第16話 セピアとミズナ

 私達は今、洞窟の中にいる。次の目的地である、大きな塔の中だ。時折冷たい風が頬を撫で、暗い洞窟の中に作られた階段を登る私に、不安を掻き立てた。そんな私の耳に、甲高い悲鳴が塔の外の方から響いた。

「ひぃ!」

「大丈夫か? セピア」

 ミズナさんが声を掛けてくれる。わずかに聞こえたそれは、私にしか聞こえなかったようだ。

「さっき、塔の外の方から、なんか、悲鳴みたいなのが聞こえたような……」

 そうか、ま、気のせいだろう、とミズナさんが言うと前に向き直り、いつでも魔法が撃てるように杖を構える。

 今、私達はあの子豚三人組と塔の洞窟の入り口で別れ、剣と盾を構えたフウ君とライ君を先頭に、クラルテさんが後方で警戒。回復役である私は、ミズナさんを側に置いて、塔の一番上まで続く階段を歩いていた。

 一定の間隔で壁に掛けられた火のついたたいまつが、この大きな空洞と階段を明るく照らしている。

 ここにいない、他の三人はというと別ルートを通って塔の頂上を目指している。

 ジュセ君、レイジ君、ヒカゲ……ちゃんの三人もここと同じような階段を登っていることだろう。

 なぜそんなことになったことになったかというと、モンスター達が住むといわれるこの塔に仕掛けられた魔法が原因だった。

 別れた三人を先頭にしていた私達のパーティの間に突然、一枚の魔法の壁が差し込まれたのだ。このせいで、前にいた三人とはぐれる形となった。

 全員がこの壁が突破できないものだと理解するのを待っていたかのように、他の三人よりうしろにいたメンバーの前で、壁が扉のように開き、もう一つのルートが出現した。

 そういうわけで、私達は本来の大型銃を扱う職業から、間に合わせの武器でアタッカーに転じてくれたフウ君とライ君を先頭に歩き出したのだ。

 アタッカー二人が、目の前来るスケルトンやらコウモリのモンスターを切り払う。二人の剣がモンスターに当たると、やられたモンスターの身体が光輝き、光の塊になったかと思うと、パッと弾けて光の粒子が辺りに散らばった。

 ミズナさんも迫り来るモンスターたちに水の魔法を飛ばし、モンスターたちを倒していく。私はモンスターの攻撃を受けたメンバー、主にアタッカーの二人を回復していった。

 クラルテさんは、いざという時のためにうしろで待機していた。

 いざという時とは、モンスターに襲われ陣形が崩れた時と、ミズナさんが怪しい行動をした時のことだ。その時が来ない事を祈りつつ、私は監視対象であるミズナさんを警戒しながら、杖を握り締めていた。

 ……それにしても。

 横目でチラリと見る。身長の低い私がふと横に視線を動かすと、すぐそこにぶつかる。

 そこには、仲良く並んだ、二つのお山があった。

 でかい。何度見ても、でかい。

 っていうか大きすぎだよっ! 学校のさっちゃんより大きい! 仮想現実ですら大きくならないこの平地に分けてくれてもいいくらいだよ!

「んっ……段差登るとさすがに結構くるな」

「……チッ」

「? どうした? セピア?」

「あ、いや、な、なんでもないですよーあはは」

 その山を作ってる土で土壌改良させろって言ってるんだよこっちは!

 ったく。女性の身体になって何をしようとしているのか分からないけど、男性が女性になるなんてプログラムが流出したら、世の男共がこぞって利用し始めるに決まっているのだ。そんなことになったら、フルダイブの世界が桃色パラダイスになってしまう。

 それでもいいよ、という人もいるでしょう。でも私は許しません!

