第9話◆幼なじみと盆踊り(カラオケ)

 盆踊り大会の思い出は、ミウと喧嘩して、不良に絡まれたあげく香水なんてしょうもない報酬をGETしたけど、結果としてミウには笑顔が戻り、鍵付きで保存していいレベルに株が上昇してきた。


 僕の隣ではミウが、カラオケ大会の申込用紙に記入している。

 町内の盆踊り大会のフィナーレを飾るのは、盆踊りではなく、のど自慢であった。明治大正・昭和初期なら、盆踊りとで店だけで町内の余暇になったのかもしれないが、現在では物足りない。踊りにゲームにカラオケ。これだけ揃って初めて、夏のイベントに数えられるようになるのだ。

 ミウは書き終えた申込用紙を高らかと掲げて、気合を入れた。

「絶対優勝! この日のためにピアノを習ってきたようなものだもん」

 彼女のつまらない冗談はさておき、楽器を習っているためミウの音感は確かだと思う。ピアノを引いていることが仇となり、合唱コンクールやイベントごとでは後ろで演奏するばかりだが、カラオケで初めて聞いた彼女の歌は、CDにして永久保存しても良いレベルだった。もちろんその評価には私情も含んでいることだったが……。

 ミウと一緒にカラオケ大会の受付に並んでいると、後ろから威勢のいい声が掛かった。

「ふたりとも仲直りしたんだね! 良かったよ!」

 振り返ると、昼間のイカ焼き屋のお兄さんが僕らの後ろに並んでいた。炭で顔をあぶられたのか、焼けた顔して申込用紙を振ってみせた。

「あの後、客足が途切れちゃってね、いやー参った参った。お嬢ちゃんたちのお友達紹介がなかったせいだよ」

 恨み節を小気味よく言うため、それほどいやみったらしくない。

 僕もミウも「お兄さんの自己責任でしょう」と返して笑いを誘った。

「お兄さん何歌うの?」

「エーちゃんだよね。男ならこれだよ」

「ふーん。でも優勝はあげないからね」

 ミウは挑発するように微笑を浮かべ、イカ焼き屋の兄さんも対抗して猛牛のように鼻の穴を広げて荒い鼻息を吹き出しながら見下ろしてくる。ふたりのあいだに火花が散るが、さっきのヤンキーとの一触即発に比べれば可愛いものであった。

 僕は、ふたりを無視して周囲に目を向けた。ヤンキーたちの「覚えてろ」と言う時代錯誤の捨て台詞が気になっていたのだ。この町の者じゃない気がして、少しばかり不気味さが残る。背中に背後霊が取り付いたみたいなものだろうか。

「どうしたの?」

 ミウが僕の顔を覗き込む。

「いや、なんでもない。ただ周り見てただけ」

 不要な心配をさせないため、僕は素知らぬふりをして、肩をすくめた。

 ミウも肩をすくめ返し、それからお寺の本尊に上る階段を指さして「じゃあ、私順番までひな壇で待ってるから応援してね」と言った。

「頑張ってね」

「もちろん」

 ミウは緊張の色を見せずに、人前で歌を披露するのが楽しみで楽しみでしょうがないというように、目を輝かせていた。頑張れという言葉は彼女にとっては愚問だったかもしれない。


 カラオケ大会が始まると、僕は人垣からはなれて、鐘楼堂のところまで下がった。

 境内に作られた盆踊り用の屋倉に登って、一人ひとり歌唱を披露する。観客は屋倉を取り囲みながら音痴に苦笑したり、目立つパフォーマンスに爆笑している。人の波は、屋倉に集めっていて、お寺の周囲はうっすらと闇が迫っていた。

 闇あるところに犯罪の煙が立つ。どんな犯罪でも、基本は闇に乗じて行われるのが常なのだ。

 僕は手水場から本殿に向かう影を見つけた。光が届かないところを植木に隠れながら移動している。体は見えなくても、良からぬ思念がくっきりと現れていた。

「――予想通りか」

 僕は反対側から本殿に向かった。


 本殿の裏手は、盆踊りの会場と比較すると天国と地獄くらい真逆の空気にみちていた。裏手にある墓場が薄ら寒さを際立たせている。すぐそこでカラオケを歌っているのに、別世界での出来事のようだ。

 スピーカーが裏手に向いていないだけだろう。

 僕は恐怖心を抑えこむために、そう言い聞かせて闇に足を踏み出した。本殿の影は月明かりも星のまたたきさえも届かない。急な勾配になっていて、うっかりすると滑り落ちてしまいそうになりながら坂を降りた。

