第13話◆幼なじみと女子力アップの魔法
問いかけと沈黙。
「なんで編み物?」
僕の問いかけに、ミウは「うん?」と普段の10分の1の反応速度で応えた。
そして、沈黙。
そんな繰り返しが、僕とミウのあいだで1週間以上続いていた。
別に彼女を怒らせて、無視されているわけではない。彼女はどっぷりと趣味の世界にトリップしてしまっているのだ。
ミウは珍しく女子らしい趣味――編み物にハマった。
多分メリヤス編みだと思うが、彼女の精神は棒針と毛糸に絡み取られたらしく、家にいる時は当然のごとく、休み時間も通学中もアッチの世界に行ってしまっていた。誰が話しかけても反応速度が遅い。いや、アッチの世界にいると、反応しないことのほうが多いかもしれなかった。
その集中力たるや、視線の先にある毛糸に火がつくのではないかと心配になるほどのもので、彼女の思考の棒針は、目の前にある毛糸以外、一切引っ掛けず完璧に不要な情報処理能力を発揮した。
ブツブツブツブツと編み目の数を数えながら黒い毛糸を編みこんでいく。
思い立ったかのように、「編み物は脳トレになるよ。あっちゃんもやってみたら」とつぶやき、僕が漫画から顔を上げた時にはまたアッチの世界に戻っていた。
意思疎通・会話のかみ合わせが上手くいかないと、一緒にいる身としては徐々にフラストレーションが溜まっていく。彼女の隣でマンガやゲームをしていることも、ささやかな幸せではあったが、やはり少しくらい会話を楽しみたい欲がある。
たまりかねた僕は、ついに彼女の手芸に対抗して工作を始めた。
いや、ストレートに言えばイタズラを敢行したのである。
ミウの背後に回りこみ、床に転がっている毛糸玉をそっと持ち上げて毛糸をほどく。充分にそれを伸ばし、彼女の編み物に支障が出ない――つまりイタズラが気付かれないように新潮になりながら、本棚の上にある地球儀を手にとった。
「フフフ、編み物のエネルギーが逆向きの自転エネルギーを与えるとは思いもしなかっただろう。さぁ、ハワイから1日が始まる地球が生まれるぞ……」
僕は空想上の悪の組織を治める組長になりきりながら、地球儀に毛糸の端をテープで止めた。力いっぱい地球儀を回しに回した。グルグルと毛糸が地球上を駆け巡りそして包んでいった。
それは地球という幼虫が繭に包まれ新しい姿に変容するようだった。いやもちろん空想上の話であって、僕の思考の羅列でしかない。
「地球を縛り付けるプレイ?」
「いや、地球を生まれ変わらせるプレイさ」
僕はミウに話しかけられ、ロマンティックに返した。
そして、はっとしてミウの方を見って真っ青になった。
「あっちゃん……わかってるよね?」
ミウはただそれだけ言うと、また編み物を進め始めた。
有無をいわさない迫力とは、その目に現れる軽蔑を言葉に現したものかもしれない。「だって暇だったんだもん」「かまって欲しいんだもん」と子どもじみた言い訳をいう暇はなかった。
僕は虚しく回転していた地球儀を止めると、コマのように毛糸を引っ張って1周ずつ毛糸の眉を取り除いていった。地球が生まれ変わるのは、まだまだ時間がかかるらしい。なんて、冗談を口にする空気ではなかったので、心のなかでほくそ笑みながら、僕は毛糸玉を作り始めた。
DIYと言う名のITAZURAを失敗に終わらせた僕がマンガを読んでいると、ふわりと首にマフラーがかけられた。
驚いて後ろを見ると、ミウが嬉しそうにニヤニヤしていた。こみ上げてくる嬉しさをかみしめているような顔だ。
「出来たよ。せっかくだから上げるね」
ミウはそう言うと、照れるように編み物道具を片付け始めた。
「僕のために作ってたの?」
「違うよ。でも上げる!」
ミウの返答は、いつもの反応速度に戻っていた。
あまりの即答にあっけにとられてしまったが、黒い毛糸のマフラーは、首元がチクチクしたけど暖かく、端に付いている小さなくまのアクセサリーが可愛かった。
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