第18話 二人の少年?


「――それで? 何かわかったか?」

『いえ、さっぱりですね。この街にはどこにも魔術的異常は見られません。この雨の原因もわからないままですよ』

「ふむ。お前にも見つけられないなら、相当珍しい、かつ、高位の人ならざるものが関わっているのかもしれん。――もう一方は?」

『……この街の人間は、非常に昔気質の者ばかりですね。一家族を除いて皆同じ言葉を口にします』

「“あれがいるせいで”、か」

『……』


 この夜、国王ガランは、執務室で遠距離用の特別な通信魔道具を介して、魔術師団副団長――副師長と呼ばれている――ルーデンスと連絡を取っていた。

 彼は現在、王都から三日の場所にある、とある街へと出向いている。

 雨期でもないのに長雨に悩まされているその街に、長雨の調査隊の責任者として赴いているのである。

 しかし、彼らの目的は、長雨の原因を探ること以外にもあった。

 ルーデンスは、ガランの低くなった言葉に無言で応える。ガランは聞かずとも答えがわかっていたので、溜め息をついている。


「どこも同じだな」


 室内にいた騎士団副団長ディセイドが顔をしかめて呟けば、ルーデンスの副官であるセレグが同意するように頷いている。


「その一家族というのは、何だ?」

『例の少年親子と親しくしていたようですね。そのせいかかなり警戒されています。話を聞いてくれるでもなく拒絶されましたよ』

「例の……赤い・・瞳の少年のことか」

「その少年親子には会えましたか?」


 ガランの問いに、ルーデンスが溜め息をついた。セレグとディセイドがその言葉に顔を見合わせて眉を寄せている。

 そこで、ルーデンスの言葉が濁る。


『…………』

「どうした」

『……その少年親子ですが、両親は既に亡くなっているそうです。父親は少年が生まれる前に、母親は、二ヶ月前だそうです』

「……そんな」

『この二ヶ月、少年は裏山の中腹にある家から一度も、街に下りてきてないそうです』

「そうか」


 ガランは、シャナと同じ“赤”を纏う少年に思考を寄せる。

 事の発端は、その街からきた長雨と浸水被害の情報だった。

 昔ながらの人間の多いその街は、外から来る人間を嫌う傾向にあった。そのため、問題が起こっても自分達で対処してきたのだ。

 そして今回も、彼らは国に告げるのを先延ばしにしてきた。

 その上、それが原因でここまで酷い状況に陥ったというのに、援助に来た調査隊を歓迎するでもなかった。

 ある程度の話はしてくれるが、ほとんど愚痴ばかりで、ろくに調査が進んでいないのが現状だ。

 しかし、その情報がガランたちのもとに届いたとき、それは思いもがけない情報も連れてきたのだった。

 それが、“赤い瞳”を持つ少年がいる、ということだった。

 それを聞いたガランはすぐさま調査隊を編成し、かの街に送り出したのだ。

 そして、長雨の原因を探るとともに、その少年の情報を集めさせていたのである。

 しかし、ルーデンスの言葉通りならば、その少年はこの二ヶ月たった一人で生活していることになる。

 街の人間はその少年を排除しろ、とまでルーデンスたちに進言してきている。

 もし、今もなお、あの街が閉ざされていたのなら、彼らは自分達でそれを実行したかもしれない。

 ガランもルーデンスたちもそう考えてぞっとした。

 身を隠すように暮らしている少年を痛むわけでもなく、彼らは拒絶し、排除しようとしている。

 もともと、それぞれの土地を定期的に調べさせてはいるものの、長雨には気づけても、少年の存在までは知り得なかった。

 その上、その街は、調査隊を送る旨を打診はしても、強くは言わなかった。

 もしここで、彼らが独断で動いていたらと思い、ガランは舌打ちした。


