第17話 レイジとヒカゲ
拳銃が火を噴く。
飛んだ弾がスケルトンの額に当り、ヒットエフェクトが出るとスケルトンは断末魔の叫びをあげながら光になって消えた。
ジュセが繰り出す攻撃をくぐり抜けてきた一体を倒すと、素早く奥にいるスケルトンの集団に狙いをつける。
トリガーを引く。
回転式のシリンダーに残っていた五発の弾は、五体のスケルトンの頭蓋を粉砕した。
相変わらず装弾数の少ない銃だ。
そう思いながら空の薬きょうをシリンダーから落とし、慣れた手つきでおしゃぶりのような形をしたリロード用の器具をシリンダーに着け、離し、弾を補充する。
撃鉄を起こし、次に来る敵に備えて銃口をやや下に向けながら、両手で銃を握る。
「すごいねぇ」
後ろにいたヒカゲが、感嘆の声を漏らしている。
「練習してたら、これくらい出来るようになるぜ」
仮想空間で、射撃練習場に入り浸っていた頃を思い出す。一つのことにあんなに長い時間を掛けるのは、後にも先にもこれ一つだけだろうと思っている。
「レイジ君は銃が好きなんだね」
することがないからか、ヒカゲが話しかけてくる。特に邪魔でもないので好きなようにさせる。
現在、ヒカゲは魔力の自動回復待ちだ。
あの門を突破した時、ヒカゲは全ての魔力を使ってしまった。その後、持っていた魔力回復用のアイテム、「魔法の木の実」を口に含み、さっきまで戦っていたがやたらと大きな技を使ってしまうため、また魔力がゼロになってしまった。
そのため、魔法剣士だというのに、今のヒカゲは剣を振ることしか出来ないため、こうしてジュセと俺で戦況を保っている。
「まぁ、な」
曖昧に返事をする。
クラルテさんが言っていた監視対象であるヒカゲを警戒しつつも、心の中ではこいつが犯人ではないと考えている。
そう思わせる要因はいくつもあるが、その内の一つが先程魔法の壁でパーティが分断された時のことだ。
その時のことをゆっくりと思い出す。
「お姉ちゃん! みんな!」
触れても安全かどうかわからない魔法の壁に真っ先にへばりつくヒカゲ。幸い、触れてもダメージはなかった。
「あーやられちまったなぁ。せっかく楽できるかと思ったのに」
ミズナが透明な壁の向こう側でため息をついていた。やれやれ、と困ったような素振りをしているミズナからは余裕が感じられた。
そういしている内に、ミズナたちが通るルートに続くであろう道が現れた。
頂上で会おうぜ、と言いながら手を振り去っていくミズナ。
「お姉ちゃん!」
その背中に、ヒカゲが声を掛ける。
「絶対、絶対頂上で会おうね!」
ここは仮想現実だ。モンスターにやられても死にはしない。
けれど、今日初めてフルダイブしたヒカゲには、今生の別れに感じたのだろう。必死に去り行く姉の背中をずっと目で追っていた。
俺は、その姿に嘘は無いように感じた。だから、俺はあの時、思わず声を掛けてしまった。
「レイジ君って優しいんだね」
突然、脈絡も無くそう言われた俺はビックリして銃を落としそうになる。
「べ、別に優しくねえよ。俺は」
何とか平静を装って返事をする。
「優しいよ! さっき、わた……僕に声を掛けてくれた時、すごく嬉しかったもん!」
私、と言い掛けながら屈託のない笑顔で返事を返される。
今は男とはいえ、元の女の子の部分が垣間見えて、なんだか、胸の辺りが熱くなる。
「ふーん。そうかい」
沸き立つ感情から逃れようと、興味の無いようなフリをする。
「お姉ちゃんに、絶対会わせてやる、て、言ってたレイジ君、すごくかっこよかったよ!」
「なっ……」
ヒカゲが俺の真似をしながら、俺が言ったセリフを読み上げる。
不思議だ。あの時は自然に言ったのに、改めて聞くとすごく恥ずかしいセリフに聞こえた。
「お姉ちゃんに、絶対会わせてやる」
「なんでもう一回言った! もういいわ!」
俺がそう怒鳴りつけても、ヒカゲはニコニコと笑っていた。
そして、笑顔がすっと微笑みに変わる。
「……ありがとうね」
ヒカゲのまっすぐな瞳が、俺を見上げていた。
