の話だった。
この世界には『勇者』が存在する。神々に選ばれ、この世界を滅ぼそうとする魔王を倒すために力を授けられた『勇者』が現実に存在する。
フィオンは『勇者』に強いあこがれを持っていた。幼いころ、子守唄代わりに聞かされた多くの勇者や、英雄の話が好きで、自分もそういった存在になりたいと強く思っていた。
小さい子供が誰でも思うような、そんな幼い憧れ。それをフィオンはずっと抱き続け、今まで過ごしてきた。
けれど、現実にフィオンが『勇者』となることはなかった。
この世界に数千万人と存在する人の中から、たった5人だけ選ばれるのだ。普通に考えれば、選ばるはずはない。けれど、フィオンにはその事実が、辛く、悔しかった。
それでもフィオンは『勇者』や英雄に憧れた。なることは出来ないと知っても、諦めることは出来なかった。だから、少しでも近づこうと冒険者として、魔物と戦い、闇の軍団と戦いたいと思った。
(何もない俺と、神に選ばれた人間。どうやっても埋まらないのにな)
改めて考えてみても、ばからしいと思うけど、それでも諦めたくはなかった。
「ああ、そうこんな話を聞いたんだが――」
先ほどの噂話をしていた冒険者が別の話を切り出し、声を潜めは始めた。
「え、それ本当か!? やばくないか?」
「馬鹿! 声デカいって。でも本当だ、もう『ミラリア』のすぐ近くまで来てるって話だ。明日には、大々的に討伐依頼が出されるだろうよ」
「それならさ、俺たちが先に動いて討伐したら、報酬独り占めできないか?」
「馬鹿言え。オーガの一部族だぞ。俺たちみたいのが行っても、死体が増えるだけだよ」
「なら、今から冒険者集めて出ていったら――」
「報酬がいくらかも判らない仕事だぞ!? 今行ったら出ない可能性だってある。そんな仕事、だれが協力するんだよ!」
「でもなんでそんなに発見が遅れたんだ? 『ミラリア』なんてミラドールの目と鼻の先もいいところだぜ?」
「ハイレント要塞攻略の話が上がってから、そっちに兵力を送ったせいで巡回が薄くなって、遅れたらしい」
「じゃあ、貴族の兵は当てにできないってわけか。ならミラリアはどうなっちまうんだ?」
「言いたくないけど。全員まとめてオーガのエサだな。ま、村ひとつなくなるだなんてよくある話だけどよ、気分いいもんじゃないな」
噂話に興じる冒険者の言うとおり、よくある話だった。フィオンも何度か聞いたことあるような話。オークやオーガ、トロール、そのほか魔物の群れなどの発見が遅れ、その結果村ひとつなくなるという話。
普段ならどうにかしたいけど、どうにもできないと諦めるような話。けれど、知っている地名、村の名前で、いつものように諦めるという気持ちに成れなかった。
気が付くとフィオンはギルド会館を飛び出し、城門へと駆け出していた。
オーガの一部族。通常なら数十人規模の冒険者が集まって討伐にあたるような相手だ。どう考えても勝てる相手ではない。けれど、止まることは出来なかった。
城門を抜けると直ぐ近くの馬小屋に駆け寄り、迷わず馬を借り、走らせる。
馬を借りるのは決して安くはない。オーガの一団がどこにいるかもわからない、そもそもただの噂で、存在しないかもしれない。それでも、一切の迷いなくフィオンは馬を借り、走らせた。
日が沈みかはじめ、夜の帳が辺りを包み始める中、フィオンはひたすら馬を走らせる。足で走るよりはるかに速いスピード。けれど、それでさえイライラするほど遅く感じた。
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