第7話 魔石

 魔石。

 それは魔力の宿った石を指す。

 元はただの石だったそれは、長い年月を経て魔素が染み込むことでその性質を変化させる。

 そして、それは石という器と何らかの反応を起こし魔力となり、魔力の宿った石――魔石となるのである。

 そんな魔石には“純度”というものがあり、魔石の中に含まれる魔素がどれだけ石そのものと溶け込み、大きな魔力が生まれるかでその純度も変わってくる。

 つまりその性質がより魔力そのものに近く変化するかによって純度が決まるのである。

 現在、王国魔術師団にて魔石の純度は五段階に区別されるのだが、実はそれに当てはまらない魔石がある。

 それは五段階の最上よりもさらに上の純度――不純物が一切混じらない透き通った輝きを持つ魔石のことで、ほとんどお目にかかることはできないと言われている。

 その存在までも疑われている中、ルーデンスはこれまでの人生で二度目にしたことがあった。

 一度は自身が仕える王とともに。そして、もう一度はまさしく現在のこの状況で――。


「……一体、ガランといいシャナといい、なんなんですかね……」

「さすがは親子だな」

「シャナは貰ったみたいだけどね」


 ルーデンスの呟きにギルバートが楽しそうに言う。カテルはルーデンスと同じく呆れたような感心したような様子だが、どことなく滅多にお目にかかれない魔石に高揚しているのが見てとれる。

 ルーデンスは無理もないと息をついた。

 自分とて、過去に目にしただけのそれが手の中にあるのだから高揚しないはずがない。


「これだけで国宝ものなんですが……そう思うとやはり、もっと以前にガランに最高純度の魔石の価値を教え込んでおくべきでした。……そうすれば、今もまだあれは残っていたというのに……」

「……王子のあいつがあの時点で、あれの価値を分かっていないはずがない――誰だってそう思うに決まってる。……いや、あいつの場合分かってて壊したのかな」

「余計な争いを生まないように、か。ガランならやりそうだな」


 過去を思い表情を無くしたルーデンスの横で、カテルも同じような気持ちを抱いていた。

 しかし、ふと別の可能性に思い付けば、肯定するかのような言葉がギルバートから返ってくる。

 すると、それまで成り行きを見守っていたアシルが口を開いた。


「最高純度ってそんなに価値があるんすか?」

「――――」


 そこにいた誰もが、言葉の意味を考え、やがて絶句した。

 魔法、魔術に馴染みのあるルーデンスやカテルなどは冷ややかにアシルを見つめていた。



 魔法と魔術――それには明確な線引きがされていない。

 しかし、現在、それらを区別する要素として魔方陣まほうじんの使用有無が使われている。

 魔方陣とはいわゆる、様々な法則を組み込んだ紋様や数字を並べた術式をなんらかの図柄に起こしたものである。

 その形は円形であったり星形であったり、と術者によって様々だが、それらを総称して魔方陣と呼び、それを使用したものを魔術と呼んでいる。

 一方、魔法に関して区別するならば反対に魔方陣を使用せずに即興のイメージのみで起こす現象のことである。

 例えば、火の玉を頭の中に思い浮かべてそれをそっくりそのまま現実で作り出す。

 このとき使用されるのは術者の頭の中の映像――イメージと、術者自身の魔力。

 最初に使用する魔力量によって火の玉の大きさは変わるものの、魔力を注ぎ続ければ火の玉はそこにあり続け、魔力が注がれず足りなくなれば消えてしまうのだ。

 これは魔方陣にも言えることで、維持し続けるには魔力量が重要になっている。

 しかし、この問題を払拭できるものがある。それが魔石だった。


 魔石の使い道は主に、魔術を付与された魔道具にある。

 人が直接起こす魔法や魔術とは違い、あらかじめ起こしたい現象を組み込み、それに一回一回魔力を込めることで何度もその現象を再現できるようにしたものが魔道具である。

 これには魔術を刻み込んだ魔石が核として使用されている。それに術式を損なわせないための外身と、使用者の魔力を通しやすくした回路を魔石を覆うように組み込んだ中身とで魔道具はできている。

