第10話 シスターコンプレックスと爆発
二人の女の子が繰り出した迫力で気絶したおっさんを木に縛り付け、猿ぐつわを噛ませて黙らせた後、俺達は順路であろう真っ直ぐに出来た道を歩いていた。短い道のりだろうが、皆、それぞれ話に花を咲かせていた。
俺はというと、ヒカゲと一緒に歩いていた。一方、俺の目的であるクラルテは先程の騒動で仲良くなったのかセピアと一緒に何かを話している。レイジとフウとライも同じように話しながら歩いていた。うしろに振り返ると、ジュセが黙々と歩いている。俺が振り向いたのに気づいているのだろうけど、無反応だった。
最後に、隣のヒカゲの様子を見る。なんだか、浮かない表情だった。一体どうしたのだろう。その表情になっている原因を過去の記憶から探ってみるが、思い当たることはなにもなかった。
それでも必死に考えていると、ヒカゲの方から口を開いた。
「ごめんね。お姉ちゃん」
「へ?」
突然謝られたので間抜けな声が思わず出た。
そういえばゲームが始まった時も、何でか知らないが、突然ありがとうと言われたのを思い出した。なんであの時そう言ったのか理由はまだ分からないが、今回の場合は理由を知っておかないといけない気がした。
「どうしたんだ? 突然謝ったりなんかして」
「い、いや、なんでもないよ。なんでも……」
明らかになにか隠している。知っておかなきゃいけないとも思っているが、無理矢理聞くようになるのも避けたかった俺は、どうしたものかと考え込む。
「……お姉ちゃん。あのね」
考えていたら、ヒカゲから答えを出してくれた。
「ごめんね。さっきの、あの男の人からお姉ちゃんを守れなくて……」
あの男の人? ああ、あのおっさんか。
あれは突然すぎて、なおかつ衝撃的過ぎて記憶がほとんど消えてしまっている。おかげで男に触られた嫌悪感も忘れられたのだが、もう二度とあれを経験したくないのは間違いなかった。
「ああ、あのことか。別に大丈夫だぜ。おっさんも仕返しを喰らってこりただろうしな」
仕返しをしたのはあの女子二人だが。
「もし、ね」
俺の返事を聞いて、一拍の間をとってヒカゲが話す。
「飛び出してきたのがあの男の人じゃなくて」
まゆげを八の字に曲げたヒカゲの顔が、そこにあった。
「モンスターだったら、お姉ちゃん死んじゃってた」
「死んじゃってたって……」
んな大げさな、と笑い飛ばそうにも、ヒカゲの顔は真剣そのものだ。
そのヒカゲの気持ちは、俺にもわかる。ゲームの世界とはいえ、実際に目の前で起きることはリアルそのものだ。仲間がモンスターに襲われているのを見ると殺されてしまうじゃないかと思うこともあるし、モンスターの鋭い爪の輝きに恐怖を覚えることもある。そして、フルダイブに慣れていなければ尚更、そういった感情は生まれやすくなる。今日初めてフルダイブを経験したヒカゲにとって今、目の前で起きたことは全て現実のものだと思ってしまうのも無理はなかった。
だけど、ヒカゲが正直に思ってることを言ってくれたおかげで、掛けるべき言葉が決まった。
「大丈夫だぜ、ヒカゲ」
俺は立ち止まり、背の低いヒカゲの目線の高さに合わせるように屈んだ。そして、両手をヒカゲの両肩に乗せる。呆気にとられたヒカゲの顔が目の前に来る。
「この仮想空間じゃ人は死なないし、痛みも感じない。ダメージを受けて体力が無くなると身体が半透明になって幽霊みたいに物が通り抜けるようになるんだ。復活するまでの間、仲間が戦ってるところをぼっーとみてたりしてな」
「お姉ちゃんも、そんな風になったことあるの?」
「あるぜ。それも何回もな! やられちまったとはいえ、暇で暇でしょうがねぇんだよな、あれ。へへっ。だから、ヒカゲ。俺がやられたら絶対復活させてくれよ」
そう言って、ヒカゲに笑いかける。
「そう、なんだね」
沈んでいたヒカゲの顔に、徐々に、ゆっくりと元気が戻ってくる。
「僕が幽霊になっても、助けてくれる?」
「ああ! もちろんだ! モンスターに追い掛け回されてなきゃな!」
ははは、と俺は笑い、ヒカゲから手を離して立ち上がる。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃんに何かあったら、絶対助けるよ」
「ああ、頼んだぜ」
ヒカゲが笑顔になったのを確認すると、安心した俺は前に向き直る。
そうだ。これはゲームなんだ。そんなに気を負う必要などどこにも無く、とにかくヒカゲには楽しんで欲しかった。
すると、前の方から聞いたことのある金属が擦れる音が近づいてくる。あの鎧男組、フウとライだ。
突然走ってきた野郎共に身構える。が、目的は俺ではないようだ。
なんだなんだ、と思ってるうちにフウとライがヒカゲを挟むように立ち位置を確保した。「この耳で確かに聞いたぜボウズ!」
「お姉ちゃんに何かあったら、絶対助けるってな!」
「言ってみてぇそんなセリフ!」
「おれに彼女がいればなぁ!」
「おい! お前ら! 俺のい……弟から離れやがれ!」
俺の言葉が聞こえていないのか、フウとライは打ち合わせしてきたかのような掛け合いを続ける。
「でもな、ボウズ。それは漢のセリフだぜ」
「それだけの覚悟がお前にあるのかぁ?」
急にフウとライの声が低くなり、ヒカゲに圧を掛ける。だけどすぐに、ヒカゲがその圧力を振り切った。
「ある」
たった一言、ヒカゲがそう言うとフウとライの間の空気が固まる。そして一気に動き出した。
「いい顔で答えるじゃねぇかボウズ!」
「絶対、お姉ちゃんを助けるんだぜ!」
「ま、ボウズ一人じゃあ厳しいだろうなぁ!」
「助けて欲しかったらちゃんと言うんだぞ! おれたちゃ今からキョウダイだからな!」
「キョウダイ?」
「おうよ! ね! ボス!」
ボス、と呼ばれて振り返ったのはレイジだった。
「……ああ、そうだな」
思いのほか、テンションの低い返事を返すと、再びパーティの先頭を一人で歩いていく。
「ちぇ、つれないなぁボスは」
「とにかく我慢せず言うんだぞ。わかったな?」
「うん。わかったよ。お兄ちゃん達」
ヒカゲが便宜上そう言ったのはわかるが『お兄ちゃん』呼びを取られたような気がして複雑な気持ちになった。
ん? 何? 俺がシスコンだって? だいぶ言うのを我慢してたけどそろそろ限界だって?
違うわい。ただ俺は妹が心配なだけだ。その想いが他の人よりほんのちょっぴり大きいかもしれないが……なんか急に、リアルに戻って日影にお兄ちゃんって呼ばれたくなってきたぜ。呼ばれる度に元気が出るんだよなぁホント……なんだよ、そんな目で俺を見るなっ。
そう一人で悶々としていると、突然、森の奥の方から爆発音が聞こえた。
メンバー全員がその音がした方を見る。
モクモクと上がる煙が、その爆発の大きさを物語っていた。
地面を蹴って、誰かが走り出した。ヒカゲだ。
みるみるうちにヒカゲが遠ざかっていく。それを追うようにパーティ全員も走り出した。
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