5話目 バトル描写は描かれない

「おい! 大丈夫か!!」


 引き返した俺の目には、盗賊に囲まれる中年の姿があった。

 暴行を受けたのか、顔にあざをつくり腫れている。なんとも痛々しい姿だ。


「馬鹿野郎!! なんで戻ってきた!?」


「さっきのガキか!」

「おいおまえ! 一緒にいた女はどうした?」

「吐かねえなら、おまえもこのおっさんと同じ目にあうぜ?」


 同じ目に合う? 笑わせるぜ。

 そんな事、出来もしない癖に。


「いいだろう。かかってこいよ。まとめて相手してやる」


「ほう。度胸だけは褒めてやる」

「今ならまだ間に合うぜ? 死ぬ気で命乞いしなぁ!」

「黙ってねえでなんとか言ったらどうなんだ!!」


「……ふふ」


 俺は嘲笑する。

 勝利を確信して嘲笑する。


「何笑ってやがる!!」

「頭おかしいんじゃねえのか!?」

「ホントのホントにぶっ飛ばすぞ!!」


「ふふ……。はっは……。ハーハッハッハ!!」


 思った通り。こいつらは俺に手を出せない。

 なあ、本当は俺に逃げて欲しかったんだろ?

 あの娘と逃げて、どこか安全な所で第一の嫁でも作らせる気だったんだろ?


――なあ、『いずく』よ。


 今もどこか、遠い異世界でこの文章を書いているんだろう?

 残念だったな。お前の思い通りにはさせねえよ。

 こいつらは俺を襲わない。俺がこいつらに手を出せない様に、こいつらは俺が何をしても手を出せない。

 そうだよなあ? バトル描写が書けねえんだからよ!!


「おっさん、もう大丈夫だ。立てるか?」


 俺は倒れていた中年に手をやる。

 俺の手を掴んだ中年は顔をさすりながら立ち上がった。


「あ、ああ。……ありがとう」


「てめ! ぶっ殺すぞ!」

「いい加減に――」

「おら! ――」


 ある意味で、もしかしたら俺は最強の能力を手に入れてしまったのかもしれない。

 先程までは脅威だった盗賊らが、今は存在していないに等しい。声すら聞こえなくなってくる。


「それじゃあ、迎えに行ってやりますか」


 盗賊など意にもせず、俺と中年は悠々と、置いてきた少女を探す為車に乗りこんだ。





 車で5分程走ると、直ぐに少女の姿が目に入った。

 どちらに逃げればわからなかったのだろう。途方にくれた四人が――って、え?


「あー! お兄ちゃんだ!」

「あー! お兄ちゃんだ!」

「あー! お兄ちゃんだ!」

「あー! お兄ちゃんだ!」


 車から降りると、四人の妹に絡みつかれた。一人から二人へ。二人から四人へ。この短い期間で、およそ二千文字で、妹は早くも分裂を二度終えていたのである。

 このペースで行けば、一万文字で10回は分裂してしまうだろう。その際、妹の数は千人を超える計算だ。この設定で一冊分書き終え、更には書籍化をも果たしたのだから本当に恐れ多い。


「おっさん。この娘、いや、この娘達を車に載せて安全な所に向かってください」

「いや、しかし君はどうするんだ?」

「俺なら大丈夫です。おっさんの車は四人乗り。小さいとはいえ、この娘らを乗せたらぎゅう詰めでしょう。それに、早めに別の世界も見ておきたいんでね」


 中年はため息をつき首を振った。


「さっきの振る舞いを見て確信したよ。君は主人公なんだろう? あれは、主人公補正ってやつかい?」

「いや、でもまあ、似たようなもんかな。とにかく、俺ならもう大丈夫だ」

「君がそこまで言うなら、これ以上はおせっかいを通り越してストーリー進行の妨害になってしまうな。わかった。世話になったな」


 中年は分裂した4人を無理やり車に押し込んでドアを閉めた。

 俺が手を振って見送ろうとすると窓が開く。

 中年は俺に向かって一つの袋を投げた。


「……これは?」

「助けてくれた礼さ」


 袋を開けるとお菓子が入っていた。

 白いクリームのようなものを、黒くて香ばしい香りを漂わせるビスケットが挟んでいる。


「カクヨム名物『オレオ』さ」


 中年はそう言い残し、妹達を連れ去って行った。

 残された俺はそのお菓子をポケットにしまい、いずくに教わった呪文を口にする。


「……ゲート」




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 目の前に穴が開いた。

 俺だけが持つ、恐らく星の数ほどある異世界小説の主人公の内、誰一人として与えられなかったチート能力。それは、


――次元を超える力。


 新たな世界に期待を込め、俺は穴へと飛び込んだ。

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