第6話 シャナと約束?



 王都を出て早五日。シャナ達を連れた黒騎士一行は、“西の森”を順調に北上していた。あと二日もすれば黒騎士たちの街に着く予定である。

 西の森――別名を魔の森とも言う――は、非常に自然豊かな森で多くの動物たちが生息している。

 さらに、動物だけでなく妖精や精霊といった存在や、魔獣、人にも動物にも害をもたらす魔物といった様々なものたちが暮らしている。

 このオーランドという国は、緑豊かな国である。中でも一番自然を感じられるのは、西の森に隣接する王都セトである。

 その豊かさはこの国の土地柄でもあるが、その他に、この土地の活性化に繋がる要素がありそれが一番の理由とされている。

 それは、西の森から流れる“龍気”という力に関係している。

 この世界には魔法と呼ばれる不思議な力があり、その力を使うための元となるものがその龍気だった。

 龍気とは大地を巡る力のことで、それはその名の通り“龍”の力であると言われている。西の森には龍が棲み着いていて、その力で大地を活性化させているのだろうと言われているのだ。

 そして、龍気は自然を豊かにするだけでなく、人々の生活にも深く関わっている。

 龍気は西の森と王都を巡回していて、ごく微量な力を空気中に発している――漏れ出ていると言った方が正しいかもしれない。

 その漏れ出ている力のことを人々は魔素と呼び、人が生まれ持つ魔力と結び付かせて魔法という不思議な力を発現させている。

 この魔素は過剰に発生すると、人体にも自然にも有害なものになる。瘴気と呼ばれるこれは、厄介なことに寄り集まる性質を持ち、一定以上の濃度に達すると核化して、それを中心に実体化する。

 そうして生まれた生き物を魔物と呼んでいた。

 現在、龍気は国によって管理されているため、王都の中では何か別の力が作用しない限り魔物が発生することはなくなっている。

 幾つもの井戸を龍気の流れを途切れさせないよう中継点として設置し、龍脈として安定させることに成功させた後も、やはり問題は尽きなかったものの、無事に今日に至っているのだった。




