第13話 笑えよ三匹の子豚!

 レイジと一緒にみんなと合流すると、みんなと話していた何者かの正体が分かった。ヒカゲ達の前にいたのは、三匹の小さな動物だった。その動物が二つの足で立ち、人の言葉を話していた。

「君達、イベントの参加者ブヒね」

「動物達の憩い村へようこそだブヒ!」

「これから僕達がダンジョンへ案内するブヒ」

 イベントキャラが「イベント」という単語を使っていいのだろうか? という疑問はさておいて語尾にブヒとつけるこのキャラクター達の外見を一言で言うと、子豚だった。

 パーティの中で一番小さいセピアよりもさらに小さい子豚三人組が二足歩行で鼻を鳴らしながら喋っている。共通して茶色い半ズボンを履き、左から緑、赤、黄色のシンプルな羽織を着ている。どこにでもいそうな見た目のモンスターだ。

 だが、特徴的な所が一つあった。

 左から、右手首、首、左手首に金色に輝くリングが妖しく輝いていた。とはいっても、まぁイベントキャラの特徴づけだろうと俺は思った。

「……と、ダンジョンに行く前に」

「君達には二つの関門を突破してもらうブヒ」

「それを乗り越えた者達だけがダンジョンに挑戦することが出来るブヒ。でもぶっちゃけやらなくてもいいと思うブヒ。ミニイベントの癖にテンポ悪いブヒ」

「おまえらは本当にNPCなのか……?」

 俺はけっこうマジな疑問を抱いていると、セピアがまぁまぁ、と子豚三人組を制すると「どんなことをすればいいんですか?」と膝に手を当てて頭を下げながら質問した。

「んー……まぁしょうがないブヒ。やらなきゃ君達イベント進めないブヒ」

「じゃあ発表するブヒ。第一関門、それは……」

「でれれれれれれれ……」

 口でドラムを小刻みに叩く音を再現しながら、黄色の羽織を着た子豚が背中からクリップボートを出す。

「でん!」

 子豚がサボりたがっていたとはいえ、関門は関門だ。突破にしなければダンジョンへは進めない。俺はそれなりに緊張しながら、その関門の内容を書かれたボートに注目する。

「なになに……」

 黒字で書かれた汚い文字を読み上げる。

「俺達を笑わせてみろ?」

「その通り! 動物の憩い村は春真っ盛り! そして今日はこの村の住人と僕達の住処でありダンジョンでもある『螺旋の塔』の住人及びその付近のモンスター達との交流会の日だブヒ!」

「だからお前達! 僕達を、いや……」

 子豚の声に合わせるようにわっとモンスター達が目の前に集まる。大軍勢だ。皆揃いも揃って顔が真っ赤だ。

「全員を、笑わしてみろブヒッ! ブヒヒヒ!」

「マジでやらなくていいことじゃねーか!」

「ひーひひひ!」

「ハーハハハハハハハッ!」

「ゲヘヘヘヘヘ」

「もう笑ってるぞこいつら」とレイジ。

 それに続いて俺が、これで関門クリアだな、と言おうとしたその時、子豚三人組みが食い下がった。

「いや! 僕達はほら、今真顔ブヒ」

「笑ってないブヒよ」

「目に光もないブヒ」

「なんで妙なガッツ湧いてんだよ」と俺。

「とにかく笑わしてみろブヒ!」

「んなこと言われてもなー……」

 とりあえず全員で腕組みして考えてみた。しかし誰も思いつかない。笑わせるということはモンスターを倒すよりも断然難しいことなのでは? とそんなことを思っていると先程のイベント会場で笑いが起こった。

 そんな中、一人の手が上がった。ジュセだ。マジか。お前が行くのか。

「お、処刑台に登る挑戦者が一人現れたブヒ! すべったら大恥ブヒよ~ブヒヒヒヒ!」

 もう笑っている子豚三人組にはつっこまずに俺はジュセの一発ネタの行方を見守った。

 いったいどんなネタをぶちかますんだ…?

 謎の緊迫感に襲われながら、俺はジュセの行動を見守った。

 ジュセは背中の大剣の柄に手を掛け、子豚達に向けてたった一言放った。

「笑え」

 と。

 笑えねーよ!

 俺のツッコミの通り、子豚三人組は当然笑うことなく三人で固まって怯えている。まるで狼を前にした子豚だ。

 そんな子豚の様子に気にかける様子もなくじりじりと近づくジュセ。まさか処刑台に立ったのが自分達だとは思わなかった子豚達から小さな悲鳴があがっていた。

 そこに、セピアが割り込む。

「ま、まぁまぁジュセさん。笑わせるならちゃんと笑わせましょうよ。こんな関門、すぐに突破してみせます!」

 そう言われたジュセは柄から手を離し、子豚と、みんなから少し離れた桜の木にもたれかかった。自分が近くにいると笑わせられないと判断したのだろう。さすがにランキング一位でもお笑いはお手上げのようだ。それ以前の問題だったような気はするが。

