第21話◆幼なじみともうひとつのアルバム

「コンピュータ室――素直に考えれば、CPU LAB。素直に推理すると、当時新設されたコンピュータ室を示していると考えるのが通りよね」

卒業アルバムに記載されている当時の年表を遡り、掲載されていた構内地図に記されたCPU室の記述を見つけたミウが頬を上気させて言った。

「下校時間までに帰れれば私たちの勝ちだね」

彼女は壁にかかっていた時計を指差し、「今の第三資料室に行けばいいわけだ」と得意満面の笑みを浮かべた。


 第三資料室は、旧校舎3階の端にある小さな小部屋だった。めったに入ることはないが、一度大きな世界地図を取りに行ったことがある。社会科の先生が指示した巻物を言われるがままに取ってきただけだったから、電気もつけず薄暗い印象と埃っぽい印象しか記憶に残っていなかった。通常の教室1/4くらいの狭苦しい部屋である。

「世界地図取りに行った時は、鍵かかってたから先生に開けてもらったな。ちょっと言って開けてもらおうか?」

 僕がそう言うとミウは不思議そうに首を傾げた。

「誰に?」

「先生にだよ」

「ダメ。せっかく先輩が出した謎解きをしてるんだから、先生に頼るのはNGだよね。それは敗北を自分で選んでるのと同じだよ。どうやって職員室から鍵を奪うかを考えないとね。例えば、私が先生と話しているあいだに、あっちゃんが取ってくる――とか」

「僕が先生と話して注意をひく係でいいかな?」

 僕のその言葉にミウは目をぱちぱち瞬いてとぼけてみせた。

 どうして私が盗みを働くの、とその目は語っていた。

 どうやら、危険な役目は僕がやらざるを得ないらしい。



 職員室の前が見渡せるところで、僕らは張り込んだ。

 時計を見ると18時を10分回っている。

 部活をやってない生徒の追い出し時間が迫り、見回り担当の先生が何人も教室から出てきた。

「職員室に入って、すぐ右側の部屋の壁に鍵がかかってるからね」

 ミウは何度も繰り返し念を押す。

図書館から移動してくるまでのあいだ、耳にタコが出来るくらい聞かされた。そんなに心配なら自分で動けばよいのだが、どうやら彼女は心臓が悪く心拍数が上がることはやりたくないようだった。もちろん皮肉。

「自然体で取ってくるから任せて」

「じゃあ、健闘を祈るね」

 ミウはそう言って、職員室に入った。

鍵を奪うなら、極力職員室に人がいないタイミングで行動したい。となると、下校時刻間際の先生が見回りで、職員室から出張る時間帯がベストである。

僕は、ミウが入ってきっかり15秒後に職員室のドアを開けた。

「失礼します~」

 さっと視線を走らせると、手前にミウと理科の先生、奥に教頭のハゲ頭が見えた。それ以外は、部活や見まわりで出ていて席にはいなかった。

 僕は、そのまま左手側の小部屋に入り、壁にかかっている鍵の前に進む。自然な素振りに見えるように、普段よりもゆっくりな動作を心がけた。犯罪者は基本挙動不審なところを注目される。であれば反対の動作をすればいい。

 鍵は並んで吊り下げられていた。鍵の下にはプレートが貼られ、場所が書かれている。僕は、はやる気持ちを抑えながら、上から順番に視線を移動させ目的の第三資料室のプレートを探した。

 視線を左から右に、1段目が終われば、次の段へ。流れるように確認していく。

「あれ、ない?」

 一巡して、第三資料室もプレートがないことに気づく。

 もう一度見るか、それとも管理されている場所が違うのか。僕はどちらの手を指すか、一瞬週順してしまった。迷いは思考の遅延を生じさせる。それは他の人にとっては、異質に見えるのは、当然なのかもしれない。

「松本、何探してるんだ?」

 振り返ると教頭が顔を上げてこちらを見ていた。

 気づかれたか。

「……鍵を探してます」

 素直に答える。。

「どこの?」

「えーっと」

 一瞬ミウの方を見てしまう。

 彼女と理科の先生が僕の方を見ていた。しかし、助けは出ない。

「大掃除が終わったので、第三資料室の鍵を閉めようと……」

「旧校舎の鍵は反対の棚。終わったらすぐに戻しなさい」

 教頭は顎でしゃくるようにミウの方を指示した。

「あー、ありがとうございます」

 一瞬、うっかりしていた、ととぼけようかと思ったが余計な事を言って地雷を踏む必要はない。僕は、職員室を横切って、ミウの後ろを通り過ぎて鍵の掛かった棚の方に行った。ミウと目があった時、彼女がウィンクしてゴメンといったような気がしたが、目を見返すだけで特別な反応を返さなかった。