「さぁ、次は我らが町内の美少女! ミウちゃんです!」

 くぐもった司会の声が聞こえ僕は舌打ちした。

「ミウの歌を聞きたいのに!」

 本殿の軒下にたどり着くと、そのまま腰をかがめて床下に進んだ。

 砂利を踏んで足音を立てないように、そっと足を運ぶ。遠くからはミウの伸びやかな声が聞こえてくるが、床の下じゃその良さも半減してしまう。

 顔に蜘蛛の巣がかかるが、悲鳴も上げられず額や背中にじっとりと汗をかいた。背中にTシャツが張り付いてより不快感が増す。一刻も早くミウの歌をちゃんと聞きたいという焦る気持ちを持ちながら、僕は前進した。

 更に進むと、表側の光が強くなってきた。それと比例して目も闇に慣れてきて、周囲の状況を見通すことができた。

大柄な影が5つ、逆光のもとに浮かび上がってくる。

 僕は柱に身を隠しながら、その影に近づいていった。

「おい、あの女が歌い始めたぞ」

 下品な笑い声とともに、その影はもぞもぞと動き始めた。

「よ~し、電源ショートさせて真っ暗闇にしたら、屋倉に直行だ。いいな」

「おう」

 ミウの歌の邪魔をするだけに足らず、アクドイイタズラを考えているのか。僕は憤りを覚え、その卑劣な影の背中を睨みつけた。

 絶対にミウの歌を邪魔させたくない。

 床下に聞こえてくるミウの声は、聞き心地よく彼女の表情まで見えてくるほど、音楽に気持ちが乗っていた。一音一音大切に歌っていることがよく伝わってきた。それを邪魔するなど、言語道断だ。

「でも、どうすれば……」

 僕は、奴らの後ろにいてはどうしようもできない――腕力では勝てないことはすでに証明されていた――ため、本殿の横手に出た。

 騒ぎにしてミウの邪魔をしたくないと言う思いが、僕の中に軛として打たれている。警察沙汰にすることも、助けを呼んで歌っているミウを邪魔することもできない。

 床下を出る直前、振り返るとヤンキーたちも床下から身を乗り出しているところだった。

 何をする気だ?

 僕は、靴を脱ぎ捨て床下の横木に足をかけると、そのまま本殿の廻り廊下に登った。

 ぎしっと木がきしむ。しかし、カラオケの音にかき消されるレベルだ。

 僕は、廻り廊下をさっと忍び足で走りぬけヤンキーたちの真上に移動した。

「ショートは?」

「任せろ。10年以上前のボロい発電機だ。ちょろいもんだぜ」

 悪巧みに笑みをこぼす5人の顔を上から写真に収めた。

 しかし、これじゃあ何もできないことはわかっている。

 僕はスマホをしまうかわりに、宝探しゲームで手に入れた『アンビリーバブルな香りと表示された香水』を取り出した。母親にプレゼントしても、ミウの反応をみてれば喜ぶはずがない。だったら――。

「よし行くぞ!」

 ヤンキーが身を乗り出す。

 僕はそこに向かって、香水を全部ふりかけてやった。

 悲惨な香りが一瞬にして広がり、僕は吐き気を催しながら廻り廊下に体を隠した。

 床下からは身悶え、悶絶する声が上がった。

 見事に全員の頭から顔に滴らせてやったのだ。臭くてしょうがないだろう。

「家に帰って、風呂で頭の中まで綺麗にしてこい」

 僕は小さくつぶやき、廻り廊下を移動した。

 これで奴らの気が済むかどうかはわからないが、身を隠してもその臭さが目立つだろう。

 遠くからミウの歌声が響く。

 サビももう終りに近い。

 渡り廊下から本殿の階段に辿り着き、カラオケ出場者の席が見えたので、僕はそっとそこに近づき、イカ焼き屋のお兄さんの後ろに座った。

「もうすぐお兄さんの番だね」

「お? おう坊主か! マジ緊張してきたわ」

 お兄さんは手で体をこすり、両頬を叩いて気合を入れた。両足は武者震いか、上下にカクカク震えている。威勢がイイ割に気が小さいみたいで少しおかしかった。

「あれ、お前その香水当たったの?」

 お兄さんは、ふと僕の手元の香水の瓶を見つけ目を丸くした。

「え、これお兄さんが用意したの?」

「空じゃん……。捨てるなよ悲しくなるなぁ。そうだよ。フラれた彼女にプレゼントしたやつだよ」

 僕はその言葉に笑い声を上げてしまった。

「これじゃあ、フラレるよ!」

 ミウの歌が拍手喝采のもとに終わり、そしてミウはカラオケ大会で優勝した。

 商品を受け取ったミウの顔は、香水を受け取った時とは比べ物にならないほど、晴れ晴れとして記念写真は僕の宝物になった。

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