「魔術師団出身の者がいるからといって自由にしすぎたか」


 昔、言葉を交わしたことのある魔術師の故郷がその街だった。

 聡明な魔術師だったため、国の援助がどれだけ大切なものか知っていた。

 その魔術師は、両親の世話をするため退団し、排他的なその街に何かあったら連絡すると約束していった。

 しかし、たとえそうであったとしても、今までほとんど放置の状態にあったのは、王であるガランの責任だ。

 悔やんでもどうにもならないことだとわかってはいるが、これまでのことが頭から離れない。


『陛下のせいではありません。定期的に、それこそ他よりも多くこの街の様子は見させていましたから。こういう街は反乱分子がわきやすいですからね』

「やはり問題なのは、排他的過ぎる、街の者たちです。あれは少々行き過ぎです」

「まぁ、それをほったらかしにしてきた点は俺たち・・が反省すべきとこではあるがな」

『意見を奏上すべきは、私たちですからね。――ところで陛下。その魔術師スクナ・エアフィールドですが、すでにこの街にはいませんでした』


 ガランに慰めるわけでもなく、各々、事実を口にした後、ルーデンスが思いがけないことを言った。


「いない?」

『ええ。誰に聞いても、あの裏切り者はとっくにいない、と帰ってきます。何処に行ったのかも教えてくれませんでした』

「……そうか」

『……もう一つ気になることがあるんですが』

「気になること?」


 訝しむガランたちに、ルーデンスがさらに驚愕することを告げる。


『少年と親しくしている家族の中に、恐らく少年と同じぐらいの年の少年がいます。その少年、首に赤い痣があったそうです。それも――雪花せつかを象ったかのような痣らしくて……』


 躊躇いがちに告げられた言葉に、ガランは眉を寄せた。

 ディセイドとセレグは驚きに、言葉を失っている。


「“赤の子”がもう一人いるということか」

『一瞬のことだったので、定かではないらしいですが、どうにも印象に残る子みたいで……。痣であることを考慮すると、関係ないかもしれませんが』

「シャナの赤に、少年の赤、そして、もう一人の少年の赤。少年二人は、おそらく同い年。その上、同じ場所で同時に見つかる、か。これはやはり、何らかの意味があると考えて間違いないだろう」


 ルーデンスが言わんとしていることを、ガランは正確に読み取った。

 セレグとディセイドも、その意味を思案している。


「赤い髪、赤い瞳。一方で赤い痣。身に纏うにしても大きく主張が異なる。はっきりしているものと曖昧なものの違いは何だ?」

『一つ言えるのは、その少年からは嫌な感じはしなかった、と。彼は聞き込みをしている騎士にくってかかったそうですよ。例の少年の話をしていたところへ、あいつのせいじゃない、とか叫んでいったようです。その時は赤い痣なんてなかったらしいですが』

「痣ならば隠す方法は色々あるからな。それにしても、そうか……。――やはりお前たちを送って正解だったな」


 魔道具の向こう側で、人の動く気配がする。ルーデンスの言葉にその騎士が頷いているのだろう。

 ガランは、常と変わらない様子の騎士や魔術師たちに、ふ、と笑みを浮かべた。

 ディセイドがその様子に肩をすくめる。


「話を聞いてもらえなきゃ、どうしようもないけどな」

「私たちにとって――シャナ様にとって、信用できる方たちでも、向こうの方々にとってはまったく知らない人間でもありますしね」

「だが、シャナに理解ある人間以外を送っていれば、それこそその少年を傷付けていた可能性がある。“赤”を持つ者が大きな力を持つと仮定した上で、精鋭で、シャナに理解ある人間でなければ、こちらに被害が出かねん」