 そして、核となる魔石に刻み込む魔術の大小は魔石の純度によって左右される。

 純度が低ければ簡単な紋様のみを刻み込むことしかできず、純度が高ければより細かな情報を術式として刻み込めるのだ。

 ただし、刻み込む作業にもそれ相応の技術が必要となる。

 現在、王国魔術師団内――つまり国内で最高純度と言われる魔石を加工できるのはルーデンスが知る限り甘く見て十数人。

 そのうち何人がこの魔力そのものと言ってもいい魔石に加工できるというのだろうか。

 ルーデンスは改めて計り知れない可能性と価値を含んだそれに戦慄したのだった。

 しかし、時にはその思考さえも無視して、無情な出来事というのはやってくるものだ。

 過去に然り、現在に然り――。


「ねールー! それかちてー!」

「はい、……?」

「シャナまちぇきしってるよ! あねうえいってた! むむぅ~~」


 ルーデンスから魔石を受け取ったシャナは、にぱっと笑うとそれを両手で握り込む。

 ルーデンスがサラリアの名に溜め息をつきかけてはっとするが、時は既に遅く――事が起こった後だった。

 きん、と金属を打ち合わせたかのような高音が響く。


「あー! われたった……ルー、これふりょひん! あねうえ、われたったのまらって! これなやつ! なやつ、ふりょひんてちちうえいってたよ!」


 自然にできた魔力そのものに、性質の異なる魔力をそのまま注ぎ込めば当然、反発するもので――それは正しく、異なる純度の魔石へと変化した。おまけに、真っ二つ・・・・となって。


