第8話◆幼なじみと盆踊り(宝探しゲーム)

 退屈な時間ほど、長く感じるもので、もしミウと一緒だったらと思うと深い溜息を付くしかなかった。ただ、僕がどれだけ退屈してようと、時間は速度――地球上にいる以上と言う意味で――が変化しない限りはどんな人物にも平等に過ぎていく。

 雲ひとつない晴れた空はゆっくりと朱に変わり、あっという間に群青から黒に移っていった。星明かりの瞬きは、提灯の明かりに打ち消されあまり良く見えない。賑やかな人の顔のほうがまだ光っている。いや、テカっていると言ったほうがせいかもしれない。夜風の涼しさを打ち消すほどの熱気が屋倉から広がっていく。屋倉という中心があるため、熱の広がりがほぼ均等だ。もちろん風の動きを考慮しない。

 僕は、味気ない焼きそばをすすってぼんやりと、人の声に耳を傾けた。それくらいしか今はすることがないのである。

 ミウと別れた僕は、地元の友達を見つけ惰性でその一団に巻き込まれ、ひと通り屋台を巡った。下手にひとりでうろついていて、不良に絡まれてもしかたがない。それにひとりでいるよりもマシだろうと、一団の後ろを金魚の糞のようについて回った。

それは面白くも、楽しいとも思えない時間だった。

ミウと喧嘩さえしなければ、楽しめたのかもしれない。唯それを入ってもしかたがなかった。まだ憂鬱の原因がわかっているだけ救いようがある。テレビで特集されるエジプト1000年の謎だったら絶望だ。

 知らないうちに一団は解散し、またひとりになっていた。多分ぼんやりと考え事をしていたのだろう。僕はどんどん軽くなる財布から泣け無しの300円で焼きそばを買い、お寺の境内にある鐘楼堂に座して、暮れていく日と盆踊り大会に集まってくる人の流れを見守っていた。


 盆踊りの開始が告げられると、屋倉の上に青年団の団長と名乗る男が乗り込み太鼓を鳴らし始めた。とても派手なパフォーマンスだった。きっと手にマメを作りながら、この日のために必至に練習してきたのだろう。とても力強くキマっている。

 屋倉の周りを回る人の輪は最初はひとつだけだったが、踊る人の人数が増えていくとやがて分裂して二重になっていった。老若男女、子供から大人までどこで習ったわけでもなく同じ振りを踊る。

 外側の人の列にミウの姿を見つけ、僕は持っていた割り箸を落としてしまった。

 薄い水色地に鮮やかな花がらの浴衣を着付け、お手本のような舞いを踊っていた。彼女の周りには、小さい子が集まっている。面倒見が良いのか、皆ミウの方を見て見よう見まねで手足を動かしていた。幼稚園児らしい女の子が足をもつれさせて転びそうになると、ミウがすかさずその子の体を支える。輪になって歩いているのに、それを乱さないように素早く女の子を立て直す手際の良さに見とれてしまった。

 地元にはミウよりも歳上のお姉さんが何人もいるが、それらを差し置いてミウの人気はとても高かった。彼女を囲うように子どもたちが踊るから、輪の中でそこだけ異様に明るく見える。微笑ましさがあったが、その輪から離れていることに、しこりのようなものを感じざるを得なかった。

「自業自得なんだけどね」

 僕はまだ半分以上残った焼きそばのパックを脇に置き、楽しげに踊るミウをただただ眺めていた。


 1時間ほど経って、青年団の団長がマイクを取った。

「さぁ、子どもたちのお待ちかね。宝探しゲームをやるよ! このために盆踊りって準備運動があったようなもの!」

 そんなことないだろう、僕は心のなかで苦笑する。

「このお寺の中にお宝に通じる鍵が3つ隠されている! それを見つけて、俺のところに持って来ることができれば、超豪華なお宝をプレゼントしよう! さぁ、合言葉はあの有名マンガのアレだ。俺のお宝? 欲しけりゃくれてやる、お寺の果てにあるひとつなぎの鍵を見つけてきやがれえーい!!」

 寒いモノマネもBGMに助けられて、なんとか船出を迎えられたらしい。小さなファンたちが「海賊王になってやる」と息巻いて両手を上げて駆け出し、それを見ていた周りの大人達が

笑い声を送って送り出した。

「さぁ、小さい子にばっかり任せちゃいられないぞ。中坊や高校行ってるワルガキ共も、ちゃんと見て助けてやるんだぞ! 合言葉は『あたりまえだー!』だ。んノリが悪いな。せーの『あたりまえだー!』」

 熱血感のない掛け声に苦笑しながらも、司会の青年の近くで、両手を上げてみるミウの姿を見つけて僕もひとりでぼそっと掛け声を呟いた。


 航海にぴったりなサウンドと、子どもたちが縦横無尽に駆け回る賑やかな声が重なり盆踊り大会は興奮の坩堝に変わっていた。親御さんがたくさん来ているらしく、運動会並みの声援が響く。

 ひとり、ふたりと中学生と協力した小学生が鍵を見つけて司会のもとに集まる。

「さあ、残される鍵は後一個! この世のすべてをそこにおいてきた! 合言葉はそう! お宝欲しけりゃくれてやる、お寺の果てのひとつなぎの鍵を見つけてこーい!」

 それがヒントか。

僕は頭の中でお寺の配置を思い浮かべ、すでに見つかった鍵が隠されていた位置から、何となく目星をつける。ただ目星をつけたからといって、腰には1トンの重りがついているらしく、立ち上がる気にはならなかった。

 そんな時、ミウが血相をかいて走ってきた。

「ねえ! ちょっと手伝ってよお。みちこちゃんが頑張って探してるんだけど全然見つからなくって」それだけ言ってミウは走り去ってしまった。

 みちこちゃんって誰?

