第14話 そして、語り手が巡り始める

 目の前でモンスター達の笑い声が起きている。

 関門をクリアしたことを今しがたあの子豚が言ったはずだが、セピアのツボ押し攻撃はまだ続いていた。

 ミズナとヒカゲが離すように説得している。早く離した方が早く人間の姿に戻れることくらいセピアはわかっているのだろうけれど、今の彼女は猫にされた怒りの方が大きいようだ。

「クラルテ、少し来てくれないか」

 ジュセにそう話し掛けられ、私はジュセと一緒にパーティから離れた場所に移動する。

 桜の木の影。ここら辺なら私達がする会話は聞かれないだろうとそう私が思うと同時に、ジュセが口を開いた。話す内容は私の予想通り、あのことだった。

「あの兄妹についてだが」

 ジュセがそう切り出す。

「ええ。今の所、怪しい行動はありませんね」

 私は、このソルテカランテに潜入した目的を改めて思い出す。

 日本仮想現実警備部。それが私の所属する部の名前だ。今回、新規に始まったフルダイブゲーム「ソルテカランテ」で警備セキュリティとして働く予定だった私に、別の仕事が入った。

 とあるプレイヤー二人に、システムハッキングによる一部データの変更の疑いが掛けられたのだ。

 指令が来た時には、なんだ、そのくらいならすぐに終わる。と、高をくくっていた私を待っていたのは、想像以上のハッキング技術だった。

 普通、ハッキングしたプレイヤーにはハッキングした跡、というのが残るはずなのだが、あの二人のプレイヤーにはそれがまったくなかった。まるで、それがゲームの仕様であったかのようにその書き換えられたデータが存在していたのだ。

 傷一つ残さずデータを変更するという前代未聞の技術を重く見た日本仮想警備部は迅速に、だが、まだ被害が極小規模であるために慎重に、この事件の解決に乗り出した。

 その中で、私はそのプレイヤー二人の監視役を任された。臨時の別アカウントを使いログインした私はまず、プレイヤーの中に紛れることにした。

 一人で行動し、二人のプレイヤーを追跡するのは目立ちすぎる。かといってフルダイブせずにゲームを作ったヒーロークリエイティブ社と交渉し、カメラ映像によるプレイヤーの追跡では、いざという時に対処出来ないし、何より仮想現実においてはカメラの映像というのは証拠になりにくかった。

 そこで、私はチームを組むことにした。木を隠すなら森の中、だ。

 あるリストを見て、その中からメンバーを選ぶことにした。そして、実力のある者及び、目標に近づきやすい者を選んだ。

 チームメンバーは以下の通りだ。

 ジュセ、レイジ、フウ、ライ、セピア。以上五名。

 つまり、目標であるヒカゲ、ミズナ以外の全員が私の協力者だ。

 私は見たリストは、秘密裏に仮想現実にて警察に協力してくれるプレイヤーの情報が載っていた。そこに記載されるプレイヤーは、警察から勧誘した者、そして勧誘した者から推薦されたプレイヤーだ。勧誘される者は、ジュセやレイジのように単純にゲームが上手な者や、学校で生徒会長として精力的に活動しているセピアのような人物となっている。

 恥ずかしながら、現在、日本仮想警備部は人員不足だ。ただでさえ人が足りないのに、フルダイブ技術は広がっていくばかりでそれに対処するにはあまりにも人が少なかった。

 そこで提案されたのが、一般市民への協力要請である。

 協力とはいっても、そこは一般市民だ。してもらうことといえば、規約に違反しているプレイヤーを見かけたら、運営ではなく日本仮想警備部へと繋がっている専用回線に報告してもらうくらいだ。ゲームのプレイにも制限は掛けないし、仕事のために招集などもってのほかだ。だから、今回の協力要請は異例だった。

 協力者の中でも特に成果を上げてくれているジュセとレイジはこの件を話すと快諾してくれた。さらに、レイジに至っては仲間まで連れて来てくれた。フウとライはともかく、セピアという女の子まで来たのは驚いた。レイジによると、男が女になってゲームをプレイしていることを伝えると、顔を真っ赤にして怒り、自分も参加するように頼み込んだそうだ。そして、誰か一人がパーティに入り、その様子をその他の人員が監視するという私の提案に、すぐさま手を挙げたのも彼女だった。その時のセピアも頬を膨らませながら怒っていた。どうやら彼女は、よっぽど破廉恥なことが許せないらしい。

 かくして、私の作戦は始まった。

 監視対象がイベントに参加してくれたおかげで、やりやすさが格段に上がったのは良かった。運営側に、イベントでランダムで選ばれるはずのメンバーを固定してもらい、こうして監視をする状況が出来上がっている。ヒカゲ、ミズナ両名が怪しい行動に移った場合には、私がログアウトを禁止するプログラムを使用し、そこを全員で物理的に抑えるという現実の現行犯逮捕とあまり変わらない方法で検挙する手筈だ。抜かりはない。いつも通りのことをするだけだ。………しかし、と思う。

