第20話◆幼なじみと繋がらない線
「辞書を洗うのは、無理があるわ」
ミウは、パンと英和辞典を閉じた。そして、机に前のめりに乗り出し、にこりと笑みを浮かべる。
「3文字程度ならパターンが限られるけど、6文字だと人間の手作業じゃ大変過ぎ。パソコンに入力して導き出したほうが健全だと思うけど、どう思う?」
「それは僕にエクセル先生でVLOOKUP的なことをやれ、と言う意味?」
「簡単でしょ?」
できなくはないが、卒業アルバムに記された暗号を紐解くのに、ルール違反ではないのだろうか。僕は気持ち悪さのようなものを覚え、ミウの提案を却下した。手も足も出ない時は現代の知恵を拝借するが、20~30年前の学生が考えたような暗号でそんなものは使いたくはない。泥水を舐めさせられるような敗北感がある。
「一度整理して考えてみよう。そうすれば、ヒントは見えてくるから」
ミウに卒業アルバムを渡し、僕は黒板に向かった。
■暗号
・名前の丸印
浅瀬、伊藤、石井、千葉、野田、深波
・暗号文
(1)千葉はL 野田はP
(2)功労者石井を順列の頭に
■わかっていること(仮定)
・クラス名簿がアルファベットに紐付いている
浅瀬=A、伊藤=B、石井=C、千葉=L、野田=P、深波=U
「ここまでわかっているのは、ミウも整理できてるよね」
ミウは頷いた。
「とすると、残すキーは暗号文の2行目『功労者石井を順列の頭に』の謎が解ければ、もしかしたら置き換えたアルファベットの順が見えているかもしれない。あくまで仮説だけどね」
「功労者って何の功労者だろう? 石井さんが何かしたってこと?」
今度は僕がうなずいた。
「そうなるね。そして『功労者』と暗号にするくらいの仕事をしたってことは、20~30年経っても残っていると推測できるよね」
「二宮金次郎の銅像にマイナスドライバで、ヒントを彫ったとか?」
そう言って、ミウが教室から飛び出そうとしたので僕は慌てて引き止めた。発言と実行が表裏一体で早いが、そうではないのだ。
「二宮金次郎の銅像なんて、10年後に存在しているかなんて確証は持てないよね。もっと身近な物――暗号と一緒に保管できるものにヒントが隠されてると考えたほうが無難だ。つまり、この場合は、卒業アルバムに石井さんの偉業が掲載されているんだよ。写真か、文章で石井さんの偉業が残っているから調べてみよう」
僕とミウの暗号解読が再開した。
ページ一枚一枚を丁寧にめくり、功労者石井の名が刻まれていないか、写真に残っていないかをチェックする。
校歌や校舎が載っているページ、先生の写真が載っているページ、そしてクラスごとの集合写真に、卒業生の顔写真――学校生活を綴った写真が続く。
「見て、父さんが裸で映ってるよ……」
ミウは顔を覆いながら、水泳大会の様子を移した1コマを指差した。ミウの父親がボディビルダーのようにポーズを決めている。若気の至りだろう。その左側には石井と野田が並んで爆笑している写真が載っていた。
「石井さんの笑っている写真――、べつに変なとこないよね?」
写真に光を当てて、細工がされてないかなど入念に見るが特におかしな所はない。さらに頁をめくって見るも、石井が映っている写真は集合写真以外では、その1コマしかなかった。
「ねぇ、これ写真のとおりに並べてみたら良いんじゃない。野田=P、石井=C、父さん=Uで、石井さんを先頭にすればCPUになるよ。残ったABLで単語作れば良くない?」
「BALか、LAB、LBA……か。でもなんか当てずっぽうで気持ち悪いね。もし写真がヒントなら、浅瀬、伊藤、千葉が一緒に映っている写真もあるか見てみようか」
僕はなかば消化試合的にページを捲り、3人が映っている写真を1枚だけ見つけた。後にも先にも、その3人が映っている写真は、調理実習の1枚だけで『千葉=L、浅瀬=A、伊藤=B』の並びで、掲載されていた。
「CPU LAB。その裏付けは最後のページにあるアルバム制作チームの名簿に、石井さんがいることが多分そうなんだろうね」
ミウがあっけなく解けてしまったことに、不満があるのか頬をふくらませながら奥付を見下ろした。功労者の厳然たる理由に辿り着く前に、写真でアルファベットの並びを推測できてしまったのだ。その順序が逆なのは、ある意味編集をした功労者石井の大きなミスかもしれない。
「直訳するとコンピュータ実験室――CPU LABを暗号化する意味て何だったんだろう」
新たに産まれた謎に、ミウは目を細めた。
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