第15話 魔術師団掌握目前?
「に”ゃああああっ! シャナつかまったう~~~っ!!」
「おっと」
駆け寄ってきた勢いそのままに、シャナはガランにしがみついた。
魔術師たちが、ガランの後ろに隠れた白虎とシャナの姿を見て、驚愕し叫ぶ。
「あ、あああああ、赤い髪っ!」
「まさか、第二王女殿下っ!?」
「ほ、ほんとに赤い……」
しかし、その声音には怯えや蔑みなどといったものはない。だが、シャナにとって知らない人間である彼らはシャナに怯えられてしまう。
シャナは、最初こそガランの後ろでじっとしていたが、彼らの視線にその場から逃亡した。一直線に近衛の騎士たちの元へと駆け寄ると、その彼ら中に身を隠した。
セスが同じように慌てて走っていく。
「――い、どこいった!?」
「こっちに向かって――ああっ!!」
「「陛下!!」」
「今度はお前たちか」
シャナが逃げてきた方から姿を見せたのは、同じく魔術師団に属する魔術師たちだった。
総勢で七人になった彼らは、笑っているガランに詰め寄った。
「陛下っ、どういうことですか!?」
「俺たちも神獣と妖精と交流したいです!!」
「あんなに綺麗な赤を、私は見たことがありません! つきましては王女殿下のお側で研究、ではなく拝見したくっ」
「我らも王女殿下に紹介してくださいっ!!」
「「「陛下!!」」」
目の前で繰り広げられる、ある意味欲にまみれた懇願に、近衛騎士たちは呆れて溜め息をつくと、視線を自分たちの中に紛れ込んでいる小さな王女へと向けた。
「セスっ、ここにゃらあんぜん、なんらよっ! セスのせいれ、シャナつかまっちゃたんらから!」
「そこは捕まるとこだった、でしょう」
「えー? あ、ヒース!」
「はい、どうも。相変わらずですねぇ」
「えへへー」
「いや、褒めてないし……」
しゃがみこんで、セスに言い聞かせるように文句を言っていたシャナに声をかけたのは、以前から面識のあったヒースという近衛騎士である。
シャナは、振り向いて笑うと照れたように首を傾けている。
「お前、王女殿下にそれはないだろう」
「気にするな。シャナにもその方がいいだろうからな」
「隊長」
ヒースの態度に見かねた他の騎士が嗜めるように言えば、答えたのはヒースではなく、彼らの上司――レイエルだった。
「あーレイー。レイもにげてきたったの?」
「……いや、」
「――ふぴぇくちっ」
シャナの言葉にレイエルが苦笑していると、突然、シャナがくしゃみをした。
「……シャナ、」
「あー! あにうえー、ジークー!」
心配そうに眉を寄せたレイエルだったが、シャナの意識が別に逸れてしまったことで、その背を黙って見ていることになる。
シャナの視線の先には、建物から建物に繋がる廊下からこちらに向かってくるサイラスとジークの姿があった。側には、彼らを守る同僚たちの姿もあった。
「……大丈夫でしょうか」
ケインという騎士が、レイエルに声をかけてくる。その視線は心配そうにシャナに向けられている。
「…………」
「どうしたんです?」
「――ああ、シャナは対外的に体が弱いことになっているが、実際、寝込みがちなんだ。お前たちに引き合わせるのが遅くなったのも大半がそのせいでな」
「そう、なんですか?」
レイエルの言葉に、騎士たちの視線がシャナに向いた。
「保有魔力が多すぎるせいじゃないか、と考えているんだが、そのせいで、熱を出しては寝込んでいる。最近は落ち着いていたんだが、黒騎士の方から要請があったから、ここまで顔合わせが遅くなったんだ」
「くしゃみは、その合図、みたいなものですか?」
「そう。分かりやすいのが救いだな。だが、シャナの成長はそのせいで遅い」
「――なぁ、あれ、いったい何をさわいでんのさ? 向こうまで聞こえてたんだけど」
話し込む騎士たちの側に来たジークが口を開いたことによって、彼らの思考は引き戻される。
一気に魔術師たちとガランの会話に意識を向けてしまい、何とも言えなくなる。
「シャナ、ちゃんとあいさつできた?」
「うん! シャナ、じゅっちゃいれす! おかちくらさい!」
「……じゅっさい?」
また傍らでは、そんな会話が聞こえてくる。
そして、そんなどうしようもない状況である時こそ、更なる問題が、起こるわけで―――。
「――シャナ!」
「あー、あねうえー!!」
「やっぱり、さっき走ってったのシャナだったのね!」
同じく護衛の騎士たちをひきつれてこの場に姿を現したのは、シャナの姉であり、第一王女であるサラリアだった。彼女は皆からサラ、と呼ばれている。
「姫様、お帰りなさいませ」
「ただいま!」
口々に、外出先から帰ったサラを迎える騎士たちに、サラは満面の笑みを見せたのだった。
「あの人たち、かわいそうね」
「かわいー?」
「なんで?」
ふと父ガランに詰め寄る魔術師たちを見たサラが、ため息とともにそう呟いた。シャナとジークが首を傾げた。
レイエルたちはすでに状況を把握し、溜め息をついている。
「さっき、ルーに会ったのよ」
「「「――――っ!!!」」」
サラが告げた言葉にジークとサイラスがその答えにたどり着いた時、同時に、それは訪れた。