「――――」


 ルーデンスが、カテルが絶句して固まっている。高純度の魔石の価値を説かれたアシルたちでさえ言葉を失っている。

 そんな中、ギルバートだけは笑っている。


「期待を裏切らないやつだな! 同じことをやらかしたな」

「えへへー、シャナえらい?」


 楽しそうなギルバートの言葉に気を良くしたのか、シャナは満面の笑みを浮かべている。

 その笑みに、一番に我に返ったのは事の大きさを理解しながらも、いまいち魔石について詳しくなかったジークである。

 彼はひとつの事実だけを正確に覚えていた。


「おい、バカシャナっ! 魔石って、割れやすいやつの方が貴重だって言われただろ!? しかも色が変わってるじゃねーか!!」

「えー?」

「……割れる割れないで貴重かどうか、判断するものじゃないよ……」


 魔石の価値がだいたい分かっているサイラスがぼそりと言う。

 シャナの元の瞳の色と同じ、青銀の輝きを持っていたそれは、透き通っていた色合いからただの青色へと変わっていた。

 シャナは首を傾げた後で未だに固まっているルーデンスに向き直った。

 ルーデンスの心の中は、何故シャナを止められなかったのかという後悔と現実逃避で塗り潰されていた。

 しかし、それも元凶でありシャナが塗り潰してしまうのだ。


「はい、ルー。いっこあげるー! はんぶんこれすよ!」

「………………ありがとう、ございま、す……?」

「どういたまちてっ!」


 シャナが差し出した魔石の片割れを半ば放心状態のルーデンスが受け取ると、シャナは満足そうに笑った。

 そして、ご機嫌なシャナはもう一つの魔石を肩掛け鞄の中に大切そうに仕舞い込んだのだった。





『こにちはー』

『こんにちは』

『こんちは?』

『…こんにちは』

『こにんちは?』

『……こんにちは』

『こんちはー!』

「…………」


御者台から楽しそうな会話が聞こえてくる。

聞き慣れない言葉の追いかけっこではあるが、それはやがて片方の諦めたような溜め息で終了した。

 ルーデンスはそんな二人――セギルとシャナと、その会話に聞き耳を立てているサイラスとジークを見て苦笑する。

 王都を出て七日、ルーデンスたちは黒騎士の街までの最後の道のりを進んでた。

 シャナによる魔石事件はまた新たな問題を告げたものの、やはり順調に目的地に向かっている。

 暇を持て余したシャナは、御者をしているセギルの膝の上で言葉遊びに興じていた。


「しっかし、古代魔術言語なんて魔術師でも限られた人間しか使わないですよね?」

「そうだねぇ。うちには五人もいないが、魔術師団には結構いるんじゃないのかい?」

「隊長格はよく使わないにしても理解はしてますね。……まぁ一部は何やら試しがてら使用し続けてますが」

「ふぅん。――ん? なんでセギルさんは魔術師でもないのに知ってんだ?」

「あいつは魔術師としてもやってけるからな。セラが叩き込んでたぞ」


 ふと首を傾げたアシルにギルバートが答えると、カテルが笑う。


「お前はすぐに逃げてたもんな」

「あれは分かるわけないでしょ!」


 顔をしかめたアシルとギルバートたちの会話を聞きながら、ルーデンスは事の発端であるシャナの言葉を思い出す。


『はじめまちてー!』


 魔石騒動の後、改めてシャナにどんな人物に会ったのか聞いたところ、そんな言葉が返ってきたのだ。

 正確に発音されたわけではなかったが、その言葉に馴染みのあったルーデンスたちはすぐにその言葉の意味に気づいた。

 その後、なんとか“白い人”からその言葉を聞いたのだとシャナから確証を得たはいいが、それ以上の情報は引き出すことができなかった。

 シャナ自身もそれを理解しているのか分からずじまいである。今もセギルが呟く言葉をただ繰り返しているに過ぎないらしい。

 同じような言葉のやりとりが何度も続いては、必ずセギルの溜め息で終わるそれに皆が苦笑していたのだった。


「あー!」

「ああ、着いたな」


 突然、シャナが叫ぶ。

 ふと前方を見れば黒騎士の街を囲うように建つ壁が広がっていた。

 要塞のようなそれに、サイラスとジークも驚いている。


「魔物とか魔獣が簡単に入れないように街はあれに囲まれてるんだよ。逆に城の方は森に直結してるとこもあるけど」

「代わりに結界張ってるけどな」


 カテルとアシルがそう説明してくれる。

「王都を囲む外壁とはまた違うものがありますよね」

「うん」

「ほんとにようさいって感じだな!」


 街へと入る門が開かれていく。


「最近は外の人間を一切受け入れてないから、正しく仲間とその家族たち、それに団長に居住を認められた人間だけだ」

「無作法はなのは勘弁な!」


 にか、とアシルが笑った時、馬車が歩みを止めた。


「お?」


 セギルに全員の視線が向かえば、彼はシャナを抱えて立ち上がった。


「なんだ、降りるのか。シャナ」

「うん!」

「ま、歩いて入るのもまた一興、だな」


 ギルバートの言葉に、シャナが元気よく頷いた。サイラスとジークが慌てて後ろから飛び降りていく。

 ルーデンスたちも仕方ないと馬車から降りる。


「さて、歓迎するぞ。小さな客人たち。ようこそ、俺たちの街へ!」


 こうして、シャナはもう一つの帰る場所になる黒騎士たちの街に足を踏み入れるのだった。

























 ――来た、来たわ

 ――やっとね

 ――帰ってきた

 ――早く会いたいね

 ――ボクらに気づいてくれるかな?

 ――ワタシたちを見つけてくれるかしら

 ――きっと、見つけてくれるわ。でも今はそうじゃないでしょう?

 ――ああ、そうだね

 ――助けてくれるかな?

 ――あのお方を受け入れてくれるかな?

 ――心配だ

 ――大丈夫よ、きっと

 ――そうね、あの子なら

 ――だから今は喜ぼう

 ――うん、歓迎しよう

 ――ボクたちにできる精一杯のやり方で

 ――あの子が喜ぶように

 ――負けないように

 ――悲しまないように

 ――祝福を送ろう

 ――たくさんたくさん、幸せになってほしいから

 ――ワタシたちの

 ――ボクたちの

 ――希望ひかり

 ――たくさんの


  ――祝福を






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る