「あのさぁ、セピア」

「ああん?」

「ひっ……ご、ごめんなさい!」

「あ、しまった。ちょっと考え事してたんです。怒ってないですよ。で、なんですか?」

「いや、まだ怒ってる気がするんだけど……」

 気を取り直して、ミズナさんが質問する。

「セピアは男の子になりたいって思ったことあるか?」

「……ふぇ?」

 一瞬、その場の空気が凍りつく。前進を続けていたパーティの足がピタリと止まる。

「え? あれ? 俺なんか変なこと言った?」

 ええ、まぁ。

 今しがた捜査で追っている人物が突然、追われてる理由である性転換について言えば、そうなりますとも。ミズナさんは気づいていないようですけど、私は今、後ろから凄まじい気を感じ取っています。

「や、やだなぁーみんな一度くらいは思うんじゃないか? 違う性別になってみたいとか……」

 正直、私はそう思ったことはないけど、ヒカゲちゃんが無実の身ならば後で男の身体になった感想は聞きたかった。

「ミズナさんはどうなんですか?」

 私は少しむすっとしながら質問をして、私は歩き出す。それに合わせてパーティも行進を始める。

「お、俺? あーそうだなぁ。願ったり叶ったりって感じだけど」

 むむむ。

「あんまかわらねー気がするぜ」

 どきどきはするだろうけどよ、と言いながらタハハ、と笑った。

「で、セピアはどうなんだ? セピアもドキドキしたりするか?」

 そう言って長いポニーテールの女性が私を見る。元の性別を考えるとこれはセクハラに当たるのでは? と考えたが、表情を見る限りそういった意思は見られなかった。

 が、油断は出来ない。女性であることを盾にしてあれやこれや聞いてくることを警戒しながら答える。

「そ、そりゃあ多少は……」

「なんかしてみたい?」

「かっ、かっこいい服とか着てみたいですかね」

「あとは?」

「え? うーん。重いものも持てるようになるから便利、かな?」

「ヒーローになってみたいとかは?」

「え? そ、それは、その……ひ、人を助けられるなら」

「くくくっ、だよな。答えてくれて、ありがとよ」

 そう笑い、しばらくして、今しか聞けなさそうだからさ、と前置きをして、ミズナさんは口を開いた。

「一人の女の子がいたとしてさ」

 空洞が足音を反響している中、ミズナさんの声が響く。

「その子が、大のヒーロー好きでさ。昔、俺にこう言ったんだ。ヒーロー戦隊のリーダーになるってな。それを聞いた俺は女の子なのに、て、思ったんだ。けどすぐ後にその子がこう言ったんだ。でも、ヒーロー戦隊のリーダーは、男の人だよね、て」

 くくくっと笑う。

「だからよ。いつかその子に言ってやるのさ。ああ、そうだよな。でも……」

 その時だった。

 クラルテさんの後ろで、壁が動く音が聞こえた。

 全員がその音に気づき、素早く前衛と後衛の立ち位置を入れ替える。

 パーティに、緊張が走る。

 壁が動いたところには扉のような物があった。それが横にスライドして開いたかというとたいまつの光とは違う、蛍光灯から発せられるような光がこの空洞に差し込む。その光の中に一つの影が浮かぶ。

 小さな影が動き出し、正体を現した。

 子豚三人組だった。横一列に並び、無言で立ち尽くしている。

 さっき別れた子豚達だと分かると、パーティの緊張が解ける。

「待て」

 ミズナさんが声をあげる。その声には、まだ緊張の色があった。

「様子がおかしい」

 ミズナさんがそう言うと、子豚三人組に変化が起きた。

 三匹それぞれが赤、黄色、青に光り輝いたかと思うと、閃光のような強い光が私達を襲った。

 同時に、地面から衝撃が伝わった。

 何か、重い物が、落ちてきたかのような衝撃。

「グフゥ……グオオオオォォォ……」

 そして、獣のような唸り声。子豚達がいた所から聞こえてくるその声は、私の頭の上から覆い被さるように聞こえている。

 恐る恐る、目を開ける。

 すると、二つの足で立つ巨大な豚の化け物が、目の前に現れた。

 猪の様に前に突き出した二本の牙。身体には鎧が着けられており、頭には立派な兜があり、ここら一帯を率いるボスの風格を醸し出していた。

 そして、何より特徴的なのは左手首、右手首、首に着いているリングだった。子豚三人組がしていた物と同じ物だった。つまり、このモンスターはあの子豚三人組がなんかしらの力で合体した姿だとわかった。

 だけど、そんなことより重大なことがあった。

「ガァァァァァァァァァァァッ!」

 このモンスターの相手が、私達だということだ。

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