「……では、そちらでもあまり変わりはないのですね」

「ああ。今回のこと以外はな」

「セラの精霊もお姫さんを連れてきてって騒いでるだけだしねぇ」


 最近の出来事をお互いに確認しているルーデンスたちの横で、シャナは座ってお菓子を一心不乱に食べている。

 さながら小動物のようで若い黒騎士たちが笑いを堪えている。

 カテルはちらりとそれを確認しつつ、ルーデンスを見る。


「で? 猫と妖精を捕まえるって?」

「猫なんてどこにでもいますよね」


 アシルがここぞとばかりに話に加わる。


「ていうか妖精って俺見たことないんですけど」


 彼がそう言った瞬間、その場が妙な空気になる。


「え、何?」

「見たことない…一度も?」

「あの土地にいて珍しいこともあるものですねぇ」

「え?」


 呆れたような視線を受けながら、アシルは首を傾げている。

 ルーデンスなどは感心したように彼を見つめている。


「黒騎士本部がある場所は――貴殿方の本拠地は昔からそういった人ならざるものたちが棲み着きやすい土地なんですよ」

「人懐っこい妖精もいるしね」

「ガランが来るともっと寄ってくるな」

「じゃあ俺だけ? 見たことないの」

「まぁ、アシルの馬鹿はいいとして。――さっきの話は?」


 ちょっと、とアシルが横で騒いでいるのを無視したカテルは再びルーデンスを見た。

 ルーデンスは面倒だというように溜め息をつきつつも口を開いた。


「なんでも大きくて白いビリビリした猫と花の妖精を捕まえるそうですよ」

「大きくて白いビリビリ?」

「ああ、なるほどね」

「だが、なんでそういう話になった?」


 首を傾げているアシルとは違って、カテルやギルバートたち数人は納得したような、それでも信じられないという表情をしながらも頷いた。

 ギルバートは心底楽しそうである。

 ルーデンスが顔をしかめた。


「……なんでも娯楽に持ってくのはやめてださい。――サラリア王女がシャナに入れ知恵してるんですよ。シャナはそれをいちいち真に受けてこっちは大変ですけどね」

「だがそれでなんで捕まえる話になるんだ?」

「花の妖精はサラが見たいと言ったからでしょうね。猫……らしいほうはよくわかりません」

「ふぅん……よくよく不思議な子だね」


「ふきゃあぁぁぁ―――――――!」


 ルーデンスが溜め息をつき、カテルが不思議そうに呟いたとき、その場に甲高い叫び声が響き渡った。

 叫んだのはシャナだ。この数日で、ギルバートたちもその叫びが何を表しているのかわかっていた。


「今度は何だ?」


 いつの間にか少し離れた場所にいたシャナが一つの鉢を手に駆け戻ってくる。


「ルー! ようせいたんいたー!!」

「お、マジ? 俺も見たい! どれ――……あー、と」


 真っ先に腰を上げたアシルが、シャナが持つ鉢の中を覗き込む。そして、固まった。

 アシルは瞳を輝かせるシャナを見てしどろもどろになっている。


「いや、まぁ、これもこれで……珍しいような、いや、うん……」


 結局沈黙したアシルの横から、ルーデンスが鉢の中を覗き込み苦笑した。

 そこにいるのは、人の両手ぐらいの大きさで、身体と同じくらいの長さのふさふさした尻尾を持つ動物がいた。

 先程のシャナのように一心不乱に木の実を頬張っている。


「シャナ、これは残念ながら妖精ではなく魔獣ですね。ノイリスという種類の魔獣ですよ」

「魔獣って、生まれたときから魔力を持っている動物のことだよね?」

「初めて見るな」

「……ようせい、ちがうの?」


 シャナの後ろから覗き込んだサイラスとジークが興味深そうに言うと、シャナがようやく間違いに気づいた。

 そして、鉢を地面に置くとしゃがみ込んでじっとそれを見つめたまま動かなくなった。


「……ねぇ、ルー。魔獣は人を見ても逃げないの?」

「いえ、基本的に魔獣も人を避ける生き物ですよ。それに本来、警戒すべき相手ですね」

「ノイリスは比較的大人しいが身を守るために凶暴化することもあるな。まぁ、こちらから何かしない限り何かしてくることはないさ」


 サイラスが不思議に思って問えば、ルーデンスとギルバートが言う。


「ただ、魔獣の中には怪我を負うなどして体に異常をきたして魔物化するものもいますから、十分気を付けて下さいね」

「しかし、餌につられたとはいえ一向に逃げる気配がないね」

「ていうか、その鉢はなんなの?」


 サイラスとジークがルーデンスの言葉に頷いていると、カテルとアシルが首を傾げた。


「花の妖精だからはち、なんだって」

「またえらく単純だな」

「このノイリス、お姫さんを見にきたのかな?」


 ジークの言葉にアシルが笑う。カテルは何かを探るようにノイリスとシャナを見つめている。

 ルーデンスが溜め息ついた。


「シャナ、分かっているとは思いますが、それは美味しくないですからね」

「ちょうなの?」


 がっかりしたように振り返ったシャナに、誰もが呆れたような視線を向ける。

 どこまでも食い意地の張っているシャナに溜め息をついた。


「……シャナにはシャナのおやつがあるでしょう?」

「っシャナのおやつっ!」


 シャナははっとして肩にかけている鞄を持ち上げると嬉しそうに叫んだ。

 しかし、そこで思わぬことが起きる。


