第18話◆幼なじみと金時豆の芽
突然ミウが、水切りボウルいっぱいに豆を入れて現れた。
「見て! 見て見て!」
僕は読んでいたマンガを置いてベッドから起き上がり、言われたとおりにミウが持っているボウルを見て「あっ!!」と驚きの声を上げた。
「驚いたでしょう!」
「ミウ、水が滴ってるじゃん。ティッシュで床拭かないと」
「え、そこ?」
ミウが不満そうに口をとがらす。
怒っている顔もかわいい……、なんて言ってる場合ではない。
僕は机の上のティッシュを3枚取った。
「仮にも人の家にそういうの持ってくるなら、水をちゃんと切ってくるか、下に水を受けるボウルを持ってきなよ。って、廊下も、階段も濡れてない!?」
「あっちゃー、ごめんにゃさい」
ミウは、赤ん坊のように小さな舌を出して、ウィンクしてごまかしてきた。彼女がウィンクすると、目尻から黄色い星が飛び出るが、それで許すほど僕は甘くなかった。
彼女が何かをいいたくてそわそわしているのを鷹の目バリの眼光で制し、いらない新聞紙を持ってきてミウの足元に引いた。
「話し始めていい?」
「廊下と階段の水を吹いたらね」
「OKッ、それまでマンガ読んでようかな」
ミウのジョークに僕は、覇気を含んだ眼光で、彼女を気絶させてやろうとした。
うん、マンガの読み過ぎだな。
彼女は、僕が部屋の入口に敷いた新聞紙の上に直立不動で話を振らられるのを待っていた。ポメラニアン――小型犬のようにそわそわと体を揺すっている。僕が部屋に入ってくると、ニッコリとして上気した。
「で、どうした?」
ベッドに腰を下ろして、僕はミウに尋ねた。
「あっちゃん、お豆さんを水につけておくと、芽が出るって知ってた!?」
彼女は勢い良く、ボウルをつきだした。
水しぶきがベッドに撥ねたが、彼女は気づかない。
僕はそれをティッシュで拭きながら、彼女の差し出したボウルを見て目をパチクリした。
「ん、芽くらい出るんじゃないの?」
「感動しない?」
「……」
僕はまじまじとボウルをのぞき見た。
山盛りの豆――おそらく金時豆(キントキマメ)だと思うけど――からは、小さな緑色の目が出ていた。一個一個の豆からウネウネとした触手のような目が出ているさまは、感動をすることはないけど……。
「ヒクほど芽が出てるね。ちょっと、水につけてる時間長すぎたんじゃな。ウチでやってるの見たけど、ここまで行かなかったはず」
水切りの穴から、いくつもイソギンチャクやタコの足を連想させるような芽が這い出していて、それらがいっせいに動くわけではないけど、いっせいに動くかもと想像するだけで、ゾッと震えてしまいそうだった。
「水にはつけてないんだよ。水をかけただけ」
「それは生命力高いね」
「でしょう! このあいだ育ててたバラも、土の中ではこんな感じで育ってたんだろうねぇ。ヒクなんてないない。感動しちゃうよ」
ミウは目をキラキラさせて、水切りボウルの中を愛おしそうに見下ろした。
その時、外からミウを呼ぶ声が聞こえた。
「ミウ! マメをどこに持ってったのォ!?」
その声にミウは飛び上がった。
「ヤバイ、お母さんだ。このままだと煮豆にされちゃうよ! どこかに豆をかくまえる場所ないかな?」
そして、狂喜乱舞して僕の部屋の中を行ったり来たり、ベッドの下に隠そうか、机の下に隠そうか、本棚か、必至にボウルを持って駆けずり回った。
僕が「水、水!」と、金時豆を芽吹かせた聖水が床や机にこぼれ落ちているのを指摘しても、ミウは全く気づかない。バラ消失のトラウマが、彼女を慌てさせていると思えばしかたがないのだが、完全なる暴走だ。
「かくまうって、5個くらいもらって脱脂綿の上において――かいわれ大根育てるみたいに、育てたらいいんじゃないの!? 畑に植えるわけじゃないから、そんな山盛りにいらないと思うよ!」
ボウルを持って、僕の机の下にジャンピングダイヴしかけた彼女は、空中で器用に体を捻って、ピタリと着地を決めた。それから僕を見て、力いっぱいサムズ・アップして「それだ!!」と満面の笑みを作った。
「見て見て!」
またミウが、僕の部屋を訪れた時、僕は歓声を上げた。
「ちゃんと育ってるじゃん!」
「でしょう!」
ミウはバラを植えていた鉢に、金時豆を植え替えていた。そしてその鉢から、にょきにょき元気よくツタが伸び、支え棒に絡まり幾つもの実がぶら下がっていた。
ミウの愛情が込められた金時豆は、採取されまた脱脂綿から育てられるんだろう。
紅潮した幼なじみの顔には、誇らしさと喜びが溢れていて、僕も心から幸せを感じだ。
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