第7話◆幼なじみと盆踊り(出店)
「今日は、ミウの浴衣姿が見れるかな」
新聞の折り込みと一緒に挟まっていた町内の盆踊り大会のチラシを見て、僕は自然と笑みを零した。夏場はイベント事が多い。その中でも今晩開催される盆踊りは、子供だけでどうどうと夜遊びできるため格別だった。
「あっちゃん、そろそろ出ようよ~」
窓から外を見ると、向かいの窓からミウが元気よく手を振っていた。家が隣で、部屋もちょうど真向かいに面しているため、時々窓から声をかけてくることがある。プライバシーを守るのはお互いの部屋の窓ガラスとカーテンのみだった。僕はチラシをベッドに投げ、簡単に手を上げてミウに応えると、カーテンを閉めて家を出た。
外にでると、すでにミウが待ち構えていた。別にダラダラ準備していたわけではない。普通にカーテンを閉めて、玄関に出て靴を履いていただけだ。それなのに、ミウは何時間も待っていたかのように、頬ふくらませていた。
僕が、ミウの浴衣に着替えるまでのあいだ外で待つのは覚悟していたが、彼女はまだ私服のままで、居ても立ってもいられない様子でその場で駆け足をする。
「遅い! もう出店やってるって。走って行くからね!」
「え、まだ3時だよ。早くない?」
青々とした空を指さすが、ミウが出店の開店時間についてなにか理由を知っているわけでもなく、一言「知らない」と一蹴されてしまう。彼女の頭は、いつ店が開いたかは関係なく、何が食べれるかが、思考の大半を占めているようだった。その証拠に何度も舌なめずりをして唇を濡らしていた。
盆踊り大会は、僕らの家から歩いて5分10分程度のところにあるお寺の境内で開催される。出店はお寺の前の道路に軒を並べていた。いくつかの店はまだ準備中だったが、ほとんどの店は店主が呼び込みをして自慢の商品を振舞っていた。
焼きそば屋やイカ焼き、たこ焼き、お菓子やくじを売っている雑多な店に、金魚すくい屋など色とりどりの出店並んでいて、僕もミウも目を輝かせた。まだ大人たちの姿が多くなく、殆どの店の前は子どもが選挙していた。特に金魚すくい屋の前は大盛況で、僕らよりも小さい子どもたちの阿鼻叫喚の図が笑いを誘う。
「なにか食べる?」
ミウに尋ねると、彼女はからだを震わせながら「迷うぅ!」と飛び跳ねた。僕の声が届いているのかわからないほど、気持ちが高ぶっているらしい。
「焼きそばも食べたいし、イカ焼きも食べたいし、リンゴ飴もいいなぁ――」
僕はミウが食べたいものを言うたびに、こっそりとそれらの値段をチェックしてフトコロ具合と照らしあわせた。昨日の夜にお小遣いとしてちょっとだけ母が補充してくれたことに少し感謝しながら、どれだけミウの希望を叶えられるのか不安になる。
「よし! まずはイカ焼きにしよう。ね、どう? あっちゃんイカの刺身好きでしょ。焼いたのも食べられるよね?」
「もちろん!」
「じゃ、決まりだね!」
ミウは僕の手をとって駈け出した。
「へい、らっしゃい! イカ焼き二本ね、マイド。お嬢ちゃん可愛いからサービスしちゃうよ! タレ二倍かけちゃうよ。君も真面目そうだから、タレは1.5倍かなぁ。ちゃんと夏休みの宿題やってんの? あーそう。いよ、ほっ。ウチのイカ焼きは上手いよ。なんたってタレが違うし、イカが違う! 使ってる串だって一級品に間・違・い・な・い。え? 俺が、間違いないって、自分で言ったって。細かいこと気にしてちゃあモテないよ~」
威勢のいいお兄さんからイカ焼きを受け取って、ミウは大きな笑みを作った。
「2倍だって!」
「お兄さん可愛い子にはサービスしちゃうからね。友達の子沢山連れてきてよ。そうね。年齢は問わない! 3歳時から上は29歳までターゲットは幅広いよ」
「お兄さんそれ、恋愛対象も混じってない?」
ミウは皮肉げに目を細めて、お兄さんに指摘した。早口でまくしたてて会話のしようがないが、ミウは隙間を縫うようにしてグサリといった。
ミウの言葉に、屋台のお兄さんは、バツが悪そうに顔をしかめて頭をかく。
「あ、バレちゃった。この間振られちゃってねぇ。今募集中なのよ。もし良かった紹介して」
「えー、こんなハイテンションな男の人の相手出来る女子いないよ~」
「キビシーなぁ、今仕事用だよ。普段は思慮深く、太宰治や三島由紀夫に川端康成なんかを読む超文化系人だよ。お嬢ちゃんの彼氏と同じだよ」
超サイヤ人の間違いでしょ、とツッコミを入れようとしていたところに、お兄さんはとんでもない爆弾を仕掛けてきた。
僕は慌てて、クビを振って否定する。
「まさかそんなんじゃないよ! ただの幼なじみ、ちょっと一緒に見て回ってるだけで、全然彼女とかじゃない!」
「えー、そんなこと言ってぇ。さっき彼女の分もお題払おうとしてたじゃん」
その通り。
ミウがさっと自分の分を先に払ったから出しそびれてしまったが、僕は二人分のお金を出そうとしていた。
よく見ているお兄さんだ。
「お兄さんもフラれる前は、たくさんプレゼントしたりしてたからね。すぐ気づくのよ、こういうの」
「だから、なんでミウなんかと付き合わなきゃいけないのさ!」
僕は最後まで言い終わる前に、しまったと後悔した。
しかしそれは遅かった。
「ちょっと……、『なんか』ってどういうこと?」
僕は、ミウを直視できなかった。
「ねぇ、聞いてる?」
「き、聞いてるよ」
やむを得ずミウを見ると、無残にも鬼面をかぶったようなミウの顔があった。先にお面屋で、おたふくのお面を買って渡しておけば良かったと激しく後悔。彼女の目は、冗談の色もなく、本気の怒りと言うか不満に染まっているようだった。
「私、ほかの人と遊ぶ。なんかでゴメンねぇ」
僕の弁明を待たずに、ミウはそういうと、あっという間に走り去ってしまった。追いかけようとしたが、なんと声をかけていいかわからずに、僕は呆然とそれを見送る。助け舟を求めるように、イカ焼き屋のお兄さんを見上げるが、お兄さんは知らないふりをするように「さぁ、準備準備、忙しい忙しい」と僕に聞こえるように呟きながら屋台の後ろに隠れていってしまった。
ミウの姿は、人並みに消えてしまってもう見えなくなってしまった。
まだ、ミウの浴衣姿も見てないのに……。
イカ焼きのタレが、僕の手を伝って地面に落ちていった。
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