新米冒険者フィオンⅢ

「冒険者様。我々の村を救っていただき、ありがとうございます」

 フィオンが報告のため、依頼主である村――ミラリアの村長の家を訪れていた。年老いた村長は報告に来たフィオンを深く感謝の言葉と共に迎えてくれた。

「俺はただ仕事をこなしただけですから」

 冒険者にとって、よくあるゴブリン討伐の依頼、初めての事とはいえ褒められるようなことではないと思えた。

「それで、この子……アリサはこの村の子供ですか?」

 あまり褒められることに慣れないフィオンは、気恥ずかしさを隠すため、別の話題を口にした。

「ああ、はい。今、彼女の両親に向かいを向かわせています」

 アリサはやはり、ミラリアから攫われた子供だった。攫われたのはつい昨日のことで、生きている可能性は少ないと考えと、冒険者から余計な吹っかけを避けるため、依頼を受けたフィオンには伝えなかったらしい。

「まさか、ゴブリンどもを倒すだけでなく、彼女の命まで救ってくださるとは……本当になんと感謝を述べたいいものか」

 村長は未だにフィオンに抱えられたまま眠るアリサを眺め、優しそうな表情を浮かべる。

「たまたま、運が良かっただけですよ。それに……」

 フィオンはアリサを救った。けれど、無傷というわけではない。彼女の体には、生々しい傷があり、そのうちの幾つかは消えない傷になるようなものまであった。攫われた子供が居ることを知らなかったとはいえ、傷ついたアリサの姿を見ると素直に喜べなかった。

「痛い思いや、辛い思いをさせてしまったかもしれません。けれど、生きてこうして戻ってきたのです。これ以上にありがたいことはありませんよ」

 フィオンが浮かない顔をしているのを見て取ったのか、村長はそう励ます。

「魔王がよみがえり、生きづらくなった世界で、あなたは我々の大切な子供を救ってくれたのです。あなたは、我々にとっての『勇者』だ。それだけのことをやったのです。もっと自信を持ってください」

 『勇者』と褒められるのはかなり大仰な気がしたが、フィオンは悪い気はしなかった。そして、自然と頬が緩んでしまった。フィオンにとっては最高の褒め言葉だったかもしれない。

「『勇者』は、ちょっと言い過ぎじゃないですか?」

「はっはっは。そうですかな。ゴブリンといえど魔物と変わりません。単身でそれを討伐し、少女を救う。まるでおとぎ話の様ではありませんか。これを『勇者』といわずなんというのです?」

 慣れない褒められ方をして照れるフィオンを見て、村長はそう笑った。

「う、むむ」

 村長が大きな声で笑うと、その声がうるさかったのか、フィオンに抱えられて眠るアリサが、呻くような声を上げ、目を覚ました。

 「おや、起こしてしまったかな」と村長はすまなそうな顔をする。

 目を覚ましたアリサに、フィオンは優しく笑いかける。フィオンの顔を見たアリサは、驚いたように一度大きく見開くと、涙を浮かべ、それを隠すように両手でギュッとフィオンのローブを掴み、フィオンの胸に顔をうずめた。

 バタンと大きな音が響き、フィオンたちが居る、村長の家の客間の扉が開かれる。開かれた扉の向こうには一組の男女が居た。

 女はゆっくりとフィオンの方へと歩みよると、フィオンに抱えられるアリサに抱き着き、泣き崩れた。男はそんな女を宥めるように、背中を優しくさすった。

 抱き着かれたアリサは、目を白黒させ、恐る恐る口を開く。

「マ、マ?」

「そうよ。ママよ」

 ママとなる女の返事を聞くと、アリサはみるみる表情を崩していき、女に呼応するように泣き出した。


 アリサとその母親の再開は、一言言葉を交わしてから長い時間言葉を交わすことはなかった。しばらく二人は抱き合い涙を流した。

 しばらくして、落ち着いたのか、アリサの母親は涙を拭い、涙で腫らした顔を上げた。そして、ゆっくりと優しくフィオンからアリサを抱き上げた。

「娘を助けていただき、ありがとうございます」

 少し枯らした声で、アリサの母親はそう感謝の言葉を述べた。

「私の方も、娘を助けていただき感謝の言葉もありません」

 アリサの父親も、母親に続き感謝を述べる。

 嬉しそうに安心する両親とアリサの姿を見て、ようやく肩の荷が降り、フィオンはほっと息を付いた。

「俺は当然のことをしただけですよ」

 フィオンはそう、取り留めのない答えを返し、アリサへ目線を合わせ、その頭を優しくなでた。

「お母さんとお父さんに会えてよかったね」

 撫でられたアリサは、くすぐったそうに眼を細めた後、恥ずかしそうな表情で「お兄ちゃん……ありがとう」と笑った。それにフィオンは「どういたしまして」と返す。

「えっと、俺はそろそろ帰りますね」

 アリサを母親にあずけるとフィオンはそういって立ち上がった。

「おや、もうお帰りになるのですか?」

 帰ろうとするフィオンに、村長がそう投げかける。

「ギルドへの報告なんかがあるので、そろそろ帰らないと城門が閉まってしますので」

「そうですか。これだけのことをして頂いて、何かお礼をしたかったのですが」

「お気持ちだけいただいておきます」

 やんわりと村長の謝礼を断り、フィオンはその場を後にしようとした。けれど、ギュッとフィオンのローブを握ったままのアリサの手がそれを引き留めてしまう。

「えっと……お兄ちゃん、帰らないといけないんだけど、離してくれるかな」

 身体を離したことで不安を感じたのか、どこか怯えた表情を浮かべ、フィオンのローブを握るアリサを見て困ってしまう。けれど、このままここにいるわけにもいかず、フィオンはどうにか手を離してもらうようにそう口にする。

 けれどアリサは「嫌だ」と一言口にして、手の力を抜くどころか、力を込めて引っ張りフィオンのローブに顔をうずめた。

「こら、お兄ちゃん困ってるでしょ!」

 アリサの母親が叱るが、アリサはそれに対し先ほどより強く「嫌!」とかたくなに拒み、フィオンのローブを両手で掴んだ。

 フィオンのローブをかたくなに離そうとせず、微かに震えるアリサを見て、フィオンは少し考え込んだ後、そっとアリサの頭を撫で、顔を上げさせる。

「大丈夫だよ、アリサ。もう怖い事なんてないから。もし、怖いことがあったら、絶対俺が――お兄ちゃんが助けてあげるから」

 そう言ってフィオンはアリサを安心させるように笑みを浮かべた。

 少し無責任に思えたが、フィオンは魔物なんかから、誰かを救う『英雄』に、そうでなくても誰かを救いたくて冒険者になったのだ。もし再びアリサに――ミラリアに何かあったら必ず助けに来るだろう。そのため、フィオンの発言に偽りはないと思った。

 アリサはフィオンを見上げて「絶対、絶対だよ」と少し震える声で尋ねる。

「ああ、約束する」

 力強くフィオンがそう返すと、アリサはゆっくりと両手の力を緩め、ローブから手を離した。

「お兄ちゃん……ごめんなさい」

 自分が我儘をいった事を理解していたのだろう、アリサはローブから手を離すとそう謝罪した。それから「お兄ちゃん。バイバイ」と小さな手を振った。

 フィオンはアリサに「バイバイ」と手を振り替えし、村長の家を後にした。

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