 果たしてこの二人が本当にデータを改造した犯人なのだろうか、と。

 ミズナ。本来は男である彼は今、そう名乗り、女性の身体で行動している。

 だが、彼は男言葉を隠そうともしなかった。私が犯人であるなら、目的がどうであれ、なるべく女性らしくして嗅ぎ付けられないようにするはずだ。

 もちろん、女性になるのが目的ではないとしたら話は変わってくる。けれど、その心配もする必要がないのではないかとも思ってしまう。

 先程の爆発音がする前に、歩いていた道で彼がヒカゲ、現実では妹である彼女を励ます姿は兄そのものだと感じた。演技だと疑って掛かる余地がないくらいに、暖かな会話を交わしていた。そして、ヒカゲからも真摯に悩みを打ち解ける姿には、演技の類を感じなかった。

 さらに、セピアによるとヒカゲが破廉恥なことを言ってそれを注意した際に、自分が女の子だとばらしそうになったというのだ。

 ほとんど白じゃないか、とそれを聞いた私は呆れながらそう思った。

「ほとんど、白だと思います」

 先程、みんなが子豚を笑わせるという課題をこなそうとしてる中、私は専用回線で、日本仮想現実警備部に途中経過を報告した。ちょうど良く、大きな身体を持つフウとライがいたのでパーティから離れることなく隠れて連絡を取ることができた。

 私は、その時の会話を思い出していた。

「ほとんど白、か。信用しよう。しかし……」

 報告を受けた相手の声が急に落ち込む。私も、その相手と同じ気持ちになっていた。

「別の犯人がいる、ということになりますね」

 私がその人物が考えていることを当ててみせる。

「そうゆうことになる。だが、その件に関してはこちらに任せてくれ。君は引き続き任務を続けてたまえ」

「了解」

 通信が切れる。それと同時に私は現在の状況を整理する。

 犯人が別にいる線が濃くなった今、私もその捜査に加わりたかったが、この兄妹の疑いが完全に晴れたわけではない。まだ監視を続ける必要性があった。

 そして、私は他人の視点からの意見も取り入れようとジュセに話し掛けた。

「ジュセ、あなたはどう思いますか……ジュセ?」

 ジュセは、遠くにいるヒカゲとミズナの様子を見ていた。

 子豚がミズナとセピアに掛けた魔法を解こうとして放った魔法が、なぜかヒカゲに向かいさらになぜかその魔法によってヒカゲにも猫耳が生えていた。ヒカゲは自分にも耳が生えたことを確認すると、不思議そうにしながら両手で猫のようなポーズを取り「ニャア」と鳴いて見せた。

 かわいい少年の姿をしたヒカゲが取ったそのポーズは、セピアのハートを射抜いたようだった。幸せそうに顔を緩めながら、ヘナヘナとその場に倒れこんだ。

 子豚が放った魔法を間違えたことに気づいて、すぐに解除の魔法を掛けるのと同時にミズナが口を開いた。

「うおっ! セピアどうした! なんかすげー幸せそうな顔をしてるけど……」

「ヒカゲ君……えへへ!」

「ひえっ……じゃない! うおい! ヒカゲ! お前のせいでなんかセピアが骨抜きにされてるんだけど!」

「ニャア」

「もう魔法解けてるからな!」

 その仕草に、またセピアのハートが射抜かれる。

「ハヒー!」

 三人のコントはまだまだ続きそうだった。見るに見かねたレイジが代わりに子豚三人組がする話を聞いている。

「仲睦まじいとは、あのことを言うんだろうな」

 ヒカゲとミズナを見ながらジュセがぼそりと、そう言った。

「俺には、出来なかったことだ」

「ジュセ……」

 悲しげに語るジュセに、声を掛けずにはいられなかった。

「時とは、川の流れのようなものだ。だから、心の傷もいつか、洗い流すことができるはずだと、私の父は言ってくれた。だが、俺には…」

 心の傷。その言葉の意味するところを、私は知っている。

 あの時、ファンタスマが現れた時にジュセは現場にいた。

 私はその時の彼の姿を今でも覚えている。忘れるわけが無かった。

 なぜなら、私も、彼と同じ心の傷を………

「クラルテ」

「え?」

「せめてあなたは、そうであってほしいと思っている」

「ジュ、ジュセ?」

「行こう。どうやら話が済んだらしい」

 私が何かを言う前に、ジュセがパーティに向かって歩き出す。ジュセの言葉に返事をすることもできずに私は、ジュセの背中についていくしかなかった。

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