第14話 近衛とシャナ


 黒騎士団での愉快な日々も過ぎ、転移魔方陣で王宮に帰り着いたシャナはその日、父ガランとともに近衛の騎士たちと対面していた。

 場所は近衛に属する騎士たちの鍛練場だ。

 普段は立ち入ることのないその場所に、シャナは興味を示しつつも知らない者たちに警戒していた。


「シャナ、右から、アルト、ヘイデ、ケイン、ギード、ヒース、ルイス、ハインツ、レント、オルドだ」

「…………」


 ガランが、後ろに隠れて半分顔を覗かせたシャナに、騎士たちを紹介する。

 騎士たちは緊張した面持ちで姿勢を正し、警戒あらわなシャナの様子を伺っている。

 言い伝えの“赤”を纏う王女の姿を初めて目にした者たちは、不安ではあったもののすぐにその容姿――顔立ちに気を逸らされ、既に面識のあった者たちは、シャナの様子に苦笑している。

 しかし、シャナの警戒は、ガランの言葉によって簡単にないものになる。


「何人かは既に知っているだろう? 信用できる者たちだから覚えておくんだぞ、シャナ」

「そうなの? ――シャナ、おろ、おぼえたっ!」

「お、そうか。賢いな。よし、右から言ってみろ!」

「あーい!」


 ぱっと表情を明るくさせたシャナに、ガランも笑う。

 その隣では近衛の隊長であるレイエル・フォン・アスタルトが、シャナを見て苦笑している。

 彼は王妃レスティアの兄で、アスタルト公爵家の次男である。

 レイエルは、姪であるシャナの次の行動を予想して、その通りにに向かっていったシャナに、溜め息をついた。


「アトにー、ヘイー! ……ハイツ? ケイー、……ヒー、ロ? ギー、ド! ヒース? ルーイ、ハイー……。――ちちうえー、なんかへんらよっ?」


 一人ずつ差して名前を言っていくシャナだが、正確な名を言うわけでもなく、さらに左右の感覚が逆になっているため、すっかり混乱している。

 それでも何とか、教えられた順番通りに進みつつ、面識のあった者の名は正確に答え、その後も順番に戻り――と、繰り返していたシャナは、最後の最後で父に助けを求めた。

 シャナと面識のあった騎士たちが、笑いを堪えたり、苦笑している。


「シャナ、こっちが右だ。今のは逆だぞ」

「えー! じゃあ、アトー! ヘイー! ケイー! ギーロ! ヒース! ルーイに、ハイツにー、レンレンにー、オルー!」


 ガランに指摘され、驚きの声を上げたシャナが、改めて右から左へと移動していく。

 そして、最後まで行ったところで満足そうに笑う。


「うむ。正解だ、シャナ」

「えへへー、シャナ、しゅごい?」

「すごいにはすごいが、もうちょっと呼び方どうにかできないか?」

「えー?」


 ガランの前まで戻ってきたシャナに、レイエルが苦笑するが、シャナは首を傾げるばかりである。いまいち通じているのか分からない。

 しかし、人の呼び名については何度言っても直ることがないのを知っているため、レイエルの問いかけは形だけだった。


 その後、順調に後列に並んだ者たちを紹介していった。

 最後の者たちが終わったところで、一人一人を認識しているシャナに改めて驚かされつつ、レイエルは同じように驚いている騎士たちに目を向けた。


「改めて、この方が、第二王女であらせられるシャナステア王女殿下だ。今までは限られた者たちしか護衛にはついていなかったが、これからはお前たちにも護衛についてもらうことになる。今でさえ近衛は数が足りないため、今まで以上に忙しくなるが、くれぐれもよろしく頼む。……ガラン・・・も、お前たちが不確かな言い伝えに左右されるような人間ではないと判断した。王族に最も関わるのは俺たち近衛だ。その意味を、もう一度、その心に刻んでほしい」

「随分、堅苦しいな、レイエル」


 真剣な表情で語るレイエルに、ガランが笑う。しかし、その表情をすぐに変えると、騎士たちに向き直った。


「まずは、お前たちに謝らねばならん。直接俺たちを守るお前たちには、本来ならば、もっと早くにシャナを引き合わせるべきだった」


 ガランは、よくわからずにレイエルとガランを見つめていたシャナを見てその頭を撫でた。

 その瞳からは、本当にシャナを大切にしていることが窺えた。

 騎士たちは、その瞳が再びこちらに戻ったことに、気を引き締める。


「すまなかった。ここまでこの場が遅くなったのはこちらの都合であって、お前たちには何の落ち度もない。このことで不安にさせただろうが、許してくれると助かる。俺はお前たちを信用している。おそらく当分は近衛の人数を増やすことはできん。お前たちにかかる負担を減らすためにできることはするつもりだ。だからどうか、シャナを受け入れてほしい。――王女を、娘を、頼む」

「「「――――はっ!!」」」


 騎士たちは、彼らの言葉に自然と跪いていた。

 ――近衛の隊長と、国王。

 自分達の直属の上司であるレイエルと、一番の忠誠を捧げるガランに、飾ることのない言葉を聞かされるのは初めて、というわけではない。

 普段の彼らの様子もよく知っている。その立場を考えればあり得ないほど気さくな彼らに、いつだって驚かされてきた。しかし、それな彼らだからこそ、その背を追いかけても来れた。

