第17話◆幼なじみと鉢の中のバラ
子供料金200円。
僕とミウはバラフェスタが植物園に来ていた。ミウは、色とりどりのバラの花をデジカメに収めながらご満悦。僕の方は、どれも同じように見えてしまい、どうしてこんなに種類が必要だったのか、ミウの肩越しに疑問の目を向けていた。
「あれ、あっちゃんバラ興味ないの?」
「興味あるなしで分けたことないけど、どちらかと言えばない方かなぁ」
「なんだ、せっかく来たのに残念ね」
ミウは軽く肩をすくませるだけで、またすぐにバラ撮影にテンションを上げた。ミウも僕が楽しんでいるかどうかは、あまり興味なかったらしい。深刻におろおろわたわたしないだけ、僕も気楽にミウの後ろを連れ立って歩けるのだけどね。
写真を取りながらバラ園を一周して、植物園の入口に戻ってきた僕たちに、売店のおじいちゃんが声を掛けてきた。日焼けした顔を手ぬぐいで拭きながら、まるで自分の孫に話しかけるように陽気だった。
「バラ園見てきたのかぁ?」
ミウは、うなずいて首にかけていたデジカメの画面を見せながら、「写真もいっぱい」と笑みを浮かべた。
「ほほ、いいのぉ。綺麗だったろう、写真もいいけど、本物もどうだい。バラフェス中は300円の苗を150円で買えるんだよ」
「へー、入場料より安いんだ。来年来なくていいじゃん」
「50円の儲け?」
「お買い得!」
ミウが手を叩いて感心するから、僕は思わずポケットから財布を取り出して150円をおじいさんに払ってしまった。
受け取った薔薇の苗は、ピンと背筋を張ったように茎が伸び、いくつかツボミをすでにつけていた。
「元気良さそう」
ミウが棘を指先で突っつきながら、嬉しそうにいった。
おじいさんも「これからもっと育っていくから、容器も大きい物にしておいたほうがいいな」と豪快に笑った。
「この黒いビニールの、容器のままじゃダメなの?」
「このままじゃあ、だめだなぁ。容器も大きいのを容易した方がいいし、土屋肥料もちゃんとしたものを使ったほうがいいだろう。よかったら、反対の売店にあるから帰りに見ていくといいよ」
商売上手なおじいちゃんだ――。
最終的に150円に加えて、鉢や土、肥料に園芸用品など、もろもろ合わせて1800円が僕の財布から飛んでいった。ミウが喜んでくれるなら――と、貢ぐ男のダメダメな思考で自分を納得させて、夕日を眺めた。
それからミウは、心をこめて毎日バラに水を上げ、暇な時間はずっとバラの前に座って、その様子を観察した。植物の成長は時々見るから実感できるものであって、じっと見つめたからといって、花を咲くところを見えるわけではない。動画撮影しないかぎり、花が咲いているところを気づくことは出来ても、その一連の動きを見ることは難しいのである。ミウもそれは理解しているが、やっぱり気になるのかずっとバラのそばを離れなかった。
僕がミウの側にいつもいるのと同じかな。
バラを見るミウの姿に、僕は自分を重ねてしまう。
もともと小さなツボミがついていたため、3日もすれば、花が咲き始めた。それを見つけたときのミウの気持ちの高まりようと言ったら、僕の手をとって、くるくると踊り始めた程だった。
「完全に開くまで、もうちょっと掛かりそうだね。でも、なんかいいね」
そう言って喜びをわかちあいながら、ミウはバラに水を上げた。
しかし、その喜びはいつまでも続かなかった。
「あっちゃんどうしよう。花が黒くなって落ちちゃったよ」
ミウは呆然と僕に枯れた花弁を差し出した。
「病気?」
「わからない。調べたけど、わからないよ」
「OK僕も手伝うから、がんばろうね」
その足で僕は市立図書館に言って園芸の本を片っ端から読み漁った。ミウも、ノートにメモを取ったり、図書館のネット端末からヤフー知恵袋や、掲示板の情報を引用して、現在の状態を明確にしようと必至だった。
「水、やりすぎたのかな?」
ミウは、コピー用紙を差し出してきた。
それには水のやり過ぎで根腐りを起こした花の写真が載っていて、蛍光ペンで「水のやり過ぎによる弊害」という項目にヨコ線が引かれていた。
「どうだろう。水はけは良かったみたいだし、湿ってるって状態なら毎日水をあげてても大丈夫な気がするけど……」
僕の言葉には根拠はない。ミウが自分を責めそうだったので、気休めを言っただけなのだ。しかし、ミウは黙ったままで僕の言葉が届いていない様子だった。
僕はスマホの画面をミウに見せながら、
「父さんさ、疲れてる時栄養ドリンクで元気出そうとするでしょ。あのバラにも、リポDみたいなのでドーピングしてみる?」
と提案した。
これも破れかぶれだ。
ミウは、焦点の定まらない目でそれを見て、ややあって首を縦に振った。
早速僕らは図書館からの帰り道、スーパーの園芸コーナーで緑色の容器に入った植物用の栄養ドリンクを買って、バラの鉢植えにぶっ刺した。
これで、どうにもならなかったら、どうにもならない。
栄養ドリンクと神に祈るだけだ。
僕は肩を落とすミウを後ろから見守った。
茎も花も干からびて黒ずんでしまったバラに、ミウは水をかけてあげた。
「最後にもう一度……」
復活を夢見たが、それは現実逃避でしかない。
もしかしたら、もしかしたらまた元気になるかもと期待を持って僕らが行動したことは、僕らがバラを看取るための最後の儀式だったのかもしれない。
鉢の土を捨てるミウの頬に涙が零れた。
僕は鉢を綺麗に水洗いするミウを黙って手伝った。
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