「うーんでもどうしましょうね」

 セピアが再び悩み始めると、全員もネタ作りに戻っていった。関門は突破したい。だけどスベりたくない。全員そう思っていた。

「時間掛かるのもあれだからこうするブヒ。えいっ」

 首にリングを着けた子豚が右手の人差し指をセピアに向けたかと思うと、その指先が光った。そこから、黄色のビームが飛んだ。

「え?」

 突然の子豚の攻撃に反応すら出来ず、セピアはそのビームをまともに喰らってしまう。

「きゃっ……」

 ぼふっ、と白い煙がセピアを包む。

「セピア! お前ら、何をしやがる!」

 俺が子豚達に詰め寄るとぎゃーっとまた三匹で身体を寄せ合った。

「だ、大丈夫ブヒ! ほら、よく見るブヒ」

「ああん?」

 そう言われてセピアの方を見る。煙は瞬く間に無くなり、すぐにセピアがどうなったのかわかった。俺は、ビームの衝撃でフードが下ろされたセピアの頭に注目した。

 そこには、ぴょこんと猫のような獣の耳が生えていた。セピアの髪の色と同じ、栗色の色のそれはさっきのプリンセス天狐に生えていた耳と同じようにピクピクと動いていた。

「ニャッ!?」

 頭部に違和感を感じたのであろうセピアがおそるおそる頭に手を伸ばすと、指先がその耳に触れる。

「ッ!? ニャーッ!」

 なにこれー! と言ってるんだろうなと思った。あの耳が生えていると人間の言葉を話せなくなるらしい。

「さぁはやくしないとパーティ全員猫にしちまうブヒよ!」

「安心するブヒ。全員猫になったら大爆笑してやるブヒ!」

「男の猫耳とか俺達は得をしないからはやくするブヒ!」

「ニャーッ! フゥー!」

 戻して! と言っている。正直ずっとこのままでもいいと思うくらいかわいいのだが。

「ニャニャニャン! ニャーウニャウニャニャニャ!」

 そんな猫の言葉しか話せなくなったセピアが、俺に向かって早く何とかするように訴えている。その可愛らしい上目遣いのせいで余計にネタが浮かばなくなる。

 とはいえ、そのままなのも本人がかわいそうなので俺はセピアをなだめながら一生懸命考えた。

「ま、待ってろセピア。今なんとかしてやるからな」

 うーん、と悩む。このまま女性陣に猫耳が生えていくのを待つのも大変有意義なのだがこうして急かされている今、その夢は叶いそうにもない。ただ、すべりたくないという想いは変わらない。

 そう俺が悩んだ時間はわずか十秒ばかりだっただろうか。その短い時間がセピアには長く感じたのだろう。我慢ならないといわんばかりにセピアは行動を起こした。

「ニャニャニャン!」

 誰かに向かってそう叫んだ。セピアの視線の先には、桜の木に背もたれたジュセがいた。ジュセがその叫びに気づき、セピアに顔を向ける。セピアはジュセが気づいたのを確認すると、一瞬だけ顔を子豚達に向けるとすぐにジュセに向き直り、目を細め、冷たい表情でこう言った。

「ニャ」

 やって。

「了解した、セピア」

 今度こそ狼と化したジュセが大地を一歩一歩踏みしめながら近づいてくる。

「お、おいセピア! 笑わしてやるんじゃなかったのか!」

 俺が問い詰めると、ぷいっと顔を逸らされてしまった。

 かわいい。

「って、萌えてる場合じゃない! おいお前ら! クリアでいいだろもう! お前らのさじ加減でクリアかどうか決まるんだからさ! 弱肉強食の世界を目の当たりにしたくねーぞ俺は!」

「で、でも笑わせてクリアにしないといけない感じがするし……」

「真面目か!」

「ちょーこえーブヒ! 早く笑わせるブヒ! あ、そろそろ焦らせるためのギミックの時間ブヒ」

「え?」

 首にリングを着けた子豚の指先から黄色いビームが俺に向かって発射される。ボフン。

「ニャー!」

 なにやってんだこらー!

「ほ、ほらテンポ良くしないと」

「ニャッ」

 アホッ。

 いよいよジュセがあと五、六歩というところまで近づいてきた。

 なんで俺がこいつらのためにあせらにゃならんのかわからんが、放っておくのも酷だ。なんとかして笑わせなくては。しかし言葉は当の本人達のせいで使えない……そうだ!

 俺はジュセが来るよりも前に子豚達の目の前に立ちはだかる。

 突然無言になり、真剣な顔をした俺に子豚達の動きは止まり、その視線を俺へと向ける。その様子にジュセも動きを止めたのを気配で感じ取る。俺が何かをするのを黙って見ることにしてくれたのだろう。ならば俺も、早速行動を開始する。

 杖を背中に背負うと、両手を広げ、首にリングを掛けた子豚の一匹に狙いを定める。

「な、何をするんだブヒ……?」

 俺とわずかばかりの距離を取る子豚達に向かって、俺はニヤリと口元を歪めた。

「プギャ? ……プギャーハッハッハッハッハッ!」

 子豚は高らかに笑い声をあげた。

 別に俺は面白い動きをしたわけではない。もちろん一発ネタをしたわけでも。じゃあどうしたかというと。

「くすぐったいブヒー! やめ……プギャーハッハッハッハッハッ!」

 脇をコチョコチョくすぐってやったのだ。人間も脇をくすぐられると笑ってしまうが、それがモンスターであるこいつらにも通じてよかった。

「プギャーハッハッハッハッハッ!」

「ニャニャニャ!」

 ヒカゲに呼びかける。

「え? 僕?」

「ニャ!」

 まだ笑ってない子豚は二匹いる。目配せをして、俺と同じことをするように促す。様子を見るに、ちゃんと伝わったようだ。

「うん、わかったよお姉ちゃん! セピアちゃんもほら、一緒に!」

「ウニャ!」

 ついでにセピアも連れてきた。ナイスだ、ヒカゲ。

「プギャーハッハッハッハッハッ!」

「ハッハッハッハッハッ!」

「イダダダダダダダダッ!」

 どう考えても力の掛け方を間違っているのが約一名いるが、その様子がモンスターの軍団には大うけだったらしい。広場はモンスター達の笑い声に包まれた。

「グリアァァァァァッ!」

 セピアが掴んでいる子豚が無事、俺達が関門を突破したことを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る