魔術師たちが、声もなく、その場に倒れていく。
「こ、この魔力はっ」
「やばい、やばいですってっ!」
「「「うっ――――!!!」」」
口々に焦りを叫ぶ、彼らに、さらなる圧力が訪れる。今度は話すことができないほどの重力をその身に浴びて、地面に張り付く。
そして、そこへ、彼らの恐怖の象徴であり、従うべき上司が姿を現した。
「……何、やってんです」
低くそう告げて、彼らの元まで歩いてきた上司は、立ち止まると、冷ややかな表情で彼らを見下ろした。
「…………これ、どうしましょうか」
上司――魔術師団の副師長であるルーデンス・フォン・セリアスは、部下たちを見て再び低く呟いた。
冷や汗を流しながらもなんとかルーデンスを見上げる魔術師たちは、謝罪も言い訳もできないまま固まっていた。しかし、そこへ彼らの救世主たる、別の上司がやってきた。
どうやら、近衛騎士の一人がセレグ・フォン・オディールを連れてきてくれたらしい。
セレグは、ルーデンスと魔術師たちを見比べて、眉を寄せると溜め息をついた。そして、その表情をいつもの穏やかなものへと戻すと、シャナたちに向き直った。
「殿下方も、王女様方もお帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ただいま! 大丈夫よ! みんなが守ってくれるもの!」
「たらいまー!」
「あれ、ほっといていいの?」
「すげー無視だな」
「「「せ、セレグさ、まっ!!」」」
早々に見切りをつけたセレグに助けを求める魔術師たちに、ルーデンスは容赦なく、かけていた魔法による圧力を強めた。
無言のまま部下たちを押さえ込むルーデンスに、セレグは溜め息をついた。そして、部下たちを一瞥する。
「自業自得ですよ。何故、今日に限ってふらついていたんです?」
「そ、それは、今日はやけに精霊様方の気配が多くてっ」
「ご、ご機嫌な様子だったので、どうにかして接触、できないかと……」
「そしたら、そ、その、神獣様を……」
話せるようにルーデンスによって圧力が軽減されると、彼らは言い訳するようにそう話し始めた。
精霊の姿が見えることはないが、その気配ならば彼らにも感じることができる。魔術師団に入団して数年は経っている彼らは新人とは違い、その気配も感情の移ろいも、わずかながらに察することができるのだ。
それは、たとえ魔術師であってもできないものもいる。しかし、王宮魔術師団に所属する彼らは特に人ならざるものへの執着が強く、気配に敏感な者だった。
ルーデンスやセレグは、今日の精霊たちの感情を正確に読み取って、その理由をシャナに結びつけていた。しかし、彼らは、それをただ単純に機嫌がいいのだと思い込み、何らかの手段で交渉ができないのか探っていたのである。
そして、そこへ神獣白虎が姿を現したらしい。彼らは、小さなセスに、最近王宮――王族の居住区に出入りしている猫を思い浮かべたが、どう見ても猫に見えないセスに、先日の騒ぎを思い出して捕まえようとしたのだった。
「精霊たちは確かに機嫌がよろしいようですが、それはシャナ様が理由であって、欲にまみれたあなたたちに姿を見せるわけがないでしょう。――ところで、ルーデンス。あちらの方はよろしいのですか?」
セレグの言葉に興味を示した彼らに口を挟ませる前に、セレグはルーデンスを見て後ろを振り返った。
「捕まえたぞ、バカシャナ!」
「に”ゃああああ――――! シャナつかまったったっ――あー! アシアシ!」
「アシルだって言ってるだろ! 変な呼び方するな!」
首根っこを掴まれたシャナが反射的に叫んでいる。シャナを掴みあげたのは黒騎士のアシルだった。
実は、彼はルーデンスとともにこの場に来ていたのだが、ルーデンスに気を取られているシャナに見つからないように背後に移動していたのである。
本来、ルーデンスは彼に頼まれてここまで連れてきたのであった。
「アシアシ、あちょびにきたのー?」
「んなわけねぇだろっ。――シャナ、お前、俺の弓持ってないか?」
「ゆみ?」
「そう。いつの間にか無くなってた」
「しゃ、しゃなちらないよっ」
「「…………」」
アシルとジークの会話に、掴みあげられていたシャナはあからさまに狼狽え始める。
それを遠目で見ていたルーデンスとセレグも溜め息をついて見つめていた。
「そうですね。やらなければいけないことがあるんでした。……あなた方はそのまま待機してなさい。処分は後程、師長に決めてもらいます」
「「「ひっ」」」
圧力をかける魔法はそのままに、ルーデンスはシャナの元へ向かっていく。セレグは、彼のこれからの苦労を思って再び溜め息をついたのだった。
その横で、ガランがニヤリと笑っている。
「ふむ。この様子だと魔術師たちは簡単に攻略できそうだな」
こうして、シャナのこれから長く関わることになる人々との出会いは、穏やかな日々とともに過ぎていくのだった。
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