4話目 少女の家族は見当たらない

 気付けば車から降りた俺達は盗賊に囲まれていた。

 少女はこの盗賊どもから逃げていたのだろう。

 逃げていて、夢中で逃げていて走ってくる車に気付かなかったのだろう。


 それよりもだ。これは非常に不味い事になった。


「ふえぇ。お兄ちゃん……」


 少女は俺の背中にぴったりとくっついて泣いている。震える声から察するに、よほど怖かったに違いない。

 辺りを見渡すと盗賊が4、いや、5人か。もしかしたら陰にまだ幾人か隠れているかもしれないが、確認できるのはその人数だ。

 まっとうな異世界小説ならば、俺がここで盗賊をあっけなく撃墜して少女の羨望を浴びる場面だろう。だがしかし、いずくの話から察するに俺のステータスは平凡だ。とてもだがこの人数相手に無傷で勝利出来る気がしない。と言うより勝てる気がしない。

 そしてなにより、バトル描写に持ち込まない様念押しされている。つまりは――


「話し合いで解決しろってか……?」

「これは……不味い事になったな」

「うぇえん。怖いよう。お兄ちゃん」

「うぇえん。怖いよう。お兄ちゃん」

「大丈夫。こんな序盤のチュートリアル、直ぐに終わらせて――って、え!?」


 俺は目を疑った。

 振り向いた先には先ほどの少女がいる。


 人間には目が二つ付いている。まったく同じ器官が二つだ。

 例えば魚や草食動物はこの目が体の両脇、つまりは広い視野を取り入れられるようについている。対して人間やライオンなどの肉食動物は獲物との距離感を計る為、両方の目が全く同じものを見るようについている。

 故に、その両目の視点が合わなければ脳に送られる映像がぼやけている事だってあるわけだ。だが、俺の見ていたその少女は決してぼやけて二重になっていたわけではなかった。


「あれ? 君、二人いない?」


 その少女は、気付かぬ間に二人に分裂していたのである。


「分裂したぞ! この娘で間違いねえ!!」

「さっさと連れてくぞ!」

「うわあ、本当に分裂するんだ……」


「くっ。卑しい盗賊共め!!」


 中年は俺と少女の前へ、盗賊との間に立ちふさがる。


「ここは俺に任せてお前たちは逃げろ!!」

「でも、あんたが……!!」

「やつらの狙いはその子さ。妹が分裂するなんて最高に面白い設定だろ? 奴らはそのアイデアが欲しくてたまらないのさ!!」


 盗賊が欲しかったもの。それは小説、その根幹となるアイデアだった。

 偉い編集は言った。設定は誰にでも思いつくと。重要なのは、そこから話を如何に面白くするか、展開をどう広げていくか、話を盛り上げていくかであると。それこそが作家の仕事であると。

 とは言え、面白い設定と言う物は確かに存在する。さらに言えば、面白くて、なおかつ話が広げやすく、話が盛り上がりやすかったらなお言うことは無い。

 盗賊は、そんな設定を盗みたかったのだ。


「あんたは! あんたはどうなる!?」

「大丈夫。俺はただのモブキャラさ。むしろ俺みたいな登場シーンが一回しかないキャラクターに、こんな大役が与えられるなんてな……本望だ」

「そんな! 置いてけねえよ!!」

「走れ!! お前以外誰がその娘を守ってやれるんだ!! ここは俺に任せて、お前らは生き延びろ!!」


 俺は走り出した。

 右手に、そして左手に妹の手を握りしめながら。

 暫くすると、背後から中年の悲痛な叫び声が聞こえてくる。たった一度の登場キャラクター、名も与えられぬ中年は本望だと言った。だが、本当にこれで良かったのだろうか?

 物語の主人公は、物語の主人公と言う者は、こんな時、誰しもが思いつかぬ方法でピンチを潜り抜けるのではないだろうか? 中年に言われるがままに逃げた俺は、早くも主人公失格なのではないか?


 俺は足を止めた。


「お兄ちゃん?」

「お兄ちゃん?」


「ごめんな。ここから先は一人……、いや、二人で逃げてくれ」


 妹達の手を放し、俺は振り返る。来た道を引き返す。

 話を決めるのはこの俺だ。主人公はこの俺だ。

 バトル描写は避けろだと? ふざけんな!!

 盗賊共。ぶっ飛ばしてやる。

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