第17話 ウソ泣き




「この雨じゃ、さすがにお外には遊びに行けないわねぇ」

「シャナ様は行くつもりみたいでしたけどね」

「よっぽど雨靴が嬉しかったのねぇ」

「おかげで、どこに行くにも雨靴ですけどね」


 王妃レスティアがぽつりと呟くと、傍にいた侍女の一人、スーリが淡々と口を開いた。

 視線の先で、この二日降り続く雨が窓を打つ。

 その手前に視線を移せば、子供たちが色々なものを床に広げて遊んでいる。

 その中にはシャナの姿もあり、その傍らには、ちょこんと置かれた雨靴があった。


「黒ちゃんたちにはお礼をしなくちゃね」


 ふふ、と笑うレスティアに、スーリも頷いた。

 雨靴など、最近増えた物たちは、ほとんどが黒騎士たちからの貰い物だった。

 現在の黒騎士団の家族にはシャナほど小さな子供はいない。

 サイラスたちと同じか、それ以上の子供たちなので、彼らのお下がりをシャナが貰ってきたのである。

 その中でもシャナが気に入ったのが、雨靴だった。

 以降、シャナは雨靴でうろうろしては、雨が降るとそのまま水溜まりに突入していたのだった。


「うわああああん、セスのばかー!」


 突然上がった声に、そちらを向けば、目を覆ったシャナが思いきり叫んでいる。

 うなぅ、とおよそ虎らしくない鳴き声が、それに反論するように続いている。


「シャナ! うそなきすんな!」

「うわああああん、ジークのばかー!」


 ジークが咎めるように声を上げれば、再びシャナは叫ぶ。


 ここ最近お馴染みとなった彼らのやり取りに、レスティアたちが笑みを浮かべる。


「仲良しねぇ。ほら、この子たちも笑ってるわ」


 レスティアが、傍らにある小さなベッドに横になる双子の赤子を見て微笑んだ。

 つい先程まで寝ていたはずなのに、今はすっかり目を覚まして笑っている。


「本当に楽しそうですねぇ。姫様たちの会話に笑っているかのようですね。――ところで、レスティア様?」

「あら、なぁに?」

「シャナ様に嘘泣きなんて教えたのは誰です?」

「え? ……だ、誰かしら?」


 突然、貼り付けたような笑みを浮かべたスーリに、レスティアは首を傾げるが、その後に続いた質問に固まった。そして、スーリから目を逸らす。

 スーリはその反応を見て眉を寄せると、溜め息をついた。


「……サラ様ですか」


 レスティアが、ここにはいない娘の名に、ドキリとする。


「まったく、サラ様はなんでもかんでもシャナ様に吹き込んでしまって……。そもそもはレスティア様でしょう? あまりおかしなことは吹き込まないでくださいね。姫様方には、学ばなければならないことがたくさんあるのですから」

「別に何も言ってないわよっ。それに、サラはよくやってるわ。自分の立場を理解しているし、マナーだって、お勉強だって、ダンスだって……」


『マナーもダンスも、勉強も、身に付けられるものはなんだってやるわ! それで立派な“しゅくじょ”になって、世界中の男どもをトリコにして、手のひらで転がしてやるんだから!!』


「まぁ、ちょっと、おかしな気もするけど……」

「……」


 ふと、娘であり王女であるサラリアの宣言を思い出して、レスティアは言葉を詰まらせる。同じく、思い出したのだろうスーリもまた、何とも言えない表情で口を閉じていた。

 しかし、スーリは息を吐くと再び口を開いた。


「まぁ、サラ様はいいとして、問題はシャナ様です」


 レスティアや侍女たちが、その言葉にシャナを見る。


「確かに何でも信じてしまうのは、心配よね……。あ、お菓子くれるからって知らない人に着いていかないかしらっ。それに、興味持ったものは、偽物とか本物とか気にせずに手を出しちゃって、お金もなくなったりしないかしらっ」


 ああ大変、とおろおろし始めたレスティアに、侍女たちは苦笑する。


「姫様なら大丈夫ですよ、レスティア様。良い人かどうかはちゃんと分かってるでしょうし」

「そうですよ。それに成長したら、もっと自分で考えられるようになりますもの」

「むしろ姫様の場合、菓子店で散財してしまいそうで心配ですね。でも、一国のお姫様ですもの。お金が無くなるなんてことはないでしょう?」


 レスティアと同じようにのほほんとした侍女たちの会話に、スーリは溜め息をついた。その一方で、レスティアは、そうよねぇと頷いていた。


 しかし、そんな彼女たちの会話に聞き耳を立てていたサイラスとジークは、顔を青くしていた。


「おい、サイラス。シャナに金を持たせるのはまずいぞっ」

「うん」


 小さい声でジークが言えば、サイラスもまた小さく頷いた。


「きっと、王都中のお菓子を買いあさっちゃうよ……」

「よし、あいつはこづかい制にしよう」


 周囲――特にシャナに聞こえないように、ぼそぼそと“大人になった時”のことを真剣に話し合う彼らに、レスティアたちが首を傾げていたが、彼らは気づくことなく話を続けたのだった。







 シャナたちが黒騎士たちの城から帰還して早二週間、あと一月ほどで雨期に入るこの時期、最後の暑さが未だ続いていた。

 長期休暇にあった学校が続々と新学期を迎え、シャナの姉、サラリアも今朝、名残惜しげに登校していった。

 一方、シャナはというと――


「ちめたーい!」


 王城内にある、一つの石柱にしがみついていた。

 嬉しそうに頬を寄せたシャナは、石柱の冷たさに声を上げている。

 シャナの後方では、セスが腹這いになるように床に寝ている。セスの上には黒騎士城で出会った植物の妖精ロトが、重みを感じさせない身体で居座っていた。

 この場所は、王族が暮らす区画の中でも奥に位置しており、廊下から直接外へと繋がるテラスのようになっている。半円形に飛び出たテラスは、六本の柱があり、二階の床を支えている。北向のそこは、日陰になっていて、シャナの避暑地になっている。

 現在、シャナの傍にいるのはにセスとロトだけだ。サイラスとジークは勉強の時間のため、傍にはいない。

 シャナは一頻ひとしきり石の冷たさを楽しんだ後、テラスの外側の段差を一段下りると腰を下ろした。陽の光が届かないそこは、そうではない場所と比べると暗く感じてしまう。

 セスとロトが近寄ってきて隣に座った。そして、じっと外を見ているシャナの様子を窺っている。

 すっかり仲良くなった彼らは、シャナにとってもう欠かせない友であり家族となっている。それは彼らにとっても同じで、いつでも共にいるのだった。

 セスとロトが静かにシャナを見つめていると、シャナは唐突に立ち上がった。


「みずあしょびしよー!」


 そして、そのまま外に向かって走り出すシャナを、彼らは当たり前のように追いかけるのだった。





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