その瞬間が俺の記憶の一部と、重なった。
「あ、なんか少し魔力が戻ってきたような気がする!」
「そうか」
そのまっすぐな瞳を見た俺は、上の空で返事をした。
昔、現実で同じようなものを見たことがあった。
小学生の頃、裏庭で誰かが育てていた花壇を悪ふざけで荒らしていた上級生の集団を一人でのめした時のことだ。
上級生が逃げて帰った後、入れ替わるように一人の女の子がやってきた。花壇の花を世話していた子だろうな、とすぐにわかった。ジョウロを持っていたからだ。
「……俺じゃねーぞ」
疑われる前に否定したが、その必要はなかった。
俺に何か文句をいう素振りも見せず、その子はただ黙ってちぎられた花壇の花を片付け始めた。花にあげるはずだった水が溜まったジョウロが置かれた時に、チャプンと音がした。
黙々と、ゆっくりと作業をする女の子を見るに見かねた俺は、無言で彼女の手伝いをした。
俺が手伝うと、作業はすぐに終わった。
「ほら、よ」
花の残骸を少女に手渡す。渡した花は、少女が両手で抱えるように持っていた花の上に重なった。
「おてて、汚れちゃってる……」
女の子の視線が俺の手に向けられていた。
「洗えばいいだろ。こんくらい」
俺がそう言うと、女の子が顔を上げて、こう言った。
「ありがとうね」
その笑顔には、涙が流れた跡があった。
その後、再び上級生を締め上げた俺は晴れて中学校に進学してから、不良のレッテルを貼られることとなった。
そうして時が経ち、俺はもう一度、あの笑顔に出会った。
くしくも、このフルダイブという世界で。
「レイジ君? どうしたの?」
「え? ああ、なんでもない」
記憶の旅から帰ってきた俺は、止まっていた足を動かす。
「まだ、前に出なくていいからな」
「うん。わかったよ」
ここは仮想現実だ。モンスターにやられても死にはしない。
だが、もし、モンスターならざる者が現れたその時は、その存在を俺は認めない。
モンスターならざる者……そう、例えば。
「ファンタスマ……」
その時だった。
壁の向こう側から、獣の叫び声が聞こえた。
声のする方向、声の大きさから察するに、隣のルートに巨大なモンスターが現れたのだと思った。
「チッ、こりゃ急いで頂上行ってすぐに別ルートに援護にいかねぇと……おい、二人とも、ペース上げてい……」
その時、すぐ隣で爆音が鳴った。それと同時に、強い風が土煙をあげている。
風が巻き起こるその中心に、ヒカゲがいた。足元に集まる風のオーラが増えたり減ったりしている。その増減に応じて風の勢いが変わる。まるでバイクのエンジンのようだった。
飛ぶ。
そう思った瞬間、俺の予想通り門を壊したあの時のようにヒカゲは飛んだ。そして途中で止まることなく、頂上に続く階段を鳥のように風に乗って飛んでいった。
「おい! まだ魔力は溜まってねぇぞ!」
俺はそう呼び止めたがヒカゲは風の放出を止めることなく突き進んでいく。
ヒカゲが飛んでいく先に、ジュセがいた。
いくらなんでも一人で行くのは得策ではない。そう判断した俺はジュセに止めるように言う。が、ジュセは俺の意思に反してヒカゲに道を譲る。
なんのつもりだ、と言い掛けて、ジュセが自分の懐から小さな袋を取り出すと、ヒカゲが取れるように掲げる。
ヒカゲは袋をしっかりと受け取ると、螺旋状に曲がった壁に垂直に着地し、そこからまた飛んでいった。
ジュセのところまで走ってきた俺が文句を言う前に、ジュセが口を開いた。
「まるで、嵐のような子だな」
ジュセの眼は、何かを懐かしむようにヒカゲが飛んでいった方を見ていた。
その眼を見た俺は、不思議と何も言えなくなっていた。自分もまた、ジュセと同じく、ヒカゲといて昔を懐かしんでいたのだから。
「ああ、そうだな」
もう帰って来ることのない、昔のことを。
「行くぞ」
ジュセに促されるまま、俺達は頂上へと走り出した。
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