 僕は首を傾げながらも、鐘楼堂の釣り鐘を振り返った。

 この際、みちこちゃんのことはどうでもいい。ふたつの鍵が見つかった位置はどれもお寺の敷地の角だ。察しのいい奴は、すぐに次の鍵の在処に閃くだろう。残されたのは敷地の入口に際にある鐘楼堂と手水場。どちらかが正解だろう。

 僕はスマホで、ひとつなぎの意味を検索する。鐘の中は子どもたちが探して行ったのは見ていたが、そこにはなかったようだ。ということは……。

 僕は立ち上がって、釣り鐘の横の橦木に手を伸ばした。ひとつなぎは『one peace』ではなく『rope of』。であればロープに吊り下げられている橦木に――。

「――あった」

 橦木とロープの繋ぎ目に、ガムテープで雑に貼り付けられたアンティークな鍵を見つけた。それを手にしたところで、後ろから声がかけられた。

「面白そうなもん持ってんじゃん」

 振り返る間もなく、首に腕をまかれ僕は釣り上げられてしまった。

「苦しい」

「鍵? ガキどもん遊びのやつか」

「これ隠しちゃわない? 絶対ウケるって、モンペがクレーム入れてめちゃめちゃになるの希望~」

 馬鹿力で締めあげられているため、うめき声を上げるだけで精一杯。典型的な黒服、パツキン、ソフトモヒカンのヤンキーだ。

「財布は? すっからかんじゃん、つかえねー。おいどうするこいつ、つまんねー」

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた4、5人に取り囲まれてしまった。ガテンか、それとも野球部とか運動系の部活で鍛えたらしく、どいつもこいつも僕よりも一回りほど体が大きい。情けない話だが、僕は助けを呼ぶこともできず釣り鐘の隣で釣り上げられてしまっていた。足で蹴り上げようとしたが、すぐに両足を掴まれる。後は魚のように胴体を上下に振るくらいしかできない。

「おい、女が来たぞ」

 ひとりが警戒を促すように声を潜めて言った。

「帰らせろ」

「おっと、ここからさきは立入禁止だ。入りたかったら、靴と着物を脱いでもらおうか」

「は? 何言ってんの。何様?」

 下品な笑いを覆すように、ミウの鋭い発声が響く。

「ちょっと退きなさい! あ! 何してるの!!」

 ミウが駆け寄ってくると同時に、僕は宙に投げ捨てられた。

 腰からコンクリートに落下し、そのまま横に転がる。

「大丈夫あっちゃん!?」

「助かった」

 落ちたときの打撲に顔をしかめるが、解放された喜びが大きく。僕は安堵の声を漏らした。しかし、取り囲まれている状況に変わりはない。

「なになに、お前等出来てんの? 最近の子供は早いね。マセてるね。お兄ちゃんも混ぜてほしいねぇ。ヒッヒッヒ」

 僕らを脅すように、長髪の男がおどけてみせた。その様子は、まるでアホを演じているアホだ。

「せっかくだから、一緒に楽しもうよ。そんなナヨナヨしてるふにゃ●●なんて放っといてさ。帯締めくらい出来るよ。チョウチョ結びにしてちゃんと送り届けてあげるから、天国に。クハハハハ」

「面白く無いんだけど」

 ミウは冷たく言い放つと、近づいてきたそいつを押し倒し、橦木の縄を取るとおもいっきり鐘楼を叩いた。

 その素早い動きに、僕もヤンキーも身動き取れず、あっけにとられてしまった。そして我に返った時には、今度は周囲の注目を浴びて体を硬直させていた。

「最後の鍵見つかったよ!!!!」

 ミウは、僕らを尻目に大きな声でそう告げると、両手を振って飛び跳ねた。

「チッ、覚えてろクソども」

「皆おいで~、こっちだよ!!!」

 リーダー格の男が、子どもたちを呼びこむミウに睨みを効かせ捨て台詞を吐いたが、彼女はそれを完全に無視して振り返ることはなかった。相手にされず、ヤンキーたちはすごすごと退散していく。ひと目を避けるように背中を丸めて、まるで猿のように顔を赤くしていた。


 子どもたちが鐘楼堂の下に集まると、ミウがようやく僕の方に振り向き、サムズ・アップした。

「追い払えたでしょ?」

 得意げな笑みに僕は打ちのめされた。

「さすがだね」

 僕は、握りしめていた鍵をミウに放り投げる。

「え? 鍵持ってたの? 適当に言っただけなのに、ラッキー」

 鍵なんかよりも、ミウの喜んだ顔の方が僕にとっては宝物だが、そんなくさいセリフ言えるわけもなく、小躍りしながら子どもたちと司会の方に向かっていく彼女の背中を見送った。


「ねぇ、どういうこと?」

 何故だろう。

僕が怒られているような図式。

 景品をもらってきたミウは、嬉々としてみちこちゃんと一緒になって包装を剥がした。そこまでは飛び上がるほどの喜びようだったが、中身を見た途端、バネが馬鹿になってしまった。

 中に入っていたのは、アンビリーバブルな香りと表示された香水と、大きくハズレと書かれた紙だった。紙には小さく「お母さんにあげてね♪」と気持ち悪いコメントが記されている。ミウでなくてもキレるだろう。

「これは、もらっても嬉しくないよね?」

 僕のせいではないが、甘んじて頷くだけだった。

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