 奥のほうで教頭が、「まだ掃除が終わってないとは、ゆとり教育の弊害か……」とつぶやくのが聞こえたが、鍵をとってすぐに職員室を後にした。



「反対だったかー、ごめんね」

 後ろからついてくるミウが軽い調子で言った。

「旧校舎の鍵が別のところにあるなんて、知らなかったよ。でも上手いね嘘。大掃除が終わって鍵を閉めるなんて、よくとっさに出てきたね」

「ほめても何も出ないよ。それより教頭にどこの鍵をとったかバレちゃったから、さっさと調べて返しに行こう」

「開けたら、返しに行けばいいんだよ。急ぐ必要はない」

「開けっ放しにしておくってこと?」

「締め忘れたって、後で怒られれば済む話だよ。無駄に長居して、教頭が様子見に来る方がリスク高いと思うよ。だったら、開けた後鍵を返して、そのまま出て見回りの警備員か用務員のおじさんに締めてもらったほうが効率的かな。あとで呼びだされても、鍵を閉め忘れたことを注意されるだけで、それ以上酷い怒られ方はないでしょ?」

 ミウはリスクをゼロではなく、最小限受けることで、ハイリターンを望んでいるらしい。この子は、将来ワルになるか、大物になるのではないかと、僕は遠い目をしてしまった。どちらにしても怒られるのは、僕なのである。

 結局ボクは、ミウの提案通り第三資料室の鍵を開けて、職員室に鍵を返した。

 職員室から戻ってくると、薄暗い資料室の中で、ミウが埃をかぶっていたパソコンの電源を入れようとしていた。

「1台だけ、パソコンが残ってた」

 ミウは机の下でコンセントにプラグをさしながら言った。

「多分これが、学校に最初に導入されたパソコンなんだろうね。モニタの裏見てみて」

 僕は言われてモニタを傾けた。液晶ではなく、ブラウン管型のごっついサイズで傾けるにもかなりの力が必要だった。

「電源コードの上の方に、”初号機”って書いてあるでしょ」

「ミウのお父さんオタクだったみたいね」

「……ノーと言えないのがイタいところだけど」

 ミウは、机の下から這い出し、パソコンとモニタの電源を入れた。

 今ならほとんど待たずに立ち上がるが、流石に古い機種らしく時間がかかった。カップ麺が出来上がるよりも長い時間待たされてようやくブルーの画面が表示された。そこにはユーザ名とパスワードを入力欄があり、単純にエンターキーを押しても先に勧めないようになっている。

「さっきの6人の名前とCUPLABの組み合わせ試してみて――まず、私の父さんminamikaidoとcpulabから」

 ミウは現場監督のように腕組みして僕に指示を飛ばす。

 言われたとおりに入力すると、あっさりとロックが解除された。

「うん、想定内ね」

 ミウは逡巡したように動きを止めたが、大きく頷いた。



起動したパソコンのデスクトップには『卒業アルバム』のテキストファイルだけが置かれていた。マイコンピュータやゴミ箱などの余分なアイコンはない。それだけを見てもらいたいと主張しているようだった。

「開いてみて」

 僕はそれにマウスカーソルを合わせる。

 何が書かれているのだろう。

 人の日記を覗き見るような、緊張感があった。

 ダブルクリック。

 読み込みがコンマ数秒走り、ウィンドウが立ち上がった。

 モニタを覗き込んでいるミウの感嘆の声が聞こえ、その手が僕の肩に置かれる。じんわりとミウの体温が伝わってきた。


 1行目にミウの父親――深波カイドウの名前と日付、そして「卒業して離れ離れになっても俺たちは仲間だ/初代コンピュータ部部長」とコメントが記載されていた。2行目は石井さん、3行目は浅瀬さん、さらに下には伊藤さん、千葉さん、野田さんのコメントが続いていた。

 そして、6人の下には僕とミウと同じように卒業アルバムの暗号を説いた生徒たちが一言ずつコメントを残していた。総勢100人以上。仲間と一緒に暗号を説いたものや、ひとりで説いたもの(俺だけひとりで説いたのかよ、と他を羨ましがるようなコメントがあった)、何人もの先輩たちの言葉が並んでいた。

「日付が面白いよ。みんなちょうど今の大掃除時期」

 その時期くらいしかアルバムを整理することなどないということだろう。

「卒業しても仲間、かぁ」

 ミウは、自分の父親のメッセージをじっと見つめていた。

 卒業……、モニタの明かりに照らされたミウの顔は、少し切なそうな色だった。

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