 古い言い伝えに囚われたままの人間が多い中、数少ないシャナの味方である人間で調査隊を編成した。

 ガランの判断は、正解だと誰もが思っている。

 彼らは、赤を纏うものがどれほど孤独であるか知っている。シャナを見てきたからこそ余計にそれを感じとることができた。

 ここぞという時こそ、間違った判断をすることのない王の願いも信頼も、彼らもまた理解し、信頼と行動で返すことを常としている。

 以前にも告げた言葉を繰り返すガランに、彼らは再び事の重要さを心に刻むのだった。


『――とにかく、やっと周囲の住民の避難が済みましたからね。人払いは完了です。邪魔者もいなくなりましたから、夜が明けたらその少年に会いに行きます』

「そんなに街の人間は酷いのか」


 ルーデンスが気に入らなそうにそう言えば、ディセイドが顔をしかめた。


『彼らは誰かのせいにするだけで、何かを変えようとするでもなく、ただ、誰かに事の解決を望むだけなんです。その上、自分達にとって都合の悪いものも排除させようとする。そのくせ、その少年に暴言を吐いたり、物を投げつけたり……とにかく、酷かったらしいですよ。セラ殿の水の精霊が調べてくれました』


 セラというのは黒騎士団にいる魔術師のことで、彼は水の精霊と契約している。

 今回のことが水害に関することだったので、彼に頼み、水の精霊の協力を得ていたのである。

 精霊はそれぞれの司る属性の現象について詳しく知ることができ、場合によっては調停できる。

 水の精霊であればいるだけで、水害などを減らしたり、干魃などを起こさないようにすることができるのだ。


『今回は、彼女すらも探れなかったようですが、その代わりに、と色々周囲の妖精や精霊たちに聞き込みをしていってくれました』

「水の精霊が探れない……?」

「いよいよ高位の人ならざるものがいる可能性が高くなったな。シャナの様子からも、何かしらいる可能性が高いな」

『……シャナ?』


 ガランが溜め息をつけば、ルーデンスは耳を疑ったかのように訝しげに呟いた。


『シャナが、何です?』

「ここ数日、夜中に泣いていることがある。セスが知らせに来たからわかったんだが、うなされていたかと思うと、その後泣き始めるらしい。セスもロトも心配して四六時中、傍を離れんほどだ。シャナは日中は普通にしているがな」

『……良くないものが、ここにいる、ということでしょうか』

「いや、どうも違うらしい。痛いと言ってる、と泣いていた。何かの、あるいは誰かの悲しみに呼応しているのかもしれん」


 もしかしたら人ならざるものが救いを求めているのかもしれない。あるいは、その少年が泣いているのかもしれない。

 以前、セスの訪れも知っていたシャナは、そういう願いや祈りといったものも感じ取っている可能性があるのだ。


『では、どうします、陛下』

「……よし。俺は、その少年を引き取ろうと思う」

『引き取る、ですか』


 その声音から、ルーデンスが眉を寄せているのがわかる。ディセイドやセレグも同じような表情をしていた。


「もちろん、お前たちが害が無さそうだと判断したらだがな。当分は、お前たちに様子見させて、シャナに会わせるのはその後にする」

「シャナ付きにするつもりか?」

「ああ。すべての前提として少年が頷けば、だがな」

『……一応は、そのつもりで動きましょう』

「だが、警戒は怠るなよ」


 釘を刺すようにガランが言えば、ルーデンスは嘆息した。


『わかってますよ。言い伝えが残っている以上、その理由は必ずあるのですから』

「ならいい」

『おそらく、シャナも含めて彼らは、国にとって諸刃の剣になるでしょう。警戒も怠りませんし、彼らを、災厄とならないように見守らなければなりません。私たちは、できる限りのことをするまでです』

「相変わらず真面目だな、お前は」

「少しは見習え?」

「ディセイド殿……」


 真剣な声音で告げたルーデンスに、ガランが苦笑すると、それを見ていたディセイドがにやりと笑った。セレグが、嗜めるようにディセイドを見て溜め息をついた。

 そうして、ルーデンスとの通信を終え、明日の報告を待つこととなった。

 しかし、この夜、事態は急速に解決へと向けて動き始めることになる――。





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