「ははうえ、いれてくれたの! シャナのおや――に"ゃぁぁぁ――――――!! シャナのおやちゅ――――――!!」


 シャナがいそいそと鞄から取り出したお菓子を、器用にシャナの肩に乗ったノイリスが奪ったのである。

 そして、何かに縫い止められたかのように誰もが動けない中、シャナはノイリスを追って木々の間に消えていった。




「……カテル、そちらは」

「……おかしい。まったく反応がないね。それどころか近くに何の生き物もいない」


 時間にして、シャナがノイリスを追いかけて消えてから、十分も経っていない。

 シャナが消えてから、弾かれたように行動を開始したルーデンスたちは探索系統の魔法を使ってシャナを探していた。

 不安そうに、それでも邪魔をしないように、サイラスとジークがルーデンスたちを見つめている。


「さっき、思考が停止したような感覚に陥った。あれは精神干渉みたいなものか?」

「精神干渉とはまた違うものに思えましたが、何かがシャナを誘導しようとして、そうしたってことですか」

「団長」


 ルーデンスと話すギルバートを呼んだのはセギルだった。彼は数人を連れて周囲を見て回ってきたところだった。


「ざっと見て回りましたがいません。それどころか、通った形跡がありませんでした」

「通った形跡がない……?」


 セギルが訝しげに言えば、ルーデンスたちも眉を寄せた。


「シャナが走っていった方向を調べても足跡も何もありませんでした。木の間を抜けてすぐ、足跡が消えています」


 普段踏み締められていない上、数日前に一度雨が降っている。

 地面は人の足跡が残るはずだった。


「踏み出しだろう足跡はきれいに消え――」


「――に"ゃっ」


 真面目な様子で話すセギルだが、その時、彼の足に小さな衝撃が走った。


「セギセギ、いたーいっ」


 何とも間抜けな声がその場に響く。

 セギルにぶつかったのはシャナだった。シャナは深い藍色をした石を手に不満げにセギルを見上げていた。


「――シャナっ!」

「あーあにうえー。みてみてー、もらたー!」

「え?」

「何が、もらったー、だ! このバカシャナ!」

「ぅに"ゃっ……うわぁぁん! ジークのバカぁ!」

「ウソ泣きすんな!」


 すかさず側に寄ったサイラスとジークにシャナはにぱっと笑い、手にしている石を目の前に持ち上げている。

 ジークがシャナの頭を叩くのを、ルーデンスたちは戸惑いながら見つめていた。

 そして、またもや叩かれたシャナに、我に返る。

 さらに騒ぎだしそうな様子のシャナにルーデンスは声をかけた。


「シャナ、一体どこに行ってたんです?」

「えー?」


 シャナは首を傾げるばかりだ。


「……その石は?」

「もらたの! きれいれしょー?」


 はい、とルーデンスにそれを差し出してくる。

 ルーデンスはそれを受け取ってやはり、と思うと同時に内心で戸惑っていた。

 その石は普通の石ではなく“魔石”と呼ばれる魔力が宿った石だった。

 そして、その上、それは最高級の純度を持っていたのだ。

 驚くなと言われるほうが無理である。

 しかし、ルーデンスはそれを過去に一度だけ見たことがあった。


「間違いなく超高純度の魔石だな。ガランとともに見た時以来だな」

「……触らないでくださいよ、絶対に」


 過去に同じ物を見たギルバートもまた、驚きを隠さず愉快そうに笑っている。

 ルーデンスは過去を思い出し、顔をしかめるとギルバートから魔石を遠ざけた。


「貴殿方には前科があるんですから」

「――お前、今度からおやつぬきにするぞ!」

「いやーっ! おやつシャナのー!」

「シャナ、みんな心配したんだよ? もうひとりで行動しちゃだめだからね?」

「あーい!」


 泣きそうな顔をしてジークを見るシャナに、サイラスは言い聞かせるように言った。

 あっけらかんと頷いたシャナに皆が何とも言えない表情を浮かべる中、ルーデンスはシャナに視線を合わせるように膝をついた。


「シャナ、これは誰からもらったんですか?」


 ルーデンスの問いかけに、シャナはきょとんとしたあと忙しなく口を開いた。


「ひろいしと! みたことないしと! ノイノイからおやつとってくれた! おきらしのちるし? ってくれた! そしたらきえちゃたの!」


 一生懸命起こったことを伝えようとしているのは分かるが、一生懸命過ぎていつも以上に口が回っていない。

 ギルバートとカテル、セギル以外の黒騎士たちが笑うのを堪えている。

 ギルバートは静かに聞いてはいるが楽しそうだ。カテルやルーデンスはシャナの言葉の意味を考えているようだった。


「広い人?」

「白い人、ですよ。のいのい、はノイリスですね。そしてこれは、まぁ、お近づきの印にってところでしょうか……」


 そんな中、当の本人は周りの空気を気にもせず、まったく抑えきれない声音で、それでも真剣に内緒話をするように告げた。

 

「あのねっ、まらないちょらよっていってたの! シャナやくそくしたの! らから、ないしょらよっ!」


 その言葉に、堪えきれなかったというようにアシルが吹き出したのだった。



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