第22話◆幼なじみとバーベキューの焼魚

 気温の変化が落ち着いて、よく晴れた秋の空の下、僕は町内の催し物で開かれたバーベキューに来ていた。

 自転車で45分くらいのところにある市民公園に隣接されたキャンプ場で、僕らの他にもバーベキューやキャンプを楽しむファミリーや男女のグループが幾つもあった。キャンプ場の脇には幅の広い川が流れ、養殖の魚がキャンプ客のために放流されていた。

「じゃあ、ミウちゃんたちは魚釣り班ね」

 会をしきっているおばさんに任命されるがまま、僕とミウは他のこと一緒に河原で魚を釣ってくる役目を負うことになった。

 ミウは少し緊張したような面持ちで、釣り竿を振る真似をした。

「釣れるかな、私釣り始めてなんだ」

「大丈夫、自然相手だったら厳しいけど、入れ食い状態で逆に困るくらいだよ」

「だといいけど」



「またつれたよ! 地球が!!!」

 ミウの今日3度めの悲鳴が上がった。

 彼女の釣り針を仕込む位置が悪く、何度も釣り針は地面に引っかかってしまった。川底が深ければ、ただ垂らすだけでも良いのだが、大河ではなくただの小川である。考えなしに釣り針を垂らせば、すぐに地面に着いて流されながら地面に絡み取られるのは当然の結果だった。

「地面に当たらないように垂らすんだよ」

 僕は彼女からつり竿を受け取り、糸をゆるめたり立ち位置を変えたりしながら、引っ掛かりを取っていく。決して僕もアウトドアな人間ではないが、ちょっと観察すればどう対応すればよいかがなんとなく見えてくる。地球を釣ったの思い切り引っ張っていては、糸が切れるか釣り竿が折れるだけで、絶対に引っかかった針は取れないだろう。

「こういう時はあっちゃん頼りになるわ~」

「地球を何度も釣ってる人に言われても嬉しくないよ」

 ミウは僕の皮肉を笑い飛ばすだけで、釣り針が取れた後につける餌を取りに行ってしまった。

 受け流された僕は、釣り竿を何度も上下させて地球から釣り針を回収する。

「次こそは、小物をゲットするわ」

 戻ってきたミウは、僕から竿を奪うと何もついていない釣り針に餌を団子状に丸めてくっつけて、またそれを河に投げ入れた。

 投げるより、そっと垂らして入れるほうが良いのだが――リールがついていない釣り竿のため――雰囲気をぶち壊してしまいそうだったので、僕はそっとミウの側から離れた。

 釣り針をとっていいところを見せるよりも、魚を大漁に釣り上げて、ミウにいいところを見てもらったほうが、僕としてもモチベーションが上がるというものだ。



 日が沈み始めた頃、僕のバケツの中では7匹の魚がウロウロと尾びれを仰いで泳いでいた。

「許せないな……」

 それを見たミウは、僕に対して全貌の目や好き好きビームを出すことはなく、ライバル心を

メラメラと燃やし始めた。いいところを見せたいという僕の野心は見当違いの方向に進んでしまったようだ。

 彼女のバケツの中には、まだ1匹も魚が入っていなかった。

「もう皆戻ってバーベキューしてる時間だよ」

 魚釣り班に任命されていた他のメンバーは、なかなか帰ろうとしないミウと僕を横目に先に帰ってしまった。

「釣れるまでは帰りたくないもん」

 ミウは地団駄踏むようにして飛び跳ねた。まるで駄々っ子のようだったが、ひとりだけ釣れない焦りがあるのだろう。

僕は地平線に沈んでいく太陽を恨むように見つめた。日が沈めば、魚も餌に寄ってこないだろう。

チャンスはあと30分ほどか……。

 ミウの粘りに負けて、近くで座って待っていようとした、その時だった。

「来たー!!!」

 悲鳴にも似た歓喜の叫びが、天をつく勢いで上がった。

「来た来た来た来た来た来たッ」

 ミウは喜びを連呼しながら、腰を入れるようにした足を踏ん張り、釣り竿を引っ張った。

 釣り竿の先端が大きくしなる。そのしなり具合から、僕が釣っていた魚よりも、強い引きだと想像できた。

「あっちゃん、重い! 地球並みに重いよ!」

「そんなバカな!?」

 ミウの突拍子もない言葉に僕は愕然としながら、僕は彼女に駆け寄った。

足元でバケツを蹴り倒し、自分の釣った魚を放流してしまったが、それに気を取られている暇はない。そのあいだも竿はしなり、そこから河に伸びる糸が左右に振られていた。

 ミウがよろけて、河原に転がりそうになる。僕は後ろから彼女の腰を抱きかかえて、それを支えた。

「サンキュー!」

 僕の支えを受けた彼女は、体勢を立て直し僕に全体重を預けてきた。ミウ自身は竿を引く方に力を込めて、魚を釣り上げることに集中する。

しなっていた竿が少しずつ上がってきた。

二人の体がいやらしい意味ではなく、物理的な意味で合体したことで、ひとりの人間では発揮できない力を発揮し始めたのである。僕の体におさまる彼女の小さな肩は、初めて体験する怪魚との戦いに打ち震えていた。その衝撃が僕の体にも振動とした伝わってきて、感情が高まった。

「もうすぐだ!」

「背びれが見えた!!」

 続いて魚の顔が見えると、後は大根を引き抜くようにスポンと魚は水面から躍り出た。

「でかい!」

 長さ30センチを超える大きさに、僕もミウも歓声を上げた。

 僕が釣った魚をあわせたよりも肉厚がしっかりしていて、見応えがある。

「バケツかアミ、アミッ」

 のたうち回る大魚に竿を振り回されながらミウが声を張り上げるが、僕はミウの体を支えているせいで動けない。彼女は自分の体重が僕に支えられているのも気づかず、無理やりバケツを取りに行こうとしてより無理な体勢になっていく。

「あわわわ」

「ああっ」

 そして……、僕とミウは体を重ねたまま河原に転がってしまった。

 竿を離さなかったのは、不幸中の幸いだろう。



 キャンプ場に戻ってみると、すでにバーベキューは終わりに差し掛かっていて、肉も野菜も海鮮も食べ尽くされた後だった。

 いや、僕とミウには、ミウの釣った大魚があったわけだが、それが焼きあがるころには皆寝静まってしまうのではないかと一抹の不安がよぎってしまう。

 ほくほく顔で、自分が釣った魚を火に炙るミウの顔を見ていると腹が減ったなどと、小言を言えなかったが、僕のおなかだけは批難するように声を上げていた。

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