第4話 誰にだって

 日影の表情は尚も輝いていた。

 その表情を横目に俺は真っ直ぐなこの道の先を見た。街に続く道らしいこの道の向こうには、たくさんの人がいる気配がした。どうやら広場に続いているらしい。

「行こう! お兄ちゃん!」

 ヒカゲはそう言い放つと、行こうぜ、と俺が促すまでもなく先に行ってしまった。

「お姉ちゃんな」

 俺はそう訂正しながらヒカゲと同じく走り出した。

 その時。

「おうふっ」

 突然、肩に衝撃が走ったかと思うと、その衝撃で前のめりに倒れそうになった。

 なんとかバランスを取って倒れずに済むとすぐに原因の元を探る。

 なんとか自分のものだと脳が認識する程度には慣れてきた俺はそれを睨めつける。

 たゆんと揺れる巨乳。これが衝撃の正体だった。

 フルダイブはそれをする際に身体の感覚をリンクさせるというが、そのせいで巨乳の人特有の悩みまで再現されているようだ。

「こ、ここまで重いのかよ……痛みまで再現されてたらやばかったな」

「お姉ちゃん、早く早く!」

 ヒカゲが急かす。転びたくなかったので仕方なく俺は両腕で胸を支えながら早歩きで弟の元に向かった。

 広場に出ると、予想通り、様々な服装のプレイヤーがそこらじゅうで歩いていた。 王道の鎧装備と冒険者装備から、リアル寄りのおしゃれな服装まで表現の幅は広くそれぞれ個性が出ていた。

 ここにいるプレイヤーが着ている服はこのゲームが作ったものだけではなく、他のオンラインフルダイブゲームで作られた服もある。と、いうよりほとんどのプレイヤーがそうだ。

なぜかというとプレイヤーの服装を作っているのはゲームを作る会社とは別で、尚且つ一つの会社が全てのフルダイブゲームの服装をデザイン、作成し提供しているのだ。確か、シエル・コロレという会社だったかな。

 そのため、ゲーム側から世界観を守るために服装の制限をしたりなどの処置はあるがそれでも服装の自由度は計り知れず、フルダイブする人々の間でこの会社の存在を知らない人はいなかった。

『ようこそ! ソルレカラっ……げほっ、げほっ』

「て、この音声、生声なのかよっ」

「お姉ちゃん」

「ん?」

「まず、どこから行けばいいのかな?」

「そうだな……まずこうゆうゲームならチュートリアル、ゲームの遊び方を学ぶところからだな」

 俺はチュートリアルクエストの確認のために、自分の所持品やエリアのマップが見れる画面を空中に開くことにした。

「まーる描いて、ちょ……」

 画面を開くための操作をしようと胸を支えていた腕を片方放した。すると。

「むむむ」

 ずしり、と音がした気がした。支えを失った胸は当然のごとく肩に負担を掛けた。身体を動かすのが基本のフルダイブなのに、このままでは移動すらままならない。俺はこの重さとずっと付き合っていかなければならないのかと思うと先が思いやられる。

 まずいな……マジでどうしたらいいのかわからん。

 どうしたものか、と思っていると隣で音がした。隣を見ると、ヒカゲが空中に指で描いたであろう小さな青白い円状の光、その円の中心にヒカゲの指がちょん、と触れているところだった。

 すぐさま円は形を変え、程よい大きさの四角い画面になった。いろんな項目が並ぶ中、慣れない手つきで一生懸命クエストの項目を探し、そして見つけるとそこをタッチした。

 悪戦苦闘の末、クエスト一覧の画面が展開するとヒカゲは俺に顔を向けた。

「お姉ちゃん。まず、僕達は武器屋に行くみたいだね。でも、その前に……」

 クエストの項目を見つけるついでに見つけたのか、エリアマップを開くと、ある場所をタッチしてマーカーをつける。

「服屋、行こうよ!」

 ヒカゲはそう言って、ウィンクしてみせる。そしてチラッと再び支えを得た胸を見て画面を閉じた。んでもってグイッと俺に近づくと小声で「ブラの着け方、教えてあげる」と言ってマーカーをつけた場所に向かって歩き始めた。

「……お姉ちゃん?」

 立ち止まったままの俺に気づいてヒカゲは足を止める。俺は動けなかった。

 なぜなら。

「……うわぁーん!」

 恥ずかしながら、俺は涙を流しながらその場で崩れ落ちてしまったからだ。

「お、お姉ちゃん、どうしたの?」

「ヒグッ……エグッ……お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……」

「お姉ちゃんね!」

「お姉ちゃんは、こんなにいい弟を持って、お姉ちゃん嬉しいよ……」

「わ、わかったから、ほら、立って立って。みんな見てるよ」

「うう……ごめんね、ありがとう……」

 情けないが、俺は小さなヒカゲの肩を借りてようやく立った。

 そうしている内になんだなんだ、と見ていたギャラリーも散り散りになっていった。

 泣き止んだ俺は鼻をすすりながらヒカゲと歩き始めた。

 ん? なんだって? そのくらいで泣くなって? 元は男だろって?

 ばっかやろう泣かせてくれよ。誰だって優しくされると弱い時ってもんがあるのだよ。そして、それが今だったんだよ。それに、お兄ちゃんとして優しい妹を誇らしく思わなくてどうすってんだ。ありがとう、我が妹よ。

「よし。んじゃあ早くいこ! お姉ちゃん!」

 俺の手を掴み、ヒカゲが引っ張る。

「え? ちょ、まっ」

 そのまま走り出す。

「まぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 とっさに片手で両胸を支える。

 おい! 胸が大きいのを悩んでるのを見抜いていたんじゃないのか!

「悩みを解決するなら早く解決した方がいいよね! お姉ちゃん!」

「走らないでぇぇぇぇぇ! む、胸めっちゃ重いから! 転んじゃうからお姉ちゃん!」

「え? 何? なんか言った?」

「なんで聞こえないんだよ! さっきまで聞こえてた癖にぃぃぃぃぃ!」

「なんて言ったんだろう……んーまぁ、いっか! よぉし、もっと早く走るよ!」

「俺の涙返してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 優しい妹から一転、鬼畜外道と化したヒカゲが俺の悲痛な叫びを聞き届けることは無かった。

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