 もちろん、真剣な彼らが初めてということもない。だが今回、これまでの事以上に、彼らがこの件に重きを置いているのを理解できた。

 だから、近衛に属する騎士たちは、最上の礼でもって、その願いに応えて見せる。

 その命令を全うする意志を――誓いを、示すために。

 国王ガランは、自分達が不安に思っていたかもと言っていたが、もとより、彼らは些細なことだと気にしていなかった。

 ガランが、王としても、一人の人間としても、自分達の忠誠に応えてくれないことなどなかったから。

 自分たちは、明かせないことがあるなど、承知の上でこの王のもとに集ったのだから。

 王族を守るという、最大級の栄誉である近衛に配属されたときから、自分たちの意志は、忠誠は、変わらないのだと示したかった。

 彼らは、自分たちの王が、それを正確に察してくれるのだと疑うこともない。

 そして、その後に場を和ませるかのように笑みを見せることも、彼らは知っているのだ。


「はは! お前たちも大概、堅苦しいな! レイエルの真似か?」

「私はここまで堅苦しくないですよ、失礼な」

「そういえば、お前のは人前か、面白がっている時だけだったな」


 笑うガランに、まぁ立て、と促されて彼らは立ち上がると姿勢を正す。それにも笑ったガランの横で、レイエルが溜め息をついている。

 二人の足元では、シャナが落ち着かない様子で二人や騎士たちを見交わしている。

 騎士たちの数人はその様子を見て、ふと気になっていた存在に視線を向けた。

 それは、シャナの頭の上にいる緑の妖精と、先程からふらふらとあちこち動き回っていた猫、のような生き物だ。

 その猫のような生き物は、何故か訓練場の一角を囲んでいる木々の間に消えていく。

 じっと見つめていた者たちは、訝しげにそちらを見ながらも、ガランの声に意識を戻された。


「さて、シャナ。改めて挨拶するんだ。みんなお前の味方になってくれるんだぞ」

「あいあい!」


 ガランに促されたシャナが元気に返事をすると、近衛騎士たちに向き直った。

 真剣な表情をしているのに、何故か頬が緩む。騎士たちが、込み上げるものに耐えていると、シャナは口を開いた。


「シャナれす! じゅっちゃいれす! おかちくらさいっ!」

「……ぶっ」

「……?」

「今度はサバを読み始めたのか。どんどん芸が増えてくな、シャナ!」

「……誰に教わったんだか」

「あねうえ、あいしゃつ、おしえてくえた!」


 片手を上げて思いきり告げたシャナに、一人の騎士が吹き出した。

 そのまま笑い声を上げるのを堪えている騎士を、シャナが不思議そうに見つめていたが、すぐにガランの声に振り返った。

 その隣では呆れたようなレイエルがシャナを見て溜め息をついていた。

 シャナが自慢するように笑うと、それまで静観していた妖精ロトがシャナの頭を叩いた。


「あー、ロトロトも!」

「そうだな。ロトも挨拶するか」

「ロトロトはようてーれすよっ! それから、にゃんこのセスれすよ! ……あれぇ? セスいない……」


 自分の頭上を差して笑ったシャナはそのまま隣を振り替える。しかし、そこにはいたはずの白虎セスの姿を見つけられずに首を傾げている。

 きょろきょろと、辺りを見回し始めたシャナだが、すぐにセスが姿を現した。


「お?」


 しかし、その姿はあっという間に反対側へと消えていった。

 シャナは目の前をあっという間に走り去ったセスに、慌てたようにそれを追いかけようとする。


「セス、ろこいくのーっ!?」


 走り出したシャナもまた、あっという間に去っていくと、取り残されたロトが、ガランの肩へと移動している。


「一体、何だ?」

「そのうち戻るだろう。――ああ、あれは神獣の白虎だ。セスというんだが、まぁ、シャナの友みたいなもんだ」

「……神獣って、ほ、本物、ですか?」

「ん? ああ。この前の雷騒動はあいつが原因――お?」


「おい、どこいった!?」

「向こうに走ってった!」

「早く捕まえろ!」

「「どこ、ああっ――陛下!!!」」


 騎士の一人が口を開くた時、ガランたちの耳に人が近づいてくる足音が届いた。

 セスが走ってきた方だなと誰もが思っていると、やがて姿を現したのは魔術師団に属する魔術師たちだった。

 彼らは、ガランに気づくとすがるようにガランを呼んだ。

 面白そうに彼らを迎えるガランの横で、レイエルが眉を寄せて溜め息をついている。

 魔術師たちは、近衛の姿も目に入らずに、矢継ぎ早に話し始めた。


「陛下っ! 今、こちらに白い猫のような動物が来ませんでしたかっ!?」

「あれは猫に似てましたが猫ではありませんよね!?」

「陛下なら何かご存知なのでは!?」

「一目でいいから神獣白虎に会わせて下さいっ!」

「へ、陛下、そ、それは、妖精ですよね!?」

「妖精!?」

「ぜひ、けんきゅ――交流をしたいのですが!!」


「に”ゃぁぁぁああああああ―――――――っ!!!」


「「えっ?」」


 詰め寄るようにガランにすがりついていた魔術師たちを、呆れたように誰もが見つめていると、別の場所から悲鳴が聞こえてきた。

 レイエルを始めとする近衛の者たちが警戒するように、シャナが逃げてきた方を見つめている。

 魔術師たちは驚愕したようにシャナを見つめていたのだった。




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