新たな可能性

 クダカの住人は、駅としての役割も自分たちの重要な務めだと認識しているようだった。オアシスを利用してささやかな畑を営んではいても、旅人が落としていく金なしでは安定した生活を送ることができないらしい。


 ありがたく、底をつきかけていた水と食料を調達する。


「それと馬をできれば二頭、無理なら一頭でも良い。譲ってくれないだろうか」

「馬かい」


 女は何やらうんうんと考え込んでしまった。馬は一大財産だ。ましてやこのような小さい集落であればその価値は跳ね上がるだろう。ロインは調達できると言っていたが、やはり無理か。そう諦めかけた時、予想外の答えが女から返ってきた。









「――――長い睫毛です」

「ええ、美人ですね」


 背中に大きなコブがある馬のような黄色い動物を見て、イヨナさまとアルリが感心している。ここから先は、馬よりもこの動物、ラクダに乗り換えた方が良いと女に薦められて、どのようなものかを確認させてもらうことになった。顔は山羊に似ているが首が長く、なかなかユニークな体つきをしている。砂漠の民は、移動にはもっぱらこいつを使うらしい。馬よりも砂の上での活動に適しており、暑さにも強いらしい。


「きっと女の子だわ、カトリーナと名付けましょう」「可愛らしい名前ですね」


 などと、すでに共に旅をするつもりでいるふたり。その様子を見て、女は微笑ましそうに目を細める。


「それで何頭譲れる?」

「二頭でも」

「頼む」

「金貨三枚」

「二枚だ」

「三枚だよ。仕方ないね、そのかわりに滞在費と水と食料はただにしてあげる」

「よし、それで手を打とう」


 私から金貨を受け取った女は、鞍を準備するからと言って立ち去っていった。ふと立ち止まってイヨナさまたちの方を向く。何かと思っていると、女はすこし離れたところでラクダを撫でているふたりに向かって、


「そいつ、雄だからね!」


 と、声を張った。





 砂漠に夜が来る。しかし今夜は寒さに震えなくても良さそうだ。暖かい毛布を人数分用意した後、私は剣を持って貸し与えられた小屋を出た。家の中でイヨナさまとアルリが、汗と砂埃にまみれた身体を拭いているからだ。


「汗はかいていないのにベタベタするわね」

「かいていないのではなくて、すぐに乾いているだけですよ」


 なんという話し声と一緒に、桶に布を浸す音や、絞る音が聞こえてくる。護衛という役目上、この場を離れるわけにはいかないが、聞いてはいけない音のような気がして決まりが悪い。

 すると前から砂を踏む音が聞こえ、顔をあげると同時に「よう」と声をかけられた。


「ロイン!」

「ようやく追いついた。その様子だと、まだ市長の追手は来ていないようだな」

「あ、ああ。貴様が首尾よくやってくれたからだな」

「明日の朝、出発か?」

「そのつもりだ」

「であれば、ここからは同行しよう」

「ありがたい。戦力は多いほうが良いからな」


 こうして我々は、無事ロインと合流を果たした。

 エイズルでは、ロインの撹乱工作は想像以上に功をなし、追跡隊はまったく別の方向に出発していったそうだ。「まったく、笑いを堪えるのが大変でしたよ」などと、ランプを囲ってその時のことを私たちに語ってくれた。



 翌朝、満点の星空が燃えるような朝焼けに消え、やがて空は白み、ほどなくして水色に染まる。太陽が登るとすぐに気温が上がりはじめた。フードのなかで行き場を失った風がぼふぼふと耳をくすぐっている。今日は風がすこし強い。


「では、世話になった」

「またお帰りの際にはお立ち寄りください」


 クダカを出てさらに東に進む。ロインが先導し、間にイヨナさまとアルリのラクダが続く。私は最後尾だ。

 相変わらずの殺風景だが、半日ほど歩くと、砂が波打つように畝を作っている光景に出くわした。高いものだと自分の背丈の倍か、もっと高く、それに急斜面だ。大小さまざまな畝が地平線まで連なっていて、辺りで一番高い波の上に立って眺めると、まるで山脈の尾根を歩く巨人になった気分を味わえた。


 太陽が真上にない時は、高い畝が作る影のなかを進んだ。



「ここらで休憩にしましょう」


 一際大きな砂の波が巨大な影を作っていたので、麓の平らな部分で休憩をとることにした。水分を補給して、軽く食事をとる。

 一息ついたところで、イヨナさまがこの場には似つかわしくない、緊張した面持ちで口を開いた。


「あ、あの、わたくしには、魔法の適性はないのでしょうか」


 膝の上にきゅっと握りしめた小さな拳を置いた姫さまの目は真剣そのものだ。


「その、例えばアルリさんのような付与まほ……神術とか」


 名指しされたアルリは、空中に目線を漂わせた後、目を丸くして答えた。


「イヨナさま、マナは、あ、えっと、魔力は扱えるのですか? 神術や魔術、そちらでいう魔法を扱うのでしたら必要な力ですが」


 イヨナさまにそのような能力はない。目の力は生まれつきのようだが、魔力の操作については、時間をかけて訓練して、ようやく身につく能力だと聞く。イヨナさまがそのような訓練をしているところなど見たことがないし、イヨナさまについている家庭教師に魔道師はいなかった。


「あうう」


 出鼻を挫かれるどころか、一歩踏み出す前に足を払われたイヨナさまは、がくりと肩を落としてしまった。


「で、でもでもっ、イヨナさまは目が特別だから、すごく良い考えだと思います! 今すぐ付与魔法を使うのは無理ですけど、魔力の扱いを訓練していけば、いずれ習得できると思います」


 イヨナさまの視線を下げたのがアルリなら上げたのもアルリだった。しょんぼりと項垂れていたイヨナさまは跳ねるように顔を上げる。


「ええと、わたしがイスリュードさまから教わったやり方は――――」


 アルリが魔力操作の訓練方法を指南する。私も微力ながら思いついたことを提案した。


「目を凝らして魔力を見ながら訓練すれば、感覚をつかみやすいのでは?」

「それ、すっごく良いと思います!」


 目を輝かせたアルリが前のめりで同意してくれた。素人考えだが、満更外れでもないらしい。


「む、むむううう」


 アルリから教わった子供用の訓練方法をさっそく試しているイヨナさま。しかしすぐに結果がでるわけもなく、日暮れにはヘトヘトになってしまう。


 二日目も、三日目も、イヨナさまはひたすら訓練に没頭した。幸い、盗賊には襲われなかったし、人間の臭いを嗅ぎつけた魔獣が集まって来ることもなかった。


 そして、ようやく何かを掴んだイヨナさまが、喜び勇んで顔を上げた時、ムナランヤの都市壁が地平